異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

転生しました。




 三日月に近い形をしているエルリード大陸の南西に位置するフレベルト王国。
 その辺境に位置するエルトール伯爵領は春を迎えていた。
 
「お母様、たくさんの花が咲いています!」

 少女の声が、草原に響き渡る。
 周囲は見渡す限り、膝まで伸びる草花で埋め尽くされており少女の興味を引くには十分であった。

「シャルロット。あまり早く走っては駄目よ?」
「はい! お母様」

 女性の言葉に、シャルロットと呼ばれた少女は元気よく返事をすると草原の中を走っていると、少女は突然、前のめりに倒れる。

「シャルロット!?」

 少女の母親が慌てて走り寄る。
 母親が少女を抱き上げて額に手を当てたところで顔色が変わる。
 先ほどまで元気に走り回っていたのに、少女は高熱を発していたから。

「ルーズベルト! シャルロットが!」
「どうかしたのか?」

 女性に名前を呼ばれた灰色の髪が特徴の男性が走ってくるなり、少女を見て顔色を変える。

「貴方、シャルロットがすごい熱なの」
「すぐに、館に戻ろう」

 男性は、少女を抱き抱えると女性と共に草原を後にした。



 神無月朱音(かんなづきあかね)は、ごく普通の家庭に生まれて妹が産まれた後も、ごく普通に暮らし成長していった。
 
 ただ、一つ普通とは違うのは運が悪いという事であった。
 遠足や球技会や運動会などと言ったイベントでは、彼女が参加すると必ずと言っていいほど雨に降られた。

 中学卒業後、高校に入学してからの初めての夏休みに家族で旅行に行った際、彼女が乗る車は、唐突に振り出した雨で崩落した土砂崩れに巻き込まれた。

「ここは……」

 気がつけば私は、何もない白い空間に立っていた。
 周囲も天井も床も全てが白い。
 自分が、どこにいるのか分からないが、幸い自分の体には異常はないようで、痛いところは無い。
 
「あっ!?」

 私は、自分が土砂崩れに巻き込まれた事を思い出した。
 
「……と、言うことは……、ここは……あの世?」
 
 最後に見た光景は、大量の土砂が車を側面から襲ってきた場面で、それを最後にして私の記憶は途切れていた。
 どう考えても死んだと考えるのが妥当だろう。

「意識が戻ったようですね。神無月朱音さん」

 振り向くと、そこには20歳前後の女性が立っていた。
 
「あの……、ここは……」
「ここは、境界と呼ばれる場所です」
「境界?」
「分かりやすく説明致しますと、貴女が住んでいた世界と、あの世の狭間になります」
「え……。それでは、まだ私は死んでは居ないということですか?」
「ええ。貴女は死んでいませんし死ぬという予定もありません」
「そうですか。良かった」

 女性の言葉に胸をなでおろす。
 それと同時に、女性の言葉に違和感を覚えた。

「えっと、私が死ぬ予定は無いと言うのは分かりましたが、それならどうしてこんな場所に私は居るのでしょうか? それと貴女は?」
「そうですね。自己紹介をしておきましょう。私の名前はメルルと言います。貴女にお願いがありましてここに導いたのです」
「お願いですか?」
「はい。神無月朱音さん、異世界に転生しては頂けないでしょうか?」
「転生って……、私は死んでいないって……、それなら転生する理由は無いのでは?」
 
 死んだ後に転生するなら分かるけど、そうじゃないなら転生する理由は無いと思う。
 生憎、そこまで悪い人生を送ってきているつもりは無いし。

「神無月朱音さん、貴女は不幸体質なのは理解していますか?」
「不幸体質って……、雨が降るくらいですよね?」
「今までは、そうだったかも知れませんが、今回の件が発端となりもっと酷くなっていきます」
「それって、どういうことですか?」
「今、貴女の両親と妹さんは命の危険に晒されていますと言えばご理解頂けますか?」
「それって私の不幸体質と関係があるのですか?」
「はい。貴女が不幸に見舞われる度に、周囲も巻き込まれるのです。今回は、貴女の家族が巻き込まれてしまいました」
「……つまり、私が生存を望んだら両親や妹は死んでしまうということですか?」
「ええ、そうなります。そして、これからもそれは続くでしょう。無闇に被害が出るのは管理者側としても困ってしまいますので被害が小さい内に異世界への転生を薦めているのです。異世界で転生することで不幸体質も改善されますから」

 彼女の言葉が本当か嘘かを見抜く術を私は持っていない。
 だけど、不思議と嘘はついていないように思えた。
 
「分かりました。本当にお父さんとお母さんと妹は助かるんですね?」
「ええ、お約束しましょう。それでは異世界転生にするにあたっていくつかのサービスをしたいと思います」
「サービス?」
「はい。異世界は地球と違って危険な場所です」
「例えば?」
「剣と魔法の世界です。魔物もいます」
「つまりファンタジーな世界ということですね」
「ええ、文明レベルも中世に近く医療も発達していません」
「それって……、生きていく上でかなり辛いのでは?」
「そこで、サービスをつけるというわけです。せっかく、こちらの条件を呑んでくれたのですから」
「なるほど……」
「まずは生きていく上で必要なのは健康ですので、自分で薬を作って病気を自分で治せるようにポーションを作れる才能を付与致します」
「生産系の能力ということですね」
「はい。そうなります」

 メルルさんは、私の言葉に頷きながら指先を軽やかに動かしている。
 おそらくあれで私に能力を付けているのかも知れない。

「次に魔物と戦うための力ですが、魔法を使えるようにしておきましょう。あとは転生してからすぐに死んでも行けませんので身分も考えないといけませんね」
「身分ですか?」
「はい、神無月朱音さんが転生する世界では中世ヨーロッパ風の世界感となっており貴族がいます。そうなると、貴族に転生するのが一番、好ましいと思いますが?」
「それなら王族と公爵家は排除でお願いできますか? あと男爵や騎士爵は大変そうなので、それも対象外で」
「分かりました。それでは男爵以上、公爵未満で転生先を設定しておきましょう」

 話が一段落ついたところでメルルさんは私を見てくる。

「それでは、異世界で良き人生を送ってください」

 それが神無月朱音として私が最後に聞いた言葉だった。
 


 数日間高熱を出して前世の記憶を取り戻したのは5歳の時。
 目を覚ました私を両親はすごく心配してくれた。
 だけど、そんな両親を見て私が最初に感じたのは罪悪感であった。
 何故なら、本来のシャルロット・フォン・エルトール伯爵令嬢とは別の存在になっていたから。
 本当は打ち明けるべきだったのかもしれない。
 何日も、転生してきたことを伝えるべきかと迷い悩んだ。
 でも、真実を告げた所で、それは自己満足に過ぎないのでは? と両親をただ悲しませるだけと思い打ち明けないことに決めた。

 そして私はシャルロット・フォン・エルトールとして暮らすことを決めた。
 それから数年が経って妹が生まれた。
 妹が生まれてから、お母様の体調は芳しくない。
 
 いつも通り暖炉のあるリビングに向かう。
 部屋に入ると妹のセリーナが寝ているベビーベットが目に入った。
 
「お母様、今日も薬師ギルドの方が来ていました」
「そう……」

 元々、お母様は薬師をしていた。
 でも今は休業している。
 薬草の見分け方は教えてもらったけど、調合の仕方は見ていただけ。
 だから作り方はわからない。
 メルルは私にポーション作成と魔法の力を付与してくれたけど使い方が分からなかった。
 


 エルトール伯爵領。
 私が転生してきた事を自覚した翌年にフレベルト王国は、大飢饉に見舞われた。
 エルトール伯爵領も飢饉に見舞われ、多額の借金を抱えた。
 飢饉から4年が経過した今でも借金返済に追われている。

 出費を減らすために多くの使用人を解雇した。
 残っているのは50歳を過ぎて再就職先が難しい家令のセバスさんと、メイド長のアリエルさんだけ。
 給金も減ったため二人には、お父様からエルトール伯爵家の邸宅内に部屋を宛がわれて住み込みで仕事をしてもらっている。
 食事の時間も一緒。
 人手が少ないから私も配膳の手伝いをする。
 所謂、家族同然の付き合いというやつだけど、貴族のような格式ばった生活よりもいい。
 配膳が終わったあと、お母様を呼びにいくのも私の仕事だ。

「お母様、夕食の用意が出来ました」

 椅子に座って妹を抱いているお母様は、「わかったわ」と、答えてくる。
 妹のセリーナは、お母様に抱かれて寝ていてまるで天使のよう。
 お母様譲りの金髪。
 そして鼻筋が通った顔。
 将来は美人になると思う。
 それに比べて私は、お父様にもお母様にも似ていない。
 黒い瞳に黒い髪と日本人の特徴を色濃く残している。
 そう言った特徴からも自分が本来生まれてくるはずであったシャルロットという存在を奪ってしまったと思ってしまうには十分であった。
 
「セリーナは?」
「今、飲んで寝たところよ? もう、夕食の時間なのね」
「はい。お部屋に持ってくる?」

 どう見ても、お母様の顔色は良いとは思えない。
 部屋で食事を取った方がいいかも知れない。

「お願いできるかしら?」

 頷き食堂に戻る。

「アリエルさん」
「シャルロット様? どうかしたのですか?」
「お母様は、食事をお部屋で摂るそうです」

 体調が悪いときのお母様を一人にしておく訳にもいかない。
 一緒に食事をした方がいいと思いアリエルさんに提案すると、すぐに二人分の食事を用意してくれる。

「本当に、私が持っていかなくて大丈夫ですか?」
「うん。このくらいなら一人で運べるから」

 トレイに乗せられた食事を部屋に運んで、お母様と食事をしていると。

 ――コンコン

 扉を開けて入ってきたのはお父様であった。

「じつはな……、縁談が決まりそうなのだ」
「縁談ですか? どこかの親戚が結婚でもされるのですか?」

 エルトール伯爵家は、借金がたくさんあるけど長い歴史があり由緒正しい貴族の系譜を持っている。
 そのため、親戚は結構多かったりする。
 ただ借金がたくさんあるから、ドレスなどを用意できないから社交界デビューもしていないし、お茶会を開くことも無い。
 それが逆に、私にとって平民らしい生活を満喫させてくれている。
 ただし! 親戚が結婚するなら、ドレスを着て祝わないとさすがに問題になってしまう。

「じつはな、レインハルト公爵家から話が来たのだよ」
「そうなのですか? でも、レインハルト公爵家って……、エルトール伯爵家と親戚関係ではなかったような……、それなら無理して出なくても――」
「何か勘違いしているようだが、シャルロット宛にレインハルト公爵家当主から縁談の話がきたのだよ」
「――え? 私にですか?」

 思わず口元に当てていたスプーンを口で咥えてしまっていた。
 そんな私の様子を見ながらお父様が口を開く。

「……ああ。シャルロットが15歳になったらと……」

 気まずそうに話をしているお父様に 「レインハルト公爵家って国内でも有数の大貴族ですわよね?」と、強めの口調でお母様がお父様に話かけた。

「そうだ。その当主が……」
「待ってください! レインハルト公爵家の当主は、40歳を超えている男性であったはずです。まだ10歳のシャルロットを、そんなところに嫁がせるのはどういうことですか!」
「いや……、その……」

 普段は怒らないお母様が、お父様を怒鳴りつけている。
 それにしても縁談が来るなんてまるで貴族みたい。
 ああ、忘れていたけど一応、私は貴族だった……。
 でも、さすがに40歳過ぎの男性の下に嫁ぐのは嫌だと思う。

「もしかして借金の代わりではないでしょうね?」

 お母様の追及に、お父様の体が一瞬萎縮したのを私は見逃さなかった。
 どうやら本当に借金の形に嫁がされることになったみたい。
 
 


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