太陽の為に生きる月

嘉禄(かろく)

Newborn moon 〜4〜

研究室に着いて、僕はすぐに実験を始めた。
今のところ僕がやれているのは新たな研究ではなくお兄ちゃんがやり残した研究の続きだ。
僕も前より成長したと思っているけど、それでもお兄ちゃんの頭の中で駆け巡っていたことが纏められているノートを見るとまだまだ未熟だと思い知らされる。
このノートを初めて見せてもらった時はひたすらにすごいと感嘆したけれど、今は1秒でも速くこれに追いついていつかは追い越さなくちゃと焦りが募るばかりになった。
お兄ちゃんは…結城怜は天才だったと改めて思い知らされる。
…もしかしたら、僕は死ぬまで…いや、死んでも追いつくどころかその姿を見られる距離にすら辿り着けないかもしれない。
そんな弱い思考が偶に脳裏をよぎっては振り払おうとして頭を振って研究に集中するという日々の繰り返しがずっと続いている。
お兄ちゃんとならあんなに楽しかった研究も、今は義務的なものに変わって来ていた。

どうすれば追いつける?
どうすれば追い越せる?

研究をしていたはずが、いつのまにか暗闇に一人放り出されたような錯覚を覚えた。
目の前にある薬品たちが、いつも触れているはずの試験管やビーカーたちが見たことのない物に見えてくる。


『落ち着け、悠隼。
大丈夫、深呼吸しろ。』


ー突然後ろから懐かしい声が聞こえた。
その声のおかげか暗闇が晴れていつもの光景が目の前に広がっている。
使い方もちゃんと分かる。
…聞こえた声は夢だったのかな…いや、夢じゃない。
まだこの耳にはっきりと残ってる。
お兄ちゃんが助けてくれた、そう思っていたらノック音が響いた。


「どうぞ。」
「案内終わったぞ。」


答えると和希くんを抱えたひーちゃんが入ってきた。
和希くんはひーちゃんの腕の中で気持ち良さそうに眠っていた。
ここに来るまでに色々あったのと、慣れない環境に少し疲れちゃったのかもしれない。


「ありがとう、反応はどうだった?」
「見るもの全て新鮮だったみたいで楽しそうだったぞ。
…でも、墓地の近くを通りかかったら変なこと言ったな。」
「…変なこと?」


僕が首を傾げると、ひーちゃんは頷いてあったことを説明してくれた。


「墓地はさ、ちょっと悲しい部分があるだろ?だから、今は見せなくてもいいかと思ってちょっと説明しただけで通り過ぎようとしたんだ。
そしたらさ、和希が下ろせって聞かなくて。
仕方なく下ろしてやったら墓地に入って迷いなく進んでいくんだよ。
不思議に思いながら着いてったら…怜の墓石の前で立ち止まったんだ。」
「…お兄ちゃんの?なんで?」
「さあな。そのあと暫くそこに座ってたけど、突然スって立って戻るって言うから戻ってきた。」
「…つくづく不思議な子だなぁ…。」


僕は和希くんの穏やかな寝顔を見ながらぽつりと呟いた。

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