太陽の為に生きる月

嘉禄(かろく)

Newborn moon〜1〜

お兄ちゃんが僕の隣からいなくなって、2年経った。
お兄ちゃんがいなくなってからというもの、本部では火が消えたようでみんな誰もお兄ちゃんのことを口にしなかった。
僕とみっちゃん、ひーちゃんのことを思ってくれてるのかもしれないけど…あまりに誰も話さないから、お兄ちゃんは実は最初から存在しなくて僕たちだけに見える幻だったのかなとか思えるくらいだ。

そんな今日は、日本で皆既日食が見られる珍しい日だ。
あの日から僕はお兄ちゃんみたいに研究詰めになって徹夜なんて当たり前になっちゃったけど…皮肉だよね、お兄ちゃんにあんなに注意した僕がこうなるなんて。
でも今日だけは研究をやめて外に出た。
皆既日食とは、太陽と月が重なる珍しい現象だ。
僕は見るのは初めてで、みっちゃんに


「一緒に見ようよ、凄く綺麗なんだよ!」


と興奮した口調で誘われたから見ることにした。
あれから暗い空気が漂っていたから、みっちゃんが少しでも晴らそうとしてくれたのかもしれない。

…けど、見ることにした大きな理由が本当はある。
お兄ちゃんが僕を太陽、誰かがお兄ちゃんのことを月だと言っていた。
そんな太陽と月が重なる瞬間は特別な気がしたから。
その時だけは、お兄ちゃんと繋がれる気がしたから。


三人で屋上に出て、みっちゃんから渡された皆既日食専用レンズ越しに太陽を見ているとすぐにその現象が始まった。
太陽と月が重なり、世界が暗くなる。
まるでこの世界の終わりのような光景だったけれど、不思議と怖いとは思わなかった。
瞬きも忘れて見とれていると、ふと誰かが後ろを通り過ぎた気がしてパッと振り返った。
…おかしいな、確かに気配を感じたのに…一瞬白衣も見えた気がしたんだけど…振り返ってもいくら周りを見ても僕たち以外誰もいなかった。
首を傾げつつ空に目を戻そうとすると、突然声が聞こえた。


『ただいま、悠隼』
「…お兄ちゃん?」


…今、お兄ちゃんの声が聞こえた。
確かにただいま、と言った。

気づくと僕は門に向かって走り出していた。
みっちゃんが何か言ったような気がしたけど、僕の足は止まらなかった。
そこにお兄ちゃんがいるような気がして。


門に着いて辺りを見回しても、お兄ちゃんらしき人はいなかった。
…そりゃそうだ、お兄ちゃんは僕の腕の中で息を引き取ったんだから。
気のせいか、と肩を竦めて戻ろうとした時僕のズボンの中間辺りを引っ張られた。
驚いて見下ろすと、テディベアを抱えた小学生くらいの子が僕のズボンを軽く引っ張りつつ見上げていた。


…この子が後に僕たちに大きな変化をもたらすとは、この時はまだ知りもしなかった。

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