異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

心の在り方(9) アリエルside




「私が?」

 思わず口元に笑みが浮かぶ。
 そして反射的に「何を馬鹿なことを――」と言う言葉を口にしようとしたところで、クリステルの瞳がまっすぐ私に向けられていることに気が付いた。

「クリステルの話している内容は全て憶測に過ぎませんし私は無理などしていません」 
「そう。それなら、いいのだけれども――」

 食い下がってくると思っていたけれど、あっさりと彼女は引き下がった。
 私は少し残念に思いながらも……、残念に? 
 私は、何を……。
 一体、何を残念に思って――。

「そういえば、使命と先ほど言っていましたが、一体何の事なのですか?」

 感情を落ち着かせる意味合いも込めて私はクリステルに質問する。
 私からの質問が意外だったのか彼女は、少しだけ驚いた表情を見せてきた。

「アリエルが、本当の事を話してくれれば話すわよ?」
「……」
「嘘よ、嘘よ。そんなに大した話でもないから」

 無言で問いかけに答えていると、クリステルは慌てて謝罪してきた。

「そうね。アリエルは、どうやって薬師になるか知っている?」

 彼女の問いかけに私は記憶の糸を手繰る。
 
「…………たしか、薬師になるためには薬師に弟子入りする必要があるんでしたっけ?」
 
 職業柄、薬師と直接話すことは稀で、幼少期に教えられた知識ということもあり、かなり曖昧で。

「基本的に薬師になるためには師匠となる薬師に弟子入りする必要があるの」

 どうやら私の答えは合っていたようで、クリステルは頷きながら言葉を紡いできた。
 ――ただ、それが使命とどう繋がっているのかが今一、理解できない。

「私ね、孤児だったの」
「――え?」

 無意識に心臓が大きく音を奏でる。
 クリステルも私と同じ孤児という現実に私は驚いた。
 彼女の容姿や佇まいだけでなく立ち振る舞いを含めて低位の貴族か商人の娘だと思っていたから。
 
「パロック王国って知っている?」
「ええ」

 私は頷く。
 その国は良く知っている。
 バロック王国を滅ぼしたのは、ユークリッド王国で帝国へと邁進することとなった出来事で……。
 私もバロック王国の村で生まれたと聞かされた。
 だけど、物心ついた時には【ベルンハルト】の私設部隊に居たから、聞かされても何の感慨も浮かばなかった。

「私はね、その国で――。王都で生まれたらしいの」
 
 私は、クリステルの「らしい」と、言う言葉に首を傾げる。
 それよりも同じ出身国ということに、こんな偶然があるのかと驚いていた。

「クリステルは、バロック王国で生まれて……、そのあとはどうしていたのですか?」
「…………そうね。本当は、こういう事はあまり話すことでは無いのだけれども……」

 瞳を俯かせたまま、クリステルの唇が動く。

「私ね、物心ついた時には奴隷だったの」
「クリステルが?」
「そう」

 信じられなかった。
 少なくとも今のクリステルを――、彼女からは過去に奴隷だった面影がまったく見られない。
 奴隷は、人の人権を剥奪された存在で自己の考えを否定されて生かされるから何かを為したいという感情が希薄になる。
 私は貴族の屋敷にメイドとして何度も仕えていたから、誰よりもそれを知っている。
 だから、クリステルが過去に奴隷だったというのが信じられなかった。
 
「――ッ! そ、それは!?」
 
 言葉だけでは信じて貰えないと思ったのだろう。
 クリステルは、ワンピースを捲ると太腿を見せてきた。
 そこには、奴隷ギルド【ライネル】の焼き印が押されていて――。

「信じてもらえたかしら?」
「え、ええ……」

 彼女は、本当に奴隷だった。
 だから、ますます気になった。
 クリステルが話した使命という言葉の意味を。

「私ね、小さい頃から薬師としての勉強をさせられていたの。最初は、人を治すための薬の作成だったわ。私が調合した薬で助かる人が居る。感謝してもらえる。それは、とても充実感があったの。たとえ、それが奴隷の身分であったとしても……、誰かに必要とされるなら、そこが私の居場所だと思っていたの。……でもね、ユークリッド王国が起こした戦乱が長引くにつれて仕事の内容は変わってきたわ」
「変わってきた?」
「ええ。私が居た町はユークリッド王国の国境と接していたの。だけど……、国境線で戦っていた兵士を率いる貴族からね。毒薬を調合するようにって命令が来たの」
「それは……」
「ええ。貴族からの命令だもの。断ることなんてできないわ。それに断ったら、同じ奴隷で私の師でもある薬師の人がどういう目に合わされるのか分からないから。お師匠様は、もう余命いくばくも無い方で毒薬を作ることは反対していたけれども……、私は奴隷で飼い主に背くことは出来なかったし、師である方を見捨てることは出来なかった。だから……」
「作ったのですか?」

 彼女は――、クリステルは自分の両手を見ながら「そうよ」と答えてくる。

「そう。私は毒薬を作って、それを貴族に渡したわ。それで国境線沿いの戦いはユークリッド王国に勝つことは出来た。でもね……、それだけじゃなかったの」
「どういうことですか?」
「貴族は水源に毒薬を流したの……」
「――え? そ、それって……」
「そう。水源に流された毒は、町の人まで殺したわ。私が治療して「ありがとう」と感謝の言葉を述べてくれた人も……、みんなみんな殺して――。命令をした貴族や兵士も死んだわ。唯一、残っていたのは私や師である奴隷だけだった。不定期に食事を与えられていた私達は辛うじて助かったの。助かった町の人も居たけれど……」

 そこまで話すとクリステルは両手を強く握りしめる。

「毒薬を作っていたことは町の人に知られていたわ。だから――、大切な人を失った町の人の怒りは薬師に向けられたの」
「そんなの貴族が命令しただけで――」
「そうね。でも、被害にあった町の人の気持ちはどうなのかしら? だって、彼らは怒りをぶつける矛先が無いのよ? 突然、親しい人を奪われた怒りや憎しみに耐えられる人間がどれだけ居ると思うの? 人間は、そんなに強くないわ。だから――私の師は、私を逃がしたの。自分が毒薬を作ったと言って……。隠れていた私は、師が殺されるのを見ていることしかできなかった。自分が、毒薬を作ったことが原因なのに……」

 途中で言葉を切ると彼女――、クリステルは乾いた、それでいて悲しみに満ちた笑顔を向けてくる。

「物心ついた時から薬のつくり方を教えてくれた師が殺されて、私は初めて理解したの。親しい人を殺された人の怒りや憎しみはとても深くて悲しくて寂しいと言う事に。でも、私が捕まったら師が殺された意味が亡くなる。だから夜を待って南に逃げたの。幸い、大勢の人が死んだから町から逃げるのは簡単だったわ。大勢の人が死んだから空き家もたくさんあって服もお金も調達することだってできた。でも、町から離れた時に毒で死んだ人の死体を――、苦悶に歪んだ顔を見た時に私はどれだけ愚かの事をしたのか気が付いてしまった」
「クリステル……」
「軽蔑したわよね? 薬師だと言っても、私の手はたくさんの人を殺めた血塗られた手に他ならない。人助けをしているのも薬師は人助けをするのが本分だと師が言っていたからなの。本当に滑稽よね……」
「それで流れてフレベルトまで?」
「ええ。旅の途中で出会った商人の子供を治療して、その感謝としてフレベルト王国の薬師ギルドに登録することが出来たの。それで……、エルトール伯爵領には薬師が少ないと聞いて来たの」
「そうだったのですか……。でも、今のクリステルは薬師として、人を助けようとしています。頑張れば……」
「本当に、そうなのかしら? 私の手のひらは血で汚れている。そんな薬師が、本当に人を助けることをしていていいのか。私は、いつも自問自答しているの」
「もしかして、それで寝られなかった?」
「ええ」

 
  

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