異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

交差する思い(2)




 アリエルさんが居る部屋に向かう途中で、ニャン吉が座りこんでいるのが見えた。
 何をしているのか分からない。
 すると横を通り過ぎる際に「本当に行くつもりニャ?」と、話しかけてきた。

「うん。伝えていないことがあるから」
「…………そうかニャ。シャルロット――、神無月朱音(かんなづきあかね)は、本当にそれでいいニャ?」
「珍しいね。私を昔の名前で言ってくるなん……」

 軽い気持ちで答えようとしたところで、ニャン吉が真剣な表情で見てきたので私は思わず口を閉じてしまった。

「神無月朱音は、この世界に転生させられて本当に良かったと思っているニャ?」
「何を言っているの?」

 突然の言葉に私の思考は混乱する。
 転生させられて良いも何も私がこの世界に来なくてはいけなくなったのは、全て私が不幸な体質なせいで、それで家族や周りに迷惑をかけるから。
 私は、転生する際にメルルと呼ばれる女神から、そう説明された。
 
 ……だから、良いも悪いもない。
 そういう運命だったから仕方ないだけで……。

 ――だから。

「ニャン吉は、私が転生してきた理由を知っているわよね?」
「知っているニャ。その上で聞いているニャ」
「――なら仕方ないじゃない。私には選択肢は無かったのよ?」
「……つまり満足していないと言うことニャ?」
「そんなこと……」

 ニャン吉の言葉に口ごもってしまう。
 本当に自分は転生してきて良かったのかと。
 だけど、すぐに結論が出る。

「どうニャ? 神無月朱音は、本当に転生してきて良かったと言い切れるニャ?」

 ニャン吉が再度、私に問いかけてくる。
 私は自分の中の思いを整理しながら、思いを乗せるようにして言葉を紡ぐ。

「ニャン吉。私はね、日本で暮らしてきた時は漫然と生活していたの。高校を決めたときもそう――、自分が何を目指しているかなんてまったく考えたこともなかった」

 ニャン吉は私の言葉を通路の壁に背中を預けたまま黙って聞いている。

「だから、私は無為に毎日を過ごしているだけだった。きっと、将来の自分がどうしたいのか、それを考えるのが怖かったのかも知れないわね」
「……」
「正直ね、女神メルルが私に転生を提案してきた時に……」

 私は、通路の壁――、窓に右手を添えながら外を見る。
 外は薄暗くなってきていて、もうすぐ日が落ちると思う。
 そんな外の様子を見た後、ニャン吉を見ずに口を開く。

「私ね、嬉しかったの」
「嬉しいニャ?」

 ニャン吉の言葉に私は背中を窓ガラスに預けてニャン吉の方を見る。

「うん。まるで自分が物語の主人公のようだって――、選ばれたんだって心のどこかで嬉しかった。それは毎日を浪費するだけの自分が、特別な存在だって認められたようで、嬉しかった……」
「……だから転生を受け入れたニャ?」
「ううん。たぶんね、私個人の考えだけなら転生はしなかったと思う。だって、私には日本に家族はいるし、友達もいるから。それに異世界はどういう場所かだって詳しい説明は無かったもの。だから、きっと特別な存在だと認められたってだけで十分だったから異世界転生はしなかったと思うの。きっと断っていたわ」
「そうかニャ……」
「何も言わないのね」
「吾輩に何か言ってほしいニャ?」

 私はニャン吉の言葉に頭を左右に振って否定する。
 きっと、私とニャン吉の関係はそんなものじゃないと思うから。
 それに……。

「神無月朱音は、どうして異世界に転生したニャ?」
「そうね……」

 私は一呼吸おく。
 
「建前を貰えたからかな……」
「建前ニャ?」
「うん。ニャン吉も知っている建前よ。私が居ると周りを不幸にするって建前。それがあったから、私は異世界に転生したの。ひどい子よね。私は将来何になりたいのか分からない、自分がどういう風な大人になっていくのか分からない。そんな現実から目を背けて、自分を認めてくれたからって、主人公みたいだからって、そんな理由だけで異世界転生という選択肢を選んでしまったのだから」
「……」
「だから、ニャン吉の問いかけに関する答えは、良く分からないって答えるのが正解なのかもしれないわ。でも……」
「――でも、なんニャ?」
「最初は転生してきて、自分の意識が――、自我が目覚めてしばらくは後悔していたわ。だって、自分が転生者だと言う事を言う訳にはいかなかったから。本当は、ずっと両親に話すつもりは無かったの。最初は自分が特別扱いされたのが嬉しくて異世界転生してきたのにね……。だって、生まれてから5年間の記憶があったから、やっぱり本当の事を知られて拒絶されるのは辛かったから」

 本当に、私は自分の事しか考えていなかった。
 日本に住んでいた時、周りに流されているだけで自分が何をしたいのか分からずに、認めて貰えたことが嬉しくて異世界に来てしまった。

「ねえ……、ニャン吉は知っているの?」
「何をニャ?」
「転生者は、元の世界ではどういう扱いをされているの?」
「行方不明扱いか、元から存在していないか、死亡扱いになるニャ」
「私は、どれなの?」
「……」
「ニャン吉」
「…………本来、転生者は死亡扱いされるニャ。だけど神無月朱音の場合は趣が異なって今回は元から居なかったことになっているニャ」
「そう……」

 良かった……。
 それならお父さんもお母さんも妹も私が居なくなってしまった喪失感に苛まれることはないと思う。
 それと同時に、自分の胸が張り裂けるほどの痛みを伴った。
 その理由がようやくわかる。
 
「私って本当に物事をきちんと考えずに選択したのね」
「後悔しているニャ?」
「ううん。私は、もう決めたの。後悔はしないって! 自分が決めた選択は、それは自分が選んだ道だから! それを後悔したら、それは私を愛してくれるって言ってくれた両親や信じてくれた人達の思いを――、何より自分の気持ちを裏切ることになってしまうとおもうから――、だから……」
「ニャ?」
「私は転生してきた事に良い悪いじゃなくて、後悔はしていないよ!」

 私の言葉を聞いていたニャン吉は、壁に寄りかかるのをやめると「その気持ちを忘れずにアリエルと話してくるニャ!」と、言ってお母様が居る部屋の方へと向かっていってしまった。
 ニャン吉の後ろ姿を見送ったあと、私は胸元に手を置く。

 ずっと心の中で淀んでいた気持ちを……、自分が目を背けてきた思いを言葉にしたことで心が軽くなったことを感じていた。





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