異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

生活魔法(8)




 春と言うこともあり、日差しもまだ柔らかい。
 
「――んっ……」

 昨日の夜、どうすれば借金が返済出来るのかと考えていた私は少し夜更かしをしてしまった。
 
「……もう朝?」

 ベッドの上から上半身を起こし周囲を見渡す。
 日差しからして、まだ夜が明けてからそんなに時間は経っていないはず。
 私はクローゼットから白地のワンピースを取り出すと寝間着を脱いでから着替えて髪の毛をブラシで梳いたあと、白色のリボンで纏めてから鏡を見て大丈夫かどうかを確認した後に部屋から出る。

「アリエルさん」

 扉を開けながら厨房に入る。

「シャルロット様? 昨日は、奥様からしばらく手伝いが出来ないと伺っていましたが?」
「そんなことないから大丈夫」

 私は、いつも通り朝食の手伝いをする。
 手伝いと言ってもいつも通り食堂に食器を並べたりするだけだけど。
 
「そういえば、セバスさんの分はいらないの?」
「ええ。しばらくは王都に行っていますので」

 どうやら私と執務室で出会った後にセバスさんは王都に行ったみたい。
 でも、たしかその時には私が光の魔法を使えることをお父様は知らなかったから、少しは猶予がありそう。
 
「そうなの? セバスさんって王都に何をしに行ったのかアリエルさんは知っていますか?」
「薬関係と伺っていますが?」
「そうですか」
 
 私はホッとしながら食器を手に取る。
 傷薬という万能薬を販売する上で王家の承認を取っておけば辺境に位置するエルトール伯爵領も少しは王国内での地位も上がりそうだし、何より少しは援助が期待できそうだから。
 それに虫下しの薬が実用化されて販売されれば、それだけで借金が返済できそう。
 何せ、虫下しの薬については他の領でも売れると思うし……。
 虫下しの潜在顧客数は王国全体の国民数に比例するから。
 でも問題は……。
 それだけたくさんの薬を私一人で作らないといけないことだけど。
 そこの辺は上手く対応しないといけない。
 今日から多めに作っておく必要があるかも……。

「そういえば、ご当主様はしばらくリンガスの町に逗留されるとの事です」
「リンガスの町?」

 アリエルさんの言葉に私は首を傾げる。
 そんな町の名前を私は聞いたことがないから。

「はい。シャンティアの町とは正反対の場所に位置する国境線に近い町になります」
「シャンティア……?」

 その町の名前にも私は心当たりがない。

「はい。先日、ご当主様とシャルロット様が商業ギルドの馬車で赴かれた町がシャンティアになります」
「そうなの?」

 初めて聞いた。
 そういえば……、私は、自分が以前に言った町名すら聞いていなかった。

「ええ。そういうことですので、セバスとご当主様の用意は必要ありません」
「わかりました」
 
 なるほど……。
 しばらくエルトール伯爵邸は女だけになると――。
 お母様は、エリクサーで体が良くなったと言っても、無理させる訳にいかないし妹のセリーナの事もある。
 そうするとまともに動けるのはアリエルさんくらい。
 ちなみに10歳の私だと戦力外通知状態だと思う。
 これは、何とかしないと!

「アリエルさん、私も何かあったらすぐに手伝いますので言ってくださいね!」
「食器の準備をして下さるだけで十分ですよ?」
「そういう事じゃなくて……」

 私だって何か出来る事があるはず……。
 でも……、私が住んでいた地球と違って肉体労働が多い中世文明よりも前の時代のこの世界では子供が出来ることって言ったら畑作業とか水を汲む事くらい。

「――あっ!」
「どうかしましたか?」
「あの、水を汲むくらいの手伝いとかでしたら……「ダメです! 絶対ダメです!」――え? どうして?」
「水を汲む際に、井戸に落ちたら当主様に顔向けができません!」
「アリエルさん! 私、水を出す魔法なら使えるので井戸を使わなくても大丈夫です!」
「魔法? シャルロット様がですか?」

 彼女の言葉に私は頷き指先に水の球を作りだす。

「す、すごいです! 精霊様がシャルロット様を庇護していたのは知っていましたが、まさかエルトール伯爵家の血筋で生活魔法と言えど魔法が使える方が生まれるなんて……」
「そ、そんなに?」
「はい! 伯爵家がどうして辺境の地に封ぜられたかとお考えになられた事はありませんか?」
「まったく……」

 そんな事を考えたこともなかった。
 
「貴族社会では、魔法が使えるのは一種のステータスなのです。そのため、魔法が使えるというのは貴族の証とされていて何百年も魔法を使う人間を輩出することが出来なかったエルトール伯爵は、貴族社会の中では良く思われていなかったのです。本当は、10歳になる前に、王家が主催する舞踏会に貴族の子供は社交界デビューするのが普通なのですけれど、シャルロット様は王都には赴かれてはいませんよね?」
「う、うん……」
「つまり貴族社会ではエルトール伯爵家は、家柄だけは良い貴族らしからぬ貴族と言われているのです」
「……そうなの……ね」
「はい! ですが、これで貴族たちの見る目も変わります! エルトール伯爵家は、フレベルド王国の貴族の中でも屈指の長い血筋の家系ですから!」
「へ、へー」

 何だか思ったより面倒な事に巻き込まれそう。
 



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品