異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~
心の在り方(7) アリエルside
初めて彼女を見たとき思ったことは一言で言いあらわす事が出来るのなら、愚かな人であった。
彼女は、ルーズベルトに直訴しにきた。
その行いを平民は行わない。
何故なら、貴族と平民では人種が異なるからだ。
酷い貴族になれば、直訴に来た平民を不敬だと斬り捨てることもある。
それなのに彼女は、領民が苦しんでいるから力を貸してほしいと言ってきたのだ。
疫病と言うのは、回復魔法が効かないし薬に関しても有効な物が発見されるまで時間がかかる。
だから大半が助からない。
そのため感染拡大を恐れて発症した地域の町や村を軍隊で封鎖し病気に掛かった人間を隔離し処分する。
それで事態が鎮静化すればいい。
だけど大半は伝染する。
そうなれば大半は、村ごと焼かれることになる。
大規模な疫病となれば町ごと処分されることも多い。
そんなことを薬師と名乗っている人間が知らない訳がない。
エルトール伯爵に疫病だと伝えることで何が起きるのが想像できない訳がないのに、彼女――、クリステル様は必死にルーズベルト様に町の様子を伝えていた。
発症した町は、リンガスとシャンティアの間に存在するアルカという町。
人口は2千人程度であったけれど、一万人規模の町と比べれば切り捨てても問題ないと私は思っていた。
人間はどうせ何れ死ぬ。
遅いか早いかの違いだけだから、私はエルトール伯爵様もアルカという町を切り捨てると思っていた。
そんな私の目論見を砕いたのは、クリステル様の「必ず治療法を見つけます」と言う一言であった。
誤算だったのは、ルーズベルトが様が若くして当主になったこと。
彼が親しい肉親を亡くしたばかりだったことで、貴族の慣習よりも民の命を優先したことにあった。
ルーズベルト様は、アルカの町を視察。
ことの重大さを認識した上で、すぐに薬師ギルドへと応援を要請したが断られることになった。
それは、お金が払えるかどうか分からない領主からの依頼を受けられないという返答であった。
クリステル様は、自分が所属している薬師ギルドが断った事に溜息をつきながらも、予測はしていたのだろう。
彼女は、アルカの町で無事な人達を集めて薬の調合材料の元となる草花を集めようとしたけれど、誰も協力することは無かった。
何故なら、疫病が流行った際に領主がどういう対応をするのかを民は知っていたから。
まして領主となったばかりのルーズベルト様は、年若く実績が無いために民からの信頼が無かった。
だから、薬の素材を集められるのはルーズベルト様と執事であり家令のセバスに私だけ。
日に日に悪化していく疫病の広がりにクリステル様は、必死に病の治療の為の薬を作り続けた。
一週間も経つ頃には、民の私達を見る目も変わっていた。
他の町への移動は制限されてはいたけど、町を焼却される訳でもなく何より領主であるルーズベルト様本人が薬師の手伝いを率先していたのだから。
その頃から、病の軽い人達が私達の手伝いをしてくれるようになった。
だけど……、事態は快方に向かうことはなく何人もの死者が出た。
私が看取ったのは、両親はすでに疫病で他界していた小さな女の子。
看取る人もいない。
最後に看取ったのは私で――、女の子は死ぬ間際に私に「ありがとう」と感謝の言葉を残して逝った。
少女が亡くなった夜に私は町の中央広場で椅子に座りながら、何度も自分の手を握っては何度も深呼吸をしていた。
心を落ち着かせる術は、暗殺者として育てられた私にとって自然と出来る物であったけれど、いつまで経っても感情を抑制することが出来ない。
その理由が、どうしても私には分からなかった。
「アリエル?」
そう、私の名前を呼んできたのはクリステルであった。
彼女は、死人のように顔色が悪かった。
「クリステルですか。何日、寝ていないんですか?」
「さあ? 忘れてしまったわ。でも、私しか薬師はいないから……。それに、ルーズベルトも頑張ってくれているから」
「――そういえば……、ルーズベルト様はどちらに?」
「町の人が手伝ってくれるようになったから食料を確保するからってシャンティアの町の商業ギルドに行っているわ」
「また借金をするつもりですね」
私は、溜息をつきながら小さく微笑む。
そんな私に釣られたのだろう。
「そうね。でも、ルーズベルトは頑張ってくれているわ。彼も大変なのに……、必死に領民を守るために寝ずに行動しているのだから」
「似た者同士と言ったところですか」
「――え?」
私の言った言葉が理解できなかったのかクリステルは首を傾げている。
まぁ、私も人の事を言えた身分ではない。
「それより病の原因は分かったのですか?」
「症状からして北方の病だと言う当たりはついたのだけど」
「――!」
私は、椅子から立ち上がる。
「……まさか……」
「どうかしたの?」
「い、いえ――。私も、調べてみます」
クリステルに答えながらも心臓は早鐘を打つ。
信じたくはない。
信じたくはないけど、まさか――。
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