異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

交差する思い(4)




 アリエルさんは、そこで大きく溜息をつくと、感情を消した表情で私を見てくる。
 彼女が次に何を言うのか何となくだけど私には理解できた。

「それで……、私をどうするおつもりですか?」
「どうもしないわ。アリエルとは今まで通り一緒に暮らしたいと思っているもの」
「……それで周りが納得するとでも思っているのですか?」
「周りなんてどうでもいいもの。アリエルは、私の家族だから! 人が何と言おうと私は、そんな事は気にしないから」
「お嬢様。それで貴族社会で生きていけると思っているのですか? いくら陛下の許可を得ていると言っても対面と言う者があるのですよ?」
「――そう」

 彼女が、どうしてここまで意固地になっているのか何となくだけど分かってきた。
 
「それに、クリステル様の首筋に刃物を向けていたのを忘れたわけではないですよね?」
「そうね。でもアリエルは、お母様を傷つけることはしなかったわ。それに、町に視察に行ったときに兵士からアリエルさんはお母様を助けてくれたわよね?」
「それは――」

 反論が私から出るとは思っていなかったのか彼女は口ごもる。
 そんな彼女を見ながら私は必死に無い頭で物事を考えながら次の言葉を紡ぐ。

「アリエルさんは、私がハンカチを作っているのを知っていたわよね? それに薬のことだって! 間者なら、どうしてカルロに情報を送らなかったの? 意図的に流していなかったとしか私には思えないの」
「……それは」
「私ね。アリエルの事が好きなの!」
「――え!? シャルロット様、私には、その……、女性に対してそういう気持ちは――」
「違うの! そうじゃなくて! 家族として! 家族としてだから!」

 慌てて訂正を入れる。
 やばい、必死に考えて口にしてもどうしても締まらない。

「そ、そうですか……」

 アリエルさんが、ホッと小さく溜息をつく。
 どうやら誤解は回避できたようだけど、もう空気がきちんと話をするような雰囲気ではなくなってしまった。

「あのね、私はアリエルを家族として好きなの。だから、アリエルが何をしても私は信じる事に決めたわ。それは、私の決定事項だから! もし裏切られても私は後悔はしないから!」
「シャルロット様……」
「ようやく私をまっすぐに見てくれたわね。私は、神様でも無いし天才でもないから人が何を考えているかなんて分からないわ。だけど! 人を信じることを信じる思いを無くすのだけはやめたくない。人の気持ちを! 人の痛みを感じる感情を捨てたくない。だから私は、何度裏切られてもアリエルを信じる!」
「…………本当に、もう……、シャルロット様はクリステル様に良く似ているのですね」
「ううん。お母様だけじゃないわ、私は多くの人に助けてもらって思いを貰って今、この場にいるの。その中にはアリエルもいるから! だから!」

 私の話を聞いていたアリエルさんは「――ふう。シャルロット様」と、呟くと微笑みかけてきた。

「長い話になりますが、私の話を聞いてくれますか?」
「長い話?」
「はい。クリステルと出会う前の……、そして出会ったあとの話です」

 アリエルは、私に自分が何をしてきたのかという話を切り出した。
 その話は、とても衝撃的ではあったけれど……、それは――。



 夜の帳が落ちた頃、私は部屋に戻った。
 室内に入るとベッドの上で寝転んでいたニャン吉が私へと視線を向けてきた。

「話合いは終わったニャ」
「うん」
「そうかニャ。その様子だと――」

 私は、ニャン吉の言葉に頷くと寝間着に着替えてベッドに座る。

「きちんと話は出来たと思う。でも、アリエルさんは屋敷から出て行くって……」
「そうかニャ……」
「今はお父様と今後の身の振り方について話している頃だと思う。家族だから一緒に暮らしたいからって言っても、自分が行った行為は許されることじゃないからって……、不器用よね……」
「神無月朱音も十分不器用ニャ。さて――」
「ニャン吉?」

 ベッドから降りるとニャン吉は部屋の窓を開けると私を見てきた。

「神無月朱音、いや――、シャルロット・フォン・エルトール」
「ニャン吉?」
「人は……、存在している者は誰でもそれぞれの人生を――、歴史を持っているニャ。それを否定することで争いは生まれるニャ。誰かを理解する気持ちだけは無くしたらいけないニャ。人の気持ちに共感し思い合うことこそが、知性ある者が知性ある者としての証ニャ」
「……いきなりどうしたの?」
「前に言ったニャ。吾輩は、転生者のサポートをしにきていると。シャルロットは、自分の行動を自分自身で決められるようになったニャ。それは、もう流されるだけの子供じゃなく大人になったという事ニャ。そろそろ吾輩のサポートも終わりと言う事ニャ」「――え? 何を言っているの? まるでお別れみたいな言い方……。一体、どうしたの?」
「よく聞くニャ! 神無月朱音ことシャルロットには、巨大な魔力が大地母神メルルから与えられているニャ。以前は、教えるのは危険と判断して言えなかったけど、もう教えても大丈夫だと判断したニャ。いいかニャ? 魔法を使ってシャルロットは分かったと思うけど、魔法はあくまでも魔法であって善悪は関係ないニャ。全ては使い手に依存するニャ。魔法を善とするも悪とするも、それは使い手次第ニャ。だから魔法を使う時、薬を作る時、何かについて行動を移す時、つねに自分の行動に責任を持って後悔しないように選択して行動するニャ」
「……ニャン吉……」
「これは餞別ニャ!」

 一冊の分厚いタウンページもどきの本がベッドの上に落ちてくる。

「そこには薬師としての基本が書かれているニャ。日本語で書かれているから読めるのはシャルロットだけニャ」
「……私……」
「湿っぽい別れは止すニャ」
「………その背中に括り付けているたくさんの鰹節は何なの?」
「――ニ、ニャ!?」
「どこからとってきたの?」
「よく分からないニャ! そ、それよりもシャルロット。さらばニャ!」

 ニャン吉は、それだけ言うと窓から飛び降りてしまう。
 慌てて窓に近寄るけど、そこにはニャン吉の姿は無くて……。
 
 
  

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