異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

傷薬、作りすぎました?




 お父様との約束を守るために、お母様が薬の調合で使っていた部屋に向かう。
中に入ると、昨日の夜に出会った猫が待っていた。

「本当にいた……」

 昨日の夜に出会った時に「明日から薬の作り方を教えてやるニャ!」と、言った後、寝て起きたら朝に見かけなかったから本当かどうか気にはなっていたけど居て良かった。

「そういえば、自己紹介とかまだよね?」
「吾が輩は、大地母神メルル様から神無月朱音をサポートするために遣わされた精霊ニャ」
「大地母神メルルって、私に転生を薦めてきた?」
「そうニャ」

 ふむ……。
 そんなことをメルルさんは一言も言っていなかったけど、まあいっか。

「私の名前は、神無月朱音。今の名前はシャルロットと言うの。あなたのお名前は?」
「名前は無いニャ」
「名前が無いの?」
「名前は、ご主人様がつけることになっているニャ。吾が輩に名前をつけることで契約が出来るようになるニャ。 吾が輩と契約することで魔法もポーションも作れるようにレクチャーするニャ! さあ、吾が輩と契約して魔法と薬が作れる少女になるニャ!」
「えっと、魂とか抜かれるような契約じゃないよね?」
「そんなことないニャ」
「名前は、ポチでいい?」
「よくないニャ! どうして日本人は皆、ポチとかタマとかつけるニャ!」

 中々うるさい。
 いきなり名前をつけてくださいと言われても困る。

 
「何か、お勧めはあるの?」
「ご主人様が決めたものなら何でもいいニャ」
「何でもいいと言いつつ、文句を言うとか……」
「何か言ったニャ?」
「何でもないわ!」

 さて、どうしたものやら……。

「名前をつけないという選択肢はないの?」
「……それじゃ契約は出来ないニャ!」
「私、センスないからタマとかミケとか、そのくらいしか思いつかないよ? 何かお勧めとかないの?」
「ニャン吉ならいいニャ」
「ニャン吉ね」
「それじゃ、ニャン吉。今日からよろしくね」
「分かったニャ! それじゃ薬の作り方を教えてやるニャ。まずはすり鉢をとすりこ木を用意するニャ!」
「え? 魔法っぽい何かでササッと薬が作れるわけじゃないの?」
「人間、楽をしたら駄目になるニャ! さあ、すり鉢の使い方から教えるニャ!」
「う、うそ……」

 本当にレクチャーするだけとか……。
 メルルは、私にポーションの作成能力を付与すると言っていた。
 だけど、それは自力で作れってことなのかな?

 まずは室内に置かれているヨモギに似た葉をすり鉢に入れる。
 そして、すりこぎ棒で葉を丹念に砕いていく。

 ――ゴリゴリゴリゴリ

「少しずつ汁がにじみ出てきた」
「そのまま葉の形が無くなるまですり潰すニャ」
「はいはい」
「ハイは一回だけでいいニャ」
 
 ――ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

 室内に、すりこぎ棒とすり鉢が擦れる音が鳴り響く。
 私の作業を見ていたニャン吉が、籠の中のヨモギに似た葉を右手で吸い取ると左手をすり鉢に向けた。
 するとニャン吉の左手からヨモギに似た葉が出現してすり鉢の中に落ちた。

「え? 何、それ!?」
「メルル様から、右手で吸ったものは左手から出すように能力を与えられているニャ」
「へー」

 ――ゴリゴリゴリ

 私はすり鉢の中に入っている葉を汁になるまで潰す。
 頃合を見計らってニャン吉が、葉を追加してくる。
 無心になって作業をしていると、私はあることに気がついた。

「ねえ? それって一時的に体内に物を保管しているの?」
「そうニャ。アイテムボックスって言うニャ」
「そういうのって転生する人に付与する能力じゃないの?」
「メルル様が、転生する人だと使いきれないからと吾が輩に下さったニャ」
「猫より下に見られているとか……」
「安心するニャ、朱音にも小食という不作にも耐えられるハングリーな能力があるニャ」
「それ、能力じゃないから……」

 ――ゴリゴリゴリゴリ

 ニャン吉と話ながらも私は手を動かし続ける。

「ふう、こんなものかしら?」
「よくがんばったニャ。あとは、この粉末を入れるニャ」
「それって毒性がある葉だよね?」
「薬には多少のアクセントが必要ニャ」
「アクセントって……、料理じゃないのだから……」

 なんだか適当だなーっと思いながらも葉をすり潰してから液状になった薬の中に入れて混ぜる。

「完成ニャ!」
「ふう、疲れた……」

 もう両手の筋肉がパンパンで上げるのも辛い。
 次は、ハマグリの貝殻の中に薬を入れて蓋を閉める。

「えーっと、ひーふーみー……。153個だね。もう腕に力が入らない」
「傷薬を1個使ってみるといいニャ」
「え? だって売りものだよ?」
「きちんと使えるかどうか試してみないといけないニャ。朱音も、自分の傷薬の効果を確認しておいたほうが商売相手に教えることが出来るニャ」
「たしかに……」

 私は、ハマグリの蓋を開けて中に入っていた緑色の液体を疲労した筋肉や手に薄く塗っていく。
 皮膚に塗ると、ヒンヤリと心地よい。
 それと同時に、手と腕から疲労感が抜けていく。

「こ、これって……」
「疲労回復に、小さな傷口なら治せて、水虫にも効く傷薬ニャ」
「へー、異世界の傷薬ってすごいのね」

 素直に感想を口にしながら、お父様に見せる薬が出来たことに安堵の溜息が漏れた。

「ニャン吉! 大量に作るわよ!」
「了解ニャ!」

 私がすり鉢でゴリゴリと草をすり潰す。
 そして頃合を見計らって、ニャン吉が草を投入する。
 まるで、餅つきのように作業を繰り返し――。

「シャルロット!」
「お、お父様!?」
「に、ニャ!?」

 ノックもせずに扉を開けて入ってきたお父様に驚いて私は作業を止めた。
 ニャン吉は、テーブルの上でジッとしたまま座っている。

「お父様、薬が出来ました」
「これ全てが薬なのか?」
「はい。傷薬になりますって――え!?」

 夢中になっていて気がつかなかったけどハマグリに入れた傷薬が小山のように積みあがっていた。
 明らかに室内に保管されていたハマグリの量よりも多い。

「どうかしたのか?」
「いえ、少し多かったですか?」
「まあ、あって困るものでもないからな。何個か薬師ギルドに持っていくがいいか?」
「はい」

 お父様は出来たての傷薬を手にとると部屋から出ていった。
  
「何とか上手く誤魔化せましたね」
「お前の親父、チョロイニャ」
「それより、気になったことがあるのだけど……、お父様はニャン吉に気がついていなかったような気がするのだけど……」
「そんなの当たり前ニャ。精霊が普通の人間に見える訳がないニャ」
「そんなものなの?」
「そんなものニャ」

 ……なるほど。
 この世界の事情を私は詳しくは知らない。
 そもそも、言葉が話せて通じて文字が読めたから気にしたことはなかった。
 それに中世レベル程度なら日本の中学卒業レベルの学力を収めているなら千年以上は先を進んでいるだろうし。

「それにしてもたくさん薬が出来たよね」

 私は部屋の中を見渡しながらハマグリの中に詰めてある薬を手に取る。
 集中して傷薬を作っていたから気がつかなかったけど量が多すぎる。

「ねえ? このハマグリの殻って部屋に置いてあった量より多くない?」
「そういえば多いニャ」

 ニャン吉も、どうやらおかしいことに気がついたぽい。
 
「ニャン吉のアイテムボックスってアイテムを複製とかしていないよね? 出来ていたらチートだけど……」
「そんな非常識なことを全知全能の完璧主義の大地母神メルル様がするわけないニャ」
「それじゃ、薬が入っているハマグリを一個だけ手から吸ってみてから吐き出してみて」
「分かったニャ」

 ニャン吉が手から傷薬を右手で吸い込んだあと、左手で10個ほど傷薬を吐き出した。

「ニャン吉……、これってまさか複製チート……」
「仕様ニャ!」




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