悪役令嬢は麗しの貴公子
60. 必要のないもの
 時間は早送り、夏季休暇明けからの話になります。
 ※分かりにくいかもしれないので、一応補足で言っておきます。
 ーーー学園前、噴水広場にて。
 「わっ」   「キャァッ!」
 朝日の下、ぶつかった反動で二つの異なる声質の悲鳴が重なる。
 それを聞いた登校中の生徒達が振り向いた先には、床に尻もちをついているリディアと、そんな彼女に手を差し伸べるロザリーの姿があった。
 
 「申し訳ない、リディア嬢。お怪我はありませんか?」
 心配そうに気遣うロザリーの貴公子然とした姿に、周囲にいた女生徒達から小さな歓声がわく。
 令嬢なら誰もが憧れる白薔薇の貴公子にされたいシチュエーションを味わっているというのに、当のリディアの反応は違った。
 「ひ、酷い…ロザリー君。わざとアタシにぶつかってくるなんて…アタシ、何もしてないのにぃっ!」
 まるで自分こそが被害者だと訴えるリディアは、両目に涙を溜めて怯えるように震えてロザリーを下から睨みつけた。
 まるで小動物を連想させる様は庇護欲を誘うには十分で、既に幾人かの男子生徒は赤面したりソワソワと落ち着きなくリディアの方を見ている。
 
 しかし、大半の生徒はこれまでに似た様な出来事を見聞きしていることもあって『あぁまたか…』という視線や、ロザリーに同情的な目を向けている者が多かった。
 と言うのも、夏季休暇を終えてから度々こういった『事故』が起きているからである。
 それも、決まってロザリーとリディアの二人が同じ場にいる時に限ってだ。
 しかも、一見するとロザリーがリディアを虐めているように思われる出来事ばかりが相次いで起こっている。
 生徒の中には、ルビリアン家が王太子派から抜けた事もあり、『ロザリー様は王太子派の勢力がこれ以上強くならないよう派閥に属する家の者に牽制している』と噂する者もいた。
 そんな馬鹿げた噂が学園中に広まる頃には、ほぼ毎日のようにロザリーとリディアの間に奇妙な『事故』が起きるようになっていたのである。
 そして、今日もまた『事故』は起こってしまった。
 「わざと、だなんて。貴女のような愛らしい方にそんなことする人がいたら見てみたいものです」
 「だからそれはロザリー君がやったんでしょ!? この前だってアタシのこと階段から突き落とそうとしてたじゃない!」
 「あれは貴女が段差を踏み間違えて転びそうになっていたので支えようと手を伸ばしただけです。それに、きちんと受け止めたでしょう? 
 …誤解を招くようなことではなかったかと思いますが」
 「どうしてそんなに威圧的なの! いつもいつもアタシに意地悪してきて…アタシが何をしたって言うの!?
 アタシに平民の血が混ざってるから差別してるんでしょ!」
 朝だというのにキャンキャン叫べるなんて元気なものだ、とロザリーは他人事のように感じていた。
 慣れとは恐ろしいもので、今となっては貼り付けた微笑の仮面が剥がれることもない。
 誤解を招かないよう『事故』が起こる度に一つ一つ丁寧に訂正しながら綺麗に躱す。決して主人公に優位な状況を作らないよう先々を予想して行動する。
 もはや週間となりつつあるこの面倒な作業にいい加減嫌気がさしていた、そんな時。
 
 「あらあら。すっかり萎れちゃってるみたいねぇ、白薔薇さん?」
 
 「ルミエール先生…」
 白衣を見事に着こなしている保健医の名前をかすれた声で呟くと、呼ばれた当人は困ったように眉を下げた。
 「噂には聞いてたけど…相当参ってるみたいね。
 保健室にいらっしゃい。今なら誰もいないから」
 こちらの返事も聞かず、妖艶に微笑んでさっさと歩いて行ってしまうルミエールに笑ってしまう。
 保健医とはいえ生徒会の顧問も兼任しているルミエールは、間違いなく多忙な筈だ。   
 本来であれば、『噂』を聞いただけでこうして態々来ることなど有り得ない。
 「ーーーそれで。どうしてこんな事になってるのかしら?」
 「私に聞かれても困ります」
 保健室に着くと、事前に準備してたのか直ぐに紅茶を差し出してくれた。
 芳醇な香りを堪能する間もなく聞かれたド直球な質問に苦い笑みを浮かべる。
 「貴女、リディアさんとは殆ど接点なんてなかった筈でしょ。突然こんな騒動を連日起こすなんて何かあったと思う方が自然じゃない」
 「私からは本当に何もしていませんよ。むしろ迷惑している位なんですから」
 痛む頭を片手で抑えながら訴える。
 リディアが『私に虐められている』というゲームと同じ状況を作り出す為にやっているのは明白だ。
 けれど、これを説明することは出来ない。
 ルミエールは少しの間考える素振りをした後、躊躇いがちに口を開いた。
 「ロザリーさんの言うことを疑っている訳じゃないの。
 ただ、彼女…リディアさんから奇妙なことを言われたことがあってね」
 「奇妙なこと、ですか?」
 「えぇ。この前、リディアさんが貴女に階段から突き落とされたと泣きながら保健室にやって来たことがあったの」
 ルミエールは『勿論、貴女がそんな事するわけないって否定したわよ』とフォローをしてくれたが、出だしを聞いただけで頭痛がする話は初めてかもしれない。
 「確かに足首を捻った跡はあったんだけど、冷やして安静にしておけば治る程度の傷だったのよ。
 だから、簡単に処置して少し休んだら教室に戻るよう言ったわ。だけど……」
 言い淀んでいるようで、ルミエールは一度口を噤んだ。
 いつも妖艶に微笑んでいる彼の表情が険しくなる。
 「彼女、信じられないことを言ったの。
 アタシがロザリーさんに弱みを握られて操り人形にされるから貴女に関わっちゃダメってね」
 またしても頭痛がした。
 ルミエールが打ち明けてくれた内容は、ゲーム中で彼が悪役令嬢ロザリーから強要されていたものだ。
 ゲームにおいてもルミエールはおねぇキャラだったが、乙女ゲームなだけあって彼の恋愛対象は女性だった。
 主人公の前では、時に男らしい一面を見せることもあってファンからはギャップにやられた、何故脇役なのかという声もあったほどである。
 「それで。先生はなんとお応えになったんですか?」
 「『そんなに元気なら大丈夫そうね。さっさと教室に戻んなさい』って追い出してやっわ」
 「流石に保健医としてそれはどうかと思いますよ」
 「いいのよ。このアタシが生徒に操られるなんて冗談でも笑えないもの。売られた喧嘩を買わなかっただけ大人でしょ」
 ルミエールはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 言い方によっては侮辱されたと捉えられる内容だ。ルミエールもきっと、そう受け取ったのだろう。
 (墓穴を掘ってどうする主人公…)
 「こんな状況じゃ貴女を生徒会役員に迎えるのは難しそうねぇ…」
 ルミエールは残念そうに項垂れた。
 
 既に新役員にはアルバート、ヴィヴィアン、リディアの三人が決定している。
 私も生徒会入りする筈だったが、リディアとの一件で有耶無耶になってしまった。
 「ご迷惑をおかけしてすみません」
 「謝らないで。元々アタシが無理強いしたのがきっかけよ。
 …心配しないで? 貴女が生徒会に入らなかったからって秘密を話したりしないわ」
 こう見えて口は堅いのよ、と冗談っぽく片目を瞑るルミエールにつられて口許が緩む。
 ルミエールは他人の情感に敏感だから隠しきれなかった不安に気づかれたのかもしれない。
 「ねぇロザリーさん。アタシもローズさんって呼んでいいかしら?」
 
 「えぇ、先生になら勿論大歓迎です。…ですが、何故急に?」
 ルミエールとは前に保健室で仮眠をとった時くらいしか接点はない。
 ルミエールは形の良い眉を下げて微笑むと、そっと私の目尻に指を添えた。
 「アタシ、頑張る女の子って大好きなの。でも、今の貴女は頑張り過ぎてて心配だわ」
 指の腹で優しく目尻を撫でられる。
 こそばゆくて身動ぎする私にルミエールはまたクスリと笑い、今度は私の手を取って自分へと近づけた。
 「何時でもいいからここへいらっしゃい。先生は貴女が来てくれるのを待ってるわ」
 あたたかな言葉の後、引かれた手の甲に口付けられる。
 それは礼儀的な、けれど紳士で心のこもった優しいキス。
 それが伝わってきたからか、単に性を偽ってきた故に免疫がないからか、胸がキュッと締め付けられる。
 落とされた唇の熱がじんわりと残っていてーーー脳裏にいつぞやの記憶が思い起こされた。
 『いつかでいいからさ、俺もお前の一番の中に入れてくれよ』
 切なげに囁くクランの声がフラッシュバックした途端、カッと顔に熱が集まる。
 それを隠すように立ち上がれば不思議そうに見つめてくるルミエールと目が合った。
 「気にかけて下さってありがとうございます。授業があるので失礼します」
 なんだか気まずくなり、早口で礼を言って部屋をあとにする。
 速鳴を打つ胸元をぐっと押さえ付け、時間に余裕があるのに教室へと急いだ。
 アレはただの挨拶だ。友人として、からかう為にされた行為。
 他意なんてない。きっと、そう。
 頭では結論付られるのに、あの熱情を含んだ紅い瞳が、艶のある声が私に付きまとって離れない。
 自分の命とお母様との約束を守る。その為にこの道を選んで歩んできた。
 願ったのは、生き延びること。そして家族の幸せ。
 それ以外なんて、要らない。
 
 おまけ。
 ロザリーが去った後、部屋に一人残されたルミエールは自分の唇を指でなぞる。
 白く女性らしい手に吸い込まれるようにキスをした。
 それからピクリと跳ねて彼女の頬が朱色に染まるのはあっという間だった。
 それはまさに乙女の反応そのもので。
 「アタシの前で他の男のこと考えるなんて、アノコいい度胸してるわ」
 先程までロザリーが座ってた椅子を眺めてクツクツと笑う。
 完璧な貴公子の仮面は、思ったよりあっさりと外れるのだと知った。
 それはそれで少々心配ではあるが、それ以上に自分の中のオトコがもっと見たいと欲を覗かせている。
 王族の前ですらあの仮面が剥がれることはなかったというのに。
 気を許す程度には信用されているのか、単に無防備なのか。
 「次はいつ来てくれるかしら?」
 そう遠くない未来、また彼女はここへ来る予感はある。
 目下にクマができたことにすら気付いてない様子の可愛い生徒のことを想い、ルミエールは誰に問うでもなくそう呟いたのだった。
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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ノベルバユーザー248828
ロザリーちゃんルミ先生に(゜∇^d)-☆ロックオンされてますやんっっ