異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

ニャン吉、光の中に消える。




「お近づきになりたい?」
「そうニャ!」

 ニャン吉の、あまりの馬鹿な言い分に私は大きく溜息をつく。
 そして、お父様の方を見る。

「お父様。どういうことですか?」
「いや、私も薬師ギルドの職員と詰めの話をしていた時は、精霊様と離れていたから詳しいことは……」
「つまり、お父様が商業ギルドのギルドマスターと引き合わせたという事ではないのですか?」
「違う。クリステルが薬を作っているという証拠で精霊様に同行をお願いしたのだ」
「本当ですか?」
「本当だ! 私が、今までウソをついたことがあったか?」

 私は首を傾げながらお父様が何か約束を破ったことがないか記憶の糸を手繰る。

「一緒に、草原で野草を摘みにいく約束を、お父様は仕事があると月に一回は破っていました」
「――あ、あれは……。仕事で!」
「分かっています。お父様が私達のために一生懸命仕事をしてくれているのは、ただ今回の、鰹節は本気でヤバイです。金貨100枚ですよ! 金貨100枚!」
「そ、そうだな……」

 ようやく私の説得が通じたのかお父様は頷くと、鰹節削りで周囲が見えていないニャン吉の後ろに回り込むと、首を掴んで持ち上げた。
 
「ニャ!? 何をするニャ!?」
「精霊様、申し訳ありません。鰹節は高級品なのです。それをお近づきと言うだけで、献上してくる商人は何かを考えている可能性がありますので」

 お父様が、ニャン吉に事情を説明しているけど鰹節で視野狭窄に陥っているニャン吉は「どういうことニャ! 吾が輩が貰ったものニャ!」と、ジタバタしている。

「ニャン吉!」
「ニャ!?」
「私、以前にエリクサーを作ろうって言ったときに、ニャン吉が何て言ったか覚えている? その時、ニャン吉は世界のバランスを崩すのは良くないって言っていなかった?」
「……ニャー」
「猫の真似しないの! 貴方、精霊でしょう? 商人からお近づきの商品を貰っておいて何もしなかったら大問題になるし、何かしたら大問題でしょう!」

 私は後ろからお父様に首元を掴まれて宙ぶらりんになっているニャン吉の額を軽く人差し指で弾くと絨毯の上に散らばった鰹節を9個集める。
 もう一個は、ニャン吉が両手で抱えて死守していた。

「ほら、返しなさい」
「止めるニャ! これは、これだけは止めてほしいニャ!」
「お金が出来たら買ってあげるから」
「……約束ニャ?」
「うん。約束するからね、お金があったら!」
「それは、お金が無いと買わないということニャ?」

 気がついてしまったようね。
 仕方なく実力行使に出ることにした。
 私は、無理矢理ニャン吉から鰹節を奪いとる。

「ニャアアアア。絶対に買わないつもりニァヤアアア」

 ニャン吉が何か絶叫しているけど、放置しておこう。

「うーん、1割くらい削れているから金貨1枚くらい取られちゃうかも……」
「そのくらいなら、傷薬を1個渡せば何とかなるだろうな」
「良かった。これ以上、借金が増えたらニャン吉を身売りしないといけなくなったかも」
「ど、どういうことニャ!?」
「ニャン吉には、立派な青い毛並みがあるじゃない? それを全部刈り取って精霊の護符ですって売ればお金稼げそう! むしろ薬作るより売れるんじゃない?」
「ま、ままま、待つニャ!」
「シャルロット、それではあまりにも精霊様が可哀想では……」
「そうニャ! 分かったニャ! 贅沢は言わないニャ! だから許してほしいニャ! ちょっと調子に乗りたかっただけニャ! 精霊様って皆に言われたかっただけニャ!」
「今度、同じことしたら丸刈りだからね?」
「ハイニャ!」
「まったくもう……。あやうく内職をまた一つ増やさないといけなくなるところだったよ」
「内職?」
「はい。お父様には、お伝えしていませんでしたが、お母様の許可を得ているのですが刺繍入りのハンカチを商業ギルドに卸してもらっているのです」
「そんなことをしていたのか」

 少しでも家計の足しにと始めた刺繍入りのハンカチは、月に金貨1枚を稼げるほどに売上高を上げていた。
 鰹節を布袋に入れ終わったところで、ニャン吉はお父様から開放された。

「お父様、それでは虫下しの話を……」
「そ、そうであったな! 虫下しは効果があるということが薬師ギルドの方から報告があったのだ」
「そうでしたか。それでは量産を?」
「その前に、薬の価格を決めなければならない」
「薬の価格をですか? 無料では駄目なのですか?」
「駄目に決まっているニャ。一度、無料で薬を受けた人間は無料が当たり前だと考えるようになって次からはお金が掛かる薬を受けてくれなくなるニャ。それに、領内の流通はどうするニャ? エルトール伯爵家の領地にあるのは一つの町だけかニャ?」
「それは……」
「シャルロット。精霊様の言うとおり、領民全員分の薬となると1万や2万では足りない。それに、国内に流通させようにも魔物の襲撃にも備えなければならない。そのためには兵士を同行させるか冒険者ギルドに依頼をかけなければならない。つまり莫大な費用が発生するのだ」
「それを含めて薬の価格を決めるのですか……」
「そうだ。領民からは薬の代金を支払って貰うとになることをお前に言っておこうと思っていたのだ。近い将来、同じ事態に直面した時に経済の仕組みを理解していると領地運営にも役立つだろう?」
「……はい」

 お父様とニャン吉の言葉に頷いたあと、ニャン吉が部屋から出ていった。
 きっと鰹節を取り上げられた傷心を癒すために一人になりたいのかも知れない。



 娘のシャルロットが執務室に向かうために部屋から出て行っていた後、1歳になったばかりのセリーナをあやしていると精霊様が姿を現した。

「精霊様? そのお姿は!?」

 精霊様の周辺に光が舞っている様子が見える。それは、世界に顕現した精霊が、消え去る兆候であると言われている。

「そろそろお暇するニャ」
「そうですか……」

 うすうすと、そろそろでは無いのかと感づいてはいた。
 本来、精霊が人とずっと居ることは無い。
 一緒に居ても特別な事情がある時だと教典にも書かれている。
 
「それで、シャルロットにはその話は?」
「――してないニャ」
「突然、居なくなられましたら、あの子も悲しみますね」
「シャルロットには、サポート役としてついてきたことは言ってあるニャ」
「そうですか。役目が終わったということですか」


 私の問いかけに、精霊様は頷く。

「本当は、もっと早くに……、シャルロットがクリステルとルーズベルトに受け入れられた時に吾が輩は、去る予定だったニャ」
「それは、どういうことでしょうか?」
「異世界から転生した人間は多かれ少なかれ前世の記憶に振り回されて家族とは上手くいかないニャ。ニャから巨大な魔力や、転生先の人間が到達しえない力を与えられて生まれてくるニャ」
「――え?」
「でも、それで幸せになれる人は極わずかニャ。だから転生した人間が幸せに暮らしていけるようにサポートをするニャ」
「そうなのですか……。と、言うことは娘には……」
「そうニャ。大地母神メルル様より天地を操る魔力と万物を作り出せる力が与えられているニャ。でも……、それは人の領分を越えている力ニャ。出来れば、シャルロットには、普通の人生を送ってほしいニャ。だから、薬師としての知識を与えてやってほしいニャ。時間が足りなくて基本だけしか教えてやれてないけれど、もう体を維持するのも限界ニャ」
「私達に見えるように顕現したのは覚悟していたのですね」
「一度でも顕現すれば、精霊が人間界に滞在できる時間が激減するニャ。自分のために吾が輩が消えたことを知ったら、シャルロットは自分を追い詰めるニャ。だから鰹節を探しにいく旅に出たと言っておいてほしいニャ」
「分かりました」

 精霊様が、私が頷くのを満足そうに頷いてくる。

「これを返しておくニャ」
「これは私が、お渡しした鰹節では?」
「そうニャ。半分くらい暗殺者を撃退するときに使ってしまったニャ」
「暗殺者ですか?」
「そうニャ。あの小僧を殺しにきた暗殺者達のことニャ」
「そんなことが……、あっ!? それで町が騒がしかったのですね」
「もう終わったことニャ。それじゃお暇するニャ」

 光の軌跡を残して、精霊様は目の前から姿を消していった。



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