異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

お金がほしいです!




「ルーズベルト、いくら借金の為とは言えシャルロットが成人する頃には、レインハルト公爵家の当主は50歳を超えているのよ?」
「分かっている……」
「分かっていないわよ。シャルロットは、こんなに可愛いのよ? 大方、フレベルト王宮内で噂になっている黒の真珠姫に目をつけただけに決まっているわ!」
「黒の真珠姫?」
「そうよ。貴女は伝承に描かれている大地母神メルルの容姿と瓜二つなのよ? 艶のある黒髪に黒い瞳。神の恩寵を受けて生まれてくる子と教会の伝承にもあるのよ?」

 そんな話を私は始めて聞いた。
 たしかに私に異世界転生を勧めてきた女神様は、黒髪に黒眼だったけど。
 それは日本だから、そんなものだと私は思っていたけど……。

「あの、私以外に……」
「国内の貴族には居ないわね」
「と、言うことはレインハルト公爵家の当主様は、王宮で噂になっている私のことを妻に迎えたいと言うことですか?」

 私の言葉に、お父様が頷いてくる。
 
「本当に信じられないわ!」

 お母様は興奮したあと、激しく咳込んだ。

「お母様!?」
「クリステル!?」

 お父様が、慌てた様子でお母様の体を抱き上げると寝室まで運んでいく。
 二人を見送った後、起きてしまった妹を寝かしつける。
 
「お母様、大丈夫かな?」

部屋から出て扉を閉めたあと、お母様の寝室へ向かう。
 お母様のお部屋は、妹を産んでから体調を崩したために2階から1階になっている。
 寝室の扉を開こうとすると声が室内から漏れてきた。

「ルーズベルト。それで、どうするの?」
「どうするのと言われてもな……」
「私は、シャルロットが50歳近くになる男性の元に嫁ぐのは反対です。正妻として受け入れてくれるとしても、それであの子が幸せになれるとは思えませんもの」
「……だがな……」
「分かっております。それでもです!」
「だが、それでは領地を運営する能力が無いと言うことで、貴族位を剥奪される可能性もあるのだが……」
「つまり多額の援助があるということですか? それが何になるのですか? 別に良いではありませんか? 貴族という対面と娘の幸せ、どちらが貴方には重要なのですか?」
「それは、娘の幸せに決まっている。私たちが平民になるのはいい。だがな、領民は、どうなる? フレベルト王国内の貴族は、自内で赤字になった分を税収で賄っている。もし、エルトール伯爵家の後に領地を治める貴族が、法外な税収を領民に課したら生活が困窮するであろう」
「……そう……だったわね、ルーズベルト。言い過ぎたわ」
「いや、私も目先のお金に釣られて縁談を断れずにいたのだ」

 借金があることは知っていたけど二人の会話からエルトール伯爵領の経営は、ずいぶんと追い詰められていることに気がついた。  

「どうしよう、このままだと公爵家に嫁ぐ可能性も……、でもお父様にもお母様にも恩があるし……、でも公爵家って大貴族よね? ――と、いうことは平凡な生活が出来なくなるということになる? あまり貴族らしい生活はしたくないな……」

でも、10歳の子供が出来ることなんて高が知れている。
それに、縁談を受ければ両親も妹もアリエルさんもセバスさんも領民も皆が幸せになると思うけど。

 いざ公爵家に嫁ぐとなると不安になることがある。
 私は、貴族らしい貴族の作法や生活なんて何一つ知らない。
 それに公爵家なら王家とも繋がりがある。
 嫁ぐ前に、貴族の作法を学ぶ必要も出てくると思う。
 そうなると大変そう。
 
「お金があれば、だらだらと生活が出来るのに……」
「お金が欲しいニャ?」
「――え?」

 目の前に、突然青い毛並みの猫が現れた。

「お金が欲しいなら、薬の作り方を教えてあげるニャ」
 




 翌朝の朝食は、野菜を中心とした献立であった。

「お父様」
「どうかしたのかい?」
「あの……、昨日のレインハルト公爵家との縁談の話ですが」

 私の言葉を聞いたお父様の表情に翳りが浮かぶ。
 
「シャルロットは、昨日の話を聞いてどう思うんだい?」
「私は……、よくわかりません」
「そうか」
「あの、お父様。婚約や縁談は一応受けておいて、あとで取り止めすることなどは出来ないのですか?」
「それは無理だ。相手の方が貴族としての位が高い。相手の顔を立てつつ正当に破棄できる理由が無いと難しい」
「そうなのですか」

 時間稼ぎとしてレインハルト公爵家からの縁談を婚約という形で表面上受け入れるだけならと思っていたけど無理みたい。

「シャルロット。私が何とかしてみるから、そこまで気に病むことはないよ?」
「分かりました。そういえば、最近、よく薬師ギルドの方が訪ねて来られるのですが」
「なるほど……。アリエル、どのような話だったのだ?」
「町に居た薬師の方が他領地の町に移住してしまったそうです。現在、傷薬を含めた納入が滞っているそうなのです」
「なるほど……」
「はい。エルトール伯爵領は経営が上手くいっていないと噂が流れていて手に職を持つ人材が流出しているようです」

 アリエルさんの言葉に、お父様が無言になる。
 なるほど、確かに日本でも過疎化した町や村には医者などは来なくなるし、インフラ設置も遅れる。
 それと同じことが起きているのかも知れない。

「あ、あの! お父様!」
「なんだい?」

 私は、昨日の夜に現れた猫に教えてもらった薬の作り方を教えてあげるという言葉を思い出しながら言葉を紡ぐ。

「私、お母様が薬を作っているのを見ていました! 薬の原材料となる野草も見分けることも出来ますので、私に薬作りを任せてもらえませんか?」
「そうなのか?」
「はい!」
「そうか。どのくらいまでの薬なら作れるんだ?」
「えっと……、色んな薬なら……」

 何の薬の作り方を教えてくれるとは教えてもらっていないけど、何とかなるはず。

「そうか、では一度、作って見てはくれないか?」

 私はお父様の言葉に頷いた。
 



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