捻くれ者の俺は異世界を生き抜く

いのる

17.迷宮攻略出発

広場に設置されていた時計の針が早朝午前六時をピッタリ指さした。同時にどこからか朝を知らせる鐘の音が盛大に鳴り響く。
音に反応した白い鳩が数匹目の前で飛び去った。
今いる南門前の広場には多くの馬車が停車していて、その周辺に物騒な格好をした冒険者たちが集まっていた。そこに今から旅立つもの達を見送りに来た人間が追加で集まっているせいでごった返しだ。

「ユウさん、剣は持ってきてますよね?あと食料と水と野営の道具と、あとそれから」
「だ、大丈夫だから心配しないで」

このままだと永遠に持ち物の確認をされそうなのでマレの話を遮った。
彼女は迷宮攻略当日のこんな早朝から俺を見送りに来ていた。そこまでしてくれるなんて、まるで凄くいい人みたいだ。

「ユウさん、危険と思ったらすぐに引き返すんですよ」
「うん」
「迷宮内にはトラップもあるので気をつけてください」
「うん」
「無茶しちゃダメですよ。絶対、帰ってきてください」
「……うん。約束する」

執拗いくらい忠告を繰り返すマレの表情は不安でいっぱい、そんな感じだ。これを演技でやってるんだとしたら役者になれる。多分彼女も一神達と同じ人種なのだろう。その心が偽物であることに気付きもしないで、それが本心だと思い込んでいる哀れな人種。だがひとたび危険を前にすると、その醜い本性が顔を出す。俺はもう絶対に信じたりしない。

「じゃあ行ってくる」
「ユウさん!私、待ってますから!」

その声を背に、俺は馬車に乗り込んだ。
車内にはまだ誰も乗っていない。この馬車には俺が一番乗りらしい。
俺は奥に一人座って目を閉じた。
今回の迷宮でやることはひとつ、迷宮内にある財宝を集めること。迷宮内には様々な所にお宝が眠っていると言われている。それをひとつでも多く収集してくるのだ。集めた宝は後で全て依頼主が高額で買取ってくれるらしい。ここで宝を多く集めることが出来たら、大金だけじゃなく冒険者ランクも一気に上がるはずだ。その為には何としても他の冒険者達を出し抜かねばなるまい。
馬車の荷台がグラッと揺れて誰かが入ってきたのが分かった。目を開けると金属製の鎧に全身身を包んだ二メートルはある巨漢がそこにいた。巨漢は俺の顔を見るなり顰め面に変わった。

「何だお前、まさか本当に来たのか?」

この大きな体と鎧姿、高圧的な態度には覚えがある。名前は確か、

「マリムリモだったか」
「オルドラゴだっ!」

記憶力には自信のあった俺だが、彼の名前だけは記憶することを脳が嫌がったのだろうか。

「てめえ、その……マレちゃんとはどういう関係なんだ」

突然そんなことを聞いてきた。オルドラゴは視線を逸らし、何だか気まずそうにしている。

「どういう関係って」
「とぼけんな!さっき外で仲良さそうに話してただろ、俺は見てたんだ!」

オルドラゴの様子から、ああなるほどと察しがついた。この男はマレに気があるのだろう。

「さあどうだろう?お前には関係ない話だ」

以前殴られた腹いせに、何となく含みを持たせて言ってみる。
すると早かった。青筋を浮かべたオルドラゴは俺の胸ぐらを勢い良く掴まえて睨みつける。なんて単純で分かりやすい人間なのだろう。こういういかにも嫌な奴は分かりやすくていい。

「おいやめろよ、服が破けちゃうだろ。せっかくマレが買ってくれたのに」
「な、何だとてめぇっ!!」

俺の煽りに面白いほど乗ってくる。こういうバカをからかうのも楽しいが、いつまでも突っかかってこられては迷惑だ。ここいらで腕試しがてら戦ってみようかと考えた。どうせここはギルド内じゃないのだし、人目だってないのだし。二度と俺に突っかかってこないよう腕の一本でも。
胸ぐらを掴みあげている奴の腕に俺が手を伸ばしたその瞬間、

「やめとけよ」

男の声が飛び込んできてハッとした。
一瞬自分に言われているのかと思ったが、違った。

「ちっ、カインか。命拾いしたな雑魚」

俺の胸ぐらを掴んでいた手が離れた。
現れた男は金髪に整った容姿と尖った耳が目を惹くエルフだった。

「あんたがユウか。俺はカイン、悪いなウチの仲間が。それにしてもマレちゃんを落としたってのはマジなのか?本当だったらすげぇけどな。俺でも落とせなかったのに……」

カインと名乗るイケメンエルフは何故か俺の名前を知っている。

「あんたはただしつこく付きまとってただけでしょ」

カインの更に後ろから紫髪の女性が馬車に乗り込んできた。彼女もまた綺麗な顔つきと尖った耳を持っているのでエルフだろうと思う。

「人聞き悪いことゆーなよ、俺はデートに誘っただけだ」
「断ってるのに何度も申し込んでたらそれは付きまとってるのと一緒よ!」

人数が増えて馬車の中が一気に騒がしくなった。どうやら全員が顔見知りのようで、どことなく仲の良さげな雰囲気を醸し出していた。

「あんたら、もしかしてパーティー組んでんのか?」
「ええそうよ。私はマキナ・テアレス。このパーティーの回復やサポートを担当しているの。カインが中長距離攻撃担当で、オルドが近距離攻撃担当ね」

マキナと名乗る女性は笑顔で問に答えてくれた。カインとマキナはまだまともな人間のようだ。
しかしマキナは何故か俺の顔をじっと見つめて「ふーん」と何か意味ありげな顔をして、

「ねえあなた、一人なんでしょ?一人のダンジョン探索はとても危険よ。もし良かったら私達のパーティーに入らない?」
「お、いいねぇ。確かに三人じゃ心もとない気はしてたんだ。あんた入りなよ」

マキナとカインは俺を勧誘するが、

「けっ、やめとけやめとけ。こいつは冒険者になりたての雑魚だぞ」
「えっ?あなた冒険者になりたてでダンジョン探索に挑むつもりなの?!」
「おいおい、そいつは危険だぞ。一体レベルは幾つなんだ?」
「レベル……?レベルは1だ」
「「――い、いちぃ!?」」

俺が答えるとマキナとカインは素っ頓狂な声を上げた。どうやらレベル1はまずいらしい。

「冗談だ、レベルは50くらいだ」
「「ご、ごじゅうっ!?」」

デジャブ。

「50は凄いのか?」
「いや、50って言えば俺達とそう変わらない。ただ冒険者になりたてで50ってのはとても信じられねぇな……」
「そうね、私達はこれでもAランク冒険者だし……」

彼らは最高ランクのSの次に凄いとされるAランク冒険者のようだ。ということはかなり実力があるのだろうか。

「はっ、嘘ついてんじゃねえよ!お前がレベル50だと?笑わせるな。本当だってんならステータスを見せてみやがれ」

オルドラゴは偉そうにこっちを睨みつける。
見せたら嘘がバレるどころか異世界人であることもバレてしまう。論外だ。

「それは無理だ、何で俺がお前達に見せなきゃならない」
「そうよ、ステータスを他人に見せる行為は最悪命に関わる。そんなこと要求するなんてあんた最低よ?」

俺の言い分にマキナが同調してくれた。やはりオルドラゴよりは良識ある人間のようだ。
するとカインが、

「まー何れにしても、あんたは俺達のパーティーに入るべきだ。強いなら俺達は助かるし、弱いなら尚更一人じゃ危ねぇ。ここは俺達と共に行動すべきだ。俺達は他のダンジョンに潜ったこともあるし、あんたにとってもメリットだと思うがな、どうだ?」

確かに彼の言う通り俺にとってはメリットがある。だが彼らにとってメリットはないはず。ならば何故俺を勧誘するのか。
今会ったばかりの俺を心配しているなんて見え透いた嘘はうんざりだ。きっと何かある。

「あんたら、何か隠してないか?」
「……っ、あー鋭いな、実はマレちゃんが」
「俺を囮にでも使うのか?」
「…………は?」
「ダンジョンには凶悪な魔物やトラップがあると聞く。俺を使えば多少の時間稼ぎや弾除けにはなるかもな」
「……おいおい」
「それともあれか、あんたらそこのオルドラゴに頼まれて俺をダンジョン内でいたぶろうとか考えてるのか?どっちにしても俺はごめんだな」

俺が言い終えると、馬車の中はしんと静まり返った。図星を突かれて焦ったかのかと思ったが、どうもそういう表情でもない。さっき何か言いかけていたが、どっちにしたって彼らと協力するのはごめんだ。危険になったら必ず裏切られると分かっている。
すこし間が空いたあと、痺れを切らしたやうにマキナが口を開いた。

「ま、まってよ……私達はあなたを心配しているのよ……?それに一人じゃ持たないわ。攻撃だけじゃなくて魔法や回復だって使う。野営だってするかもしれない。私達は」
「残念だが、俺はあんた達と違って攻撃も魔法も回復も、全部一人で出来るんだ。野営の必要も無い。いつ裏切られるか分からない奴らといる方がリスクでしかないんだよ」

マキナに被せるように俺は強い口調で突き放す。
再び沈黙が続き

「分かった。悪かったな無理言って、もう関わらないからよ……」

カインの冷めた声が聞こえた直後、馬車はついに走り出した。




「本日諸君らに集まってもらったのは他でもない、ホルディム森林に新たに現れたダンジョンを探索するためである」

大きな声を出すのはホルディムと呼ばれる地方の領主であり、ダンジョン探索依頼の依頼主デムリン伯爵であった。
赤く派手なコートを身にまとったその小太りのオヤジは多くの冒険者たちを一箇所に集め、台の上でふんぞり返って大声を出していた。

「今回集まった冒険者の数は全部で七十六名だ。諸君らには一斉にダンジョン内に入ってもらい、各々で探索を行ってもらいたい。諸君らが持ち帰った宝や貴重な品は我々が高額で買い取ろう。ダンジョン内の情報やマップについても、有用であれば報酬を支払うことを約束する。では、検討を祈る」

その声の後、冒険者達は一斉に動き出した。
少し戸惑った後、遅れないように俺も彼らの背中を追う。

「ここがダンジョンの入口、ダンジョンゲートか……」

そこには空間が水面のようにゆらゆらと揺れ動く一帯が存在していた。これが噂に聞いたダンジョンゲートと言うものらしい。走り出した冒険者達は皆この中に吸い込まれるように消えていった。
ここだけ空間が歪んで別の場所へと繋がっているのだろうか。
迷っている場合ではない。
少し緊張しながらも俺はその領域へと足を踏み入れた。





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