異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

心の在り方(6) アリエルside




 主に私に指令を出していたのは、【ベルンハルト】商業ギルドの南方責任者ハワードと言う男で、彼は商業ギルドTOPの意向で動いていたけれど、とても好色な男であった。
 私が彼の毒牙に掛からなかったのは、王家や貴族家に潜入するという役割があったに過ぎない。
 貴族は純潔を好むから潜入しやすい。
 ただ、それだけの理由であった。
 事実、私も最初は貴族相手であった。
 そして、ハワードも元は貴族家の次男であったから一度でも他人が手をつけた女には興味を向けなかった。
 幸か不幸か、それが結果的に私の命を救ってくれることになったのは皮肉な物と言えた。

 ――ハワードは、関係を持った女性を殺す殺人鬼で、そのことを商業ギルドの草が話していたのを偶然聞いた時には驚きや恐怖と言うよりも「やっぱり……」と、思ってしまっていた。

 彼――、ハワードからは私と同じ……、殺人鬼の匂いが感じられたから。

 最初に人を殺したあと、数人までは心に引っかかるものはあったけれど、それが10人を超えた辺りから何も感じなくなっていた。
 ただ命じられるままに人を欺き殺す。
 それが私の役割だったから。

 そんな私に転機が訪れたのは、エルトール伯爵領への潜入であった。
 当時のエルトール伯爵領の領主様は、年老いては居たけれど堅実な領地運営を行う方だった。
 ご子息であったルーズベルトは、王都の貴族院を卒業したばかりの若者で、一目見た時の感想は「頼りない男」と言うのが私の見解で、それは外れてはいなかったと思う。

 エルトール伯爵家は、フレベルト王国内でも、最古参のリヴァルド公爵家を除けば血筋は最も古い。
 だけど、魔法の力を持たないために辺境に追いやられた貴族であった。
 普通の貴族なら血筋を重視し、役職を求めるために名誉、お金で簡単に籠絡することが出来る。
 だけど、エルトール伯爵家は名誉や地位や権力に固執する事もなく民の為に領地を経営していた。
 おかげで【ベルンハルト】商業ギルドが進出する足掛かりを得られずにいた。
 だから、私に命令が下ったのだ。
 屋敷に仕えるように動けと。
 伝手が無い状態での命令、それは領地を掻き回し隙を作れと言っているのと同じことであった。
 女性は純潔に限ると考えているハワードにとって本部からの命令を忠実に成功させている私の台頭は好ましくなかったのだろう。

 だけど……。
 私は何とも思っていなかった。
 ――物心着いた時から、人を騙して殺す事だけを教えられた私にとって自分という存在は、どうでもいいと思っていたから。
 だから、私はエルトール伯爵領に向かった。

 ――運が良かったのだろう。
 丁度、私はフレベルト王国の不作の時期にエルトール伯爵領を訪れる事が出来たのだから。
 不作だけは、どうにもならない。
 大勢の人が死んで治安も悪くなる。
 だから、私は【ベルンハルト】商業ギルドに報告した。
 その数日後、エルトール伯爵領内の視察をしていたエルトール伯爵家の馬車が偶然起きた事故により崖から転落。
 乗っていた使用人と共に帰らぬ人となった。

 エルトール伯爵家で、家督を継ぐことになったのは10代の少年。
 どう見ても広大なエルトール伯爵領を飢饉から救うのは不可能で、それを狙ったかのように【ベルンハルト】商業ギルドは、支店を作ることを条件に融資の話を幼きルーズベルト様に持って行った。
 責任者は、ハワードの甥であったけれど……、しばらくしてカルロへと交代することになる。
 融資は莫大で商業ギルドがエルトール伯爵領に及ぼす影響力はとても強くルーズベルト様は、つねに追い詰められていた。

 領民の為に先代エルトール伯爵様が蓄えていた資産も無くなり給金が払えなくなり使用人も、長年仕えていたセバスしか残っていなかった。
 そこで、【ベルンハルト】は、私を使用人として使ってみてはどうか? と、ルーズベルト様に提案した。
 多額の借金を背負っているルーズベルト様には、【ベルンハルト】商業ギルドからの提案を断わることはできない。
 私は何もせずにエルトール伯爵家にメイドとして潜入することが出来た。
 あとは命令どおりルーズベルトと男女の関係になるだけであったけれど……。

 ――ある日、町で疫病が起きていると、屋敷に一人の女性が姿を現した。
 その女性こそが、クリステル様であった。



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