異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~
心の在り方(3)
「どうして聞きに行ったらいけないの?」
自然と言葉が口から出ていた。
そんな私をニャン吉は鰹節を削るのを止めてまっすぐに見てくる。
「また傷つく気かニャ?」
「傷つくって……」
「気が付いていないニャ? どうして、母親が娘をそっとしておくのかということをニャ」
「……」
「シャルロットは自分が思っているよりもずっと心が傷ついているニャ。心の整理をまずつける事が必要ニャ」
「――で、でも!」
「慌てる必要はないニャ。すぐに裁定が決まる訳でもないニャ、数日は猶予があるはずニャ」
ニャン吉の言葉に私は何も帰すことは出来ない。
食欲が無いのは確かなのだから。
私はベッドの上で枕を抱きかかえると目を瞑る。
自分がどうしたいのか分からない。
ただ、アリエルさんはずっと一緒に暮らしてきた。
そんなアリエルさんが、私や両親や妹を裏切るはずは無いと心の片隅で思っていたかった。
「ニャン吉」
「どうしたニャ?」
「私、人間って何なのか良く分からなくなったよ」
「…………」
私の言葉にニャン吉は答えずに鰹節を削り始めた。
何故か無性に苛立ってしまい枕を投げたけど華麗に躱すと部屋の扉を器用に開けて扉から出ていった。
一人、取り残された私は静かになった部屋で溜息をつくとベッドの上から絨毯の上に落ちた枕を手に取る。
「着替えないと……」
白を基調とした薄手のワンピースに着替える。
今は何かしていないと落ち着かないのだ。
寝る前に背中まで伸びた髪の毛をブラシで梳いたあと一纏めにすると私はベッドに入って目を閉じたけど、中々眠ることは出来ない。
どうしても目が冴えてしまい落ち着かないのだ。
「ニャン吉には止められたけど……」
今ならニャン吉も居ないから止められることもない。
ベッドから降りようとした所で扉がノックされた。
「シャルロット」
「お母様?」
部屋に入ってきたお母様は木で作られたトレイを持っていて、テーブルの上にベッドに近づいてくると何も言わずに抱きしめてきた。
「大丈夫なの?」
抽象的な言い回しで話しかけてくる。
その大丈夫が何を意味しているのか私には分からない。
だけど、余計な心配はかけたくは……。
「お母様。アリエルさんは、本当に私達を裏切ったのかな?」
「…………シャルロットは、どう思うの?」
「私?」
「ええ、そうよ。シャルロットは、アリエルが私達を裏切ったと思っているの?」
「ううん」
「それなら、それが答えでしょう?」
「――で、でも! アリエルさんは、間者だって……、私達の情報を話して……、それにお母様の首に刃物を当てていたし……」
「そうね。でも、シャルロット。貴女は転生してきてから、ずっとアリエルと寝食を共にしてきたのでしょう?」
「うん」
「なら貴女はアリエルがどういう人間なのか見てきたはずよ? 貴女は自分が感じた思いや気持ちを他人の意見で変えてしまうの?」
私は頭を左右に振ると、私の頭の上に手を置くと撫でてくる。
「人を信用するということは、とても難しいことだわ。たしかに誰も信用せずに自分だけを信じて他人を受け入れずに生きていくなら、騙された時、裏切られた時に自分自身が傷つくことはないわ」
「お母様……」
「たしかに、誰との絆も築かないのならとても楽かもしれない。それに絆があるから裏切られた時に、心が引き千切られるほどの痛みに晒されるわ」
「うん……」
「でもね、誰かと絆を紡がないと言うことは出来ないの。だって、人は生きている限り誰かと自覚在る無しに関わらず影響を与える物なのだから。貴女は、アリエルをどう思っているの?」
「私は……、私は……、アリエルさんを家族だと思っています」
「そう。なら、それが貴女の真実なのでしょう? ――それなら、貴女がすることは何か分かる?」
「アリエルさんに本当の事を聞くこと……」
口に出すと自分が何をしたかったのか分かった。
私は、アリエルさんに本当の事を聞きたかっただけで、裏切られたとかそういうのはどうでも良かった。
他人から見たら甘いと言われるかも知れない。
ニャン吉の貴族観から見たら私のすることは貴族の令嬢としては間違っているのかもしれない。
だけど、私は10年も一緒に同じ伯爵邸で暮らしてきたアリエルさんが自分から間者と語った理由がどうしても納得できなかった。
「お母様。私――」
「いいわよ。でもね……、一つだけ。どんな結論に至ったとしても、後悔はしないこと!それだけは覚悟をしておかないと駄目よ? 貴女自身がアリエルを信じると決めたのだから、途中で投げ出すような真似は絶対にしたらいけないからね?」
頷くとお母様は強く抱きしめてくると耳元で「ルーズベルトには、私の方から説明しておくわ。しっかりとアリエルと話をつけてきなさい」と語り掛けてきた。
私は、お母様から離れると寝間着のまま部屋から出る。
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