異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

砂漠の王国からの使者




「に……ニャン吉?」

 美味なる鰹節を探しに行ったとお母様に聞いていた。
 戻ってきたら、「転生者のサポートをまともにしないの!? そんなに鰹節が大事なの?」と、色々と追及しようと思っていた。
 
「久しぶりニャ」

 私の言葉に反応すると共に、ニャン吉の右手が霞むと同時に銃声が鳴り響き女性の悲鳴が聞こえてきた。

「ニャン吉!?」
「心配することないニャ。刃物を砕いてアリエルを気絶させただけニャ」
「そ、そうなの?」
「そうニャ。ぶち殺すなら、何も言わずに遠距離射撃で仕留めているニャ」
「良かった……」

 私は安堵の溜息をつく。

「シャルロット……」
「お母様、大丈夫ですか?」
「ええ――。それより、どうして精霊様が……」
「鰹節を探す旅に飽きたのかも。それで戻ってきたら、丁度、いまの状態だったとか?」

 こめかみに指先を添えながら、お母様は何やら無言で考え事をすると。
 
「精霊様、申し訳ありません。私は……」
「気にすることないニャ。仕方ないことニャ」

 私とお母様を庇うようにニャン吉は移動しながら、お母様からの謝罪に対して横柄な態度を返している。
 正直、鰹節を探しに行って居なくなった精霊が何を言っているのかと私は思ってしまう。
  
「仕方ないって何よ? ニャン吉は、女神様に私のサポートを頼まれたのでしょう? それなのに! 鰹節を探しに居なくなるとか、少しは仕事に対して責任を感じなさいよね」
「シャルロット。精霊様には深いお考えがあるのよ? あなたの事を、とても大事に思っているのよ?」
「ええ!? 大事に思っているのに鰹節優先とか……、もう精霊じゃなくて猫でいいんじゃないのかな……」
「――ふ! ふざけるなあああああ」

 私とお母様、そしてニャン吉が話しているとカルロの発狂した声が辺りに木霊した。
 視線を向けると、やはり血走った目で私達を見てきている。
 カルロは落ちていた剣を手に取ると私達の方へ向かって来ようとした所で後ろに吹き飛ばされた。

「まったく……、寝ていれば追加で攻撃はしなかったのに……、仕方のない奴ニャ」

 ニャン吉は、発砲したリボルバーを空中でクルクルと回転させた後、次々と伯爵邸を襲ってきた兵士達を打ち倒していく。
 銃声は聞こえるけど! 両手の腕から先が霞んで見えない!

「結構、人数がいたニャ。29人――、空中でガンスピンしながら弾を装填するなんて100年ぶりニャ」
「……す、……すごい。まるで普通の猫じゃないみたい……」
「だから精霊だって言っているニャ――」

 ほんと数秒で、伯爵邸を襲ってきた人間を全員倒したニャン吉が私の突っ込みに突っ込み返してきた。
 
「お母様、これからどうしましょう? これだけの人数を縛るのはさすがに……」
「そうね」
「さすがに女手だけだと……、猫の手も借りたいところで……」

 私は、ニャン吉の方を見る。
 すると拳銃を消したニャン吉は。

「それじゃ、すごい鰹節を探す旅に行ってくるニャ。クリステル、問題ないニャ?」
「問題ありだから!」

 私は、逃げようとするニャン吉を後ろから両手で捕まえる。
 青い体毛に指先が抵抗感なく沈む。
 ふわふわな猫の毛並みが何となく気持ちいい。
 仕方なく、本当に仕方なく! ニャン吉の体を抱き寄せる。
 動物特有の高めの体温が冷たい春先の風に晒されて冷えた体に温かみを与えてきて、抱いているとホッとする暖かさで。

「逃がさないからね。それに女しか居ないんだから、襲ってきた人達を縛るのを手伝いなさいよ! 一応、精霊なんでしょう?」
「吾輩が手伝わなくても大丈夫みたいニャ」

 ニャン吉が東の方へと顔を向けた。
 すると東の方から数えきれないほどの馬に乗った人達が近づいてくる。
 
「シャルロット! クリステル! 大丈夫か?」
「お父様? これは、一体……?」

 私は、お父様が下りた馬、そして後方に控えている100騎近くの騎馬兵を見て驚いた。

「彼らは、砂漠の王国カーレルドの騎馬兵団だ」
「カーレルド?」
「以前に助けた男の子を覚えているか?」
「以前に…………、あっ!? エリクサーのですか?」
「そうだ。シャルロットが助けた人物は、砂漠の大国カーレルドの第一王位継承権をお方で――、アドル・ド・カーレルド王太子。彼の暗殺にユークリッド帝国の有する商業ギルドが関わっていた。そして、そのことを伝えるために国境沿いの町リンガスに来てくれていたのだ」
「そう……、だったのですか……」
「――しかし……」

 お父様は、盛大に溜息をつきながら周囲に倒れているエルトール伯爵邸を襲撃してきた人間に目を向ける。

「貴族に――、落ちぶれたと言っても領地を持つ伯爵家を襲撃してくるとは思ってもみなかった……、そ、それよりも……、シャルロット? それは精霊様では?」
「はい。鰹節を探す旅に飽きて戻ってきたら暴漢に襲われていたので、流れから助けてもらったみたいな感じになっています」
「そ、そうなのか……。クリステル、いいのか?」
「色々と誤解があるようですが、精霊様もご納得しているようですので……」
「納得していないニャ!」
「ニャン吉は我儘よね。鰹節を探しに行く前に、私は職務放棄した貴方に言いたい事がいっぱいあるんですからね!」

 私達が話している間にも、倒れている人達は次々とカーレルドの兵士さん達に捕縛されていく。
 
「べ、べつに職務放棄なんてしてないニャ……」
「言い訳は、男らしくないの!」

 まったく! 鰹節を探しにいくって目の前から消えておいて何を言っているのか……。
 
「私には、分かっているんだからねっ! 女神様の名前を出して、出ていったことを正当化しようとしているのがね」
「ニャー。もう好きにすればいいニャ」
「ほら、私の言っていることが正しいじゃないの」
「申し訳ありません。精霊様」
「クリステルは気にする必要はないニャ。まぁ、シャルロットが手を汚さなくて本当に良かったニャ」
「――? 何のこと?」
「こっちの話ニャ」
「あの、そろそろいいでしょうか?」

 語らっていると、身長が2メートル近い男性が話しかけてきた。
 身長差がありすぎて上を見上げないといけないのが辛い。

「私は、砂漠の王国カーレルドの近衛兵団団長アリストと言います。貴女が、シャルロット・フォン・エルトール様で?」
「は、はい。シャルロットと申します。アリスト様」
「なるほど……、これは――」

 私に話かけてきた男性は何度か頷くと。

「エルトール伯爵ルーズベルト様」
「今回は助力を感謝します。それより何でしょうか?」
「はい。実は……、アドル様のお父上、カーレルド国王陛下より親書を持って参りました。つきましては、フレベルト王国の国王陛下との謁見をと思っているのですが……」
「それは……」

 お父様は、しばし考えると。

「分かりました。すぐにフレベルト国王陛下へ話を通しましょう」

 やはり領地を守ってくれるために来てくれた恩人である頼みを断れないのだろう。
 迷ってはいたようだけど、アリストさんからの要請を快諾していた。



  

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