捻くれ者の俺は異世界を生き抜く

いのる

16.マレとの約束

南区中央にある噴水公園。その名の通りそこには綺麗な噴水があった。翼を生やした女性の天使の彫刻が抱えるツボから聖水がとめどなく流れ落ち、下に溜まった聖水は少しずつ水路の方へと流れていく。この水もまた街中を循環し続けているのだろう。
俺は噴水前でとある人物を待っていた。約束の時間にはまだ十分ほどの猶予があるが、まだ土地勘のない俺は遅刻するのを恐れて早めに家を出ていたのだ。予想通り何度か道に迷ったので、やはり早めに出ていて正解だったと思う。

「ユウさーん!」

遠くの方から元気な女性の声が飛び込んできた。
大声で俺の名前を呼ぶ彼女の名はマレトワ・イーベルシィ。淡い桜色の髪に白いウサギのようなリボンが特徴的。花のように綺麗で純粋な笑顔を撒き散らす彼女は、公園内でも一際周囲の目を惹いていた。

「あの、声大きいです。みんな見てますから」
「あ、ごめんなさい」

なぜ俺がこの女と待ち合わせをしているのかと言うと、それは先日の話だ。

『どうしても迷宮攻略に参加すると言うのなら、ユウさんが無事帰ってこられるよう、私が全力でサポートしますから!』

と、彼女が言い出したからに他ならない。俺を冒険初心者と見るやいなや、彼女は迷宮攻略に必要な物資の調達や装備などを見繕ってくれると言い出した。要は私と一緒に買い物い行きましょうということらしい。
嫌に決まっていた。俺はなるべく他人との関わりを避けたいというのに、何故会ったばかりの他人と買い物なんて行かなければならないのか。
しかし散々迷惑だとは伝えたのだが、彼女はどうしてもと聞かなかった。そうして半ば無理やり約束を取り付けられ今に至るという訳だった。

「あ、あの……どうでしょう?」

彼女は少し照れくさそうに、黒いスカートの裾をつまんだ。
何となく意味は察するが、腹が立っているので少し意地悪をしてやろう。

「…………凄く可愛いですね、服が」
「え、あ、ありがとうございます……?」

彼女は自分が褒められているのか、イマイチ分かっていない様子で首を傾げる。

「嘘です、可愛いですよ」
「え、本当ですか……っ?」
「はい、とっても可愛いです。リボンが」
「…………むぅ……ユ、ユウさんのいじわる」

マレは頬を膨らませた。
少しからかいすぎた。こんな奴でも今後の職場の人間なのだから、機嫌を損ねるのはまずい。

「まあでも、その服もリボンも他の人が着たってきっと似合わないですよ」
「えっ、あ、えと……」

不意打ち気味に褒められてマレは顔を赤くしながら視線を逸らした。自分から聞いてきたのに照れるのかよ、と心の中で女は実に面倒くさい生き物だと再認識。

「ユウさんて捻くれてますね……」
「はは、そうかな」

赤くなった顔を両手で隠すマレを見て、俺は愛想笑いを浮かべた。

「でもやっぱり似合ってるし、ウサギみたいで可愛いですよ」
「――っそ、そうですか……?そう、見えますか……?」

あ、本気で喜んでる。そういう顔をしていた。
その表情を見た途端、自分は何をやっているんだろうと心底面倒くささが増してきた。

「あーそれで、こんな所に呼び出してどんなサポートをしてくれるんです?」
「決まっています!ユウさんがダンジョン内でも安全に探索出来るように、まずは必要なものを買いに行きます!私が安くていいお店を紹介しますね!」

一人張り切る彼女に連れられ、俺達は歩き始めた。
まず立ち寄った店は武器屋だった。大きな店ではなく、おっさん一人が経営している小さな個人店だった。

「これ何かどうです!?」

店内に明るいマレの声が響いた。彼女は大きな金属鎧を指さしている。鉄色に鈍く光るそれはかなり重量があるように見えるが、こんな重そうな鎧を付けて歩き回るなんて俺は御免蒙りたい。

「あの、俺は鎧なんて着ないですよ。こんなの敵の攻撃を避けられない奴が使うものです。重いし体力の無駄使いですよ」
「何言ってるんですか!?そんなこと言ってたら死んじゃいますよ!」
「いや、でも……」

実際俺は傷を負っても直ぐに治るし、スピードも落ちそうなので本当に必要無い。強いて言うのなら頭を守る兜があれば心強いくらいだろうか。
しかし頭だけに鉄製の兜を被っている自分の姿を想像して、それはとんでもなくダサいんじゃないかと思いやっぱり購入を諦めた。

「あっ!これはどうですか!?」

今度は嬉しそうに剣を持ってきた。
剣か。魔法と素手だけでどうにかするつもりだったが、あると便利かもしれない。
手に持ってみる。
刀身の長さや幅は普通の片手剣のようだが随分軽いと感じた。いいや俺の力が強くなったせいで軽く感じているのかもしれない。以前ベルザムに持たされていた剣よりは大きいし、確実に重いはずだ。

「まぁ剣くらいなら持っててもいいかもしれないですね……」
「ですよ!武器がないと魔力が無い時危険です!これを買いましょう!」

嬉しそうなマレは跳ねるように剣を店主の元へ持ってゆく。

「こいつを選ぶとはお目が高い、質がいい上に値段も手頃だ。いい目をしてるな」
「えへへ、それ程でも……」

店主の男に褒められてマレは頭を掻いている。
しかしその嬉しそうな後ろ姿に俺は水を刺さなければならない。

「あのー嬉しそうなところ悪いんですけど、俺2000メリルくらいしか持ってないですよ?」
「「…………」」

俺の言葉を聞いてマレと店主は固まった。やっぱりそれっぽっちじゃ買えないみたいだ。

「え、えぇ!?そ、それだけですか!?それじゃ武器どころか他のものも買えないじゃないですか!どうするんです!?」

いやそんなこと言われても、無いものは無いんだから仕方ない。ただこれで彼女も諦めてくれただろうし、今日の買い物は中止になるだろう。

「どうすんだ嬢ちゃん……?この剣は安いと言っても18,000メリルはするぞ……?」
「んん〜〜」

マレは唸り声を上げたあと、

「分かりました、私が買います!」
「はっ、いやいや……そこまでしてもらわなくても」
「ダメです!それで優さんが帰ってこなかったらどうするんです!?おじさん、この剣売ってください!」

突然何を言い出すのだと驚いた。俺が帰ってこようがこまいが、この女には関係の無い話だ。自分が良いことをしてるつもりなのだろうか。この感じ、一神達に似た性質を感じる。俺の大嫌いな人種だ。
胸の奥で物凄く表現しがたい不快感が湧き上がってくる。

「あの、何でそこまでしてくれるんです?俺とあなたは昨日知り合ったばかりの、赤の他人でしょう?」

きっと何か企んでいるに違いなかった。こんなうまい話があるわけない。彼女は俺に借りを作って一体どうする気なのだろう。
俺の言葉を聞いて彼女は一瞬暗い顔をした後、

「赤の他人……ですか。私はギルド員で、あなたは私が提案した依頼を受ける冒険者さんです。自分の勧めた依頼であなたが死んでしまったら、私は嫌です。いいえ、私が勧めた依頼だとか関係なく、私はあなたが死んでしまったら――嫌です」
「――――っ」

心臓を射抜く様な真直ぐな瞳に、俺は気圧されそうになった。しかしそんな瞳から逃げるように、負けてしまいそうな心を奮い立たせるように、俺は目を逸らして頭の中で唱えるのだ。
偽善だ、騙されるな。どうせこいつも俺を裏切る日が来るのだから。信用なんて、絶対にしてやるものか。
そうして心を落ち着かせると、俺は彼女に向き直って笑顔を作った。

「そっか、ありがとうマレ。そこまで俺のことを想ってくれてるなんて。君がいてくれて良かったよ。本当に……」
「えっ、い、いえ!全然構いませんよ!もっと頼ってください!」

俺の笑顔が予想外だったのか、マレは一瞬動揺しつつも嬉しそうな顔をした。その裏で、

――分かったよマレ。どういうつもりか知らないが、精々お前を利用してやる。使い物にならなくなるまでな。

俺は心の中で下卑た笑みを浮かべているのだった。

「それじゃあ次のお店に行きましょうか!」

より一層張り切った様子のマレが高らかに拳を掲げた。




日も暮れ始め辺りが夕色に染まる頃、水路の水に反射した赤い光が隣を歩く少女の顔を照らしている。
結局マレには色々なものを買わせた。携帯食糧や消耗品は勿論、短剣に傷薬、戦闘向きの動きやすい服、あと日常で使うことの出来る服も何着か買ってもらった。
中でも特に値が張ったのは、ボックスリングである。
ボックスリングの値が張る理由には魔力石がある。魔力石には魔力蓄積総量と魔力耐久度があり、魔力石の純度や石自体の大きさによって蓄積量や魔力耐久度に大きな差が生まれるのだ。
しかしボックスリングのようにとりわけ小さな物に魔力石を取付けるには、それだけ魔力石自体も小さく加工する必要がある。前述した通り魔力石は石が小さいと蓄積量も耐久度も低くなる為、機能を低下させない為にはより純度の高い石が必要となるのだ。当然純度の高い石は高価なため、そのままボックスリングの値段に影響を及ぼす訳だった。
今回買って貰ったのはそこそこの代物で、容量は600キロまで収納可能だそうだ。
驚いたのはボックスリングや剣を購入する際に、マレは俺の知らない鈍い銀色の硬貨を支払いに使っていた。どうやらあれはこの国最上硬貨の白金貨だそうで、一枚で10,000メリルらしい。こないだの俺の推計だと日本円にして約10万円相当か。
しかし硬貨は一枚精々五グラム程度、実際に日本でプラチナにそこまでの価値はない。そもそもプラチナより金の方が高価なイメージさえある。元々大雑把な計算だったしズレていたのか、異世界ではプラチナの価値が異様に高いのかもしれない。それか硬貨を製造している国側の政策で何か狙いがあるとか。考えても仕方ないが、ボックスリング購入の際はその白金貨を六枚使っていたので、俺のために60万円近くの金を出してくれたことになる。他に買って貰ったものも合わせればそれ以上。
俺には恐ろしいヒモとしての才能があるのかもしれないと一瞬考えた。
しかし常識的に考えても、昨日知り合ったばかりの人間に対して流石に優しいが過ぎる。だから考えてしまう、その優しさには裏があるんじゃないかと。俺を騙そうとしているんじゃないかと。俺のマレへの疑いの目は強まる一方だった。

「うぁ……!優さん見てください!夕日が綺麗ですよ、ほらっ!」

だが彼女は笑顔で、ただひたすらに優しい笑顔を俺にぶつけてくる。だから嫌になるのだ。邪な考えを持っている自分が、まるで彼女に負けている気分になるから。

「…………マレ」
「何ですか?」
「ごめん……」
「……どうして謝るんですか?」

首を傾げている少女を前に、自分でも何故謝っているのか全然分からない。彼女に色々と買わせたから、多分違うだろう。

「俺のために沢山お金使わせちゃってごめんってこと」
「なあんだ、そんなことですか。いいですよ、ギルド員はお給料がいいんです。それに優さんが高ランク冒険者になってがっぽがっぽ稼ぐようになったら、いずれ恩返ししてもらいますからね!」

まただ。また俺の嫌いな笑顔だ。
この笑顔は、大嫌いな人間たちを思い出す。

「ははっ、それが魂胆か」
「です。……だから、きっと帰ってきてくださいね」

俺はこいつを信用したわけじゃない。だが俺は死なないし、どうせここには帰ってくる。それは決まっていることなのだから、約束くらいしてもいい。

「わかった、絶対帰ってくるよ」
「はい、待ってます!」

彼女はまた笑う、俺の嫌いな笑顔で。





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