悪役令嬢は麗しの貴公子
47. 舞踏会
 ……憂鬱だ。
 王宮の廊下を歩きながら私は溜息を吐いた。
 そんな私を隣を歩くカレンはどうしたのか、と言いたげに見上げてくる。
 気にしないで、と軽く首を振って笑ってみせると、カレンは特に気にした様子もなく前を向いた。
 今夜は夏のシーズン最初となる王家主催の舞踏会が盛大に行われることになっている。
 今回の舞踏会では、国内の貴族は勿論だが他国の王族・皇族も招かれている。
 これは、ツィアー二侯爵家の活躍が大きく影響しているのだろう。ツィアー二侯爵家が筆頭となって積極的に外交を行っているからこそ、他国との関係は良好な状態を保てているのだから。
 ちなみに、今日の夜会にルビリアン公爵家の者として参加するのは私とニコラスのみだ。
 財務省の長であるお父様は来賓客をもてなす側で、私が当主の名代として出る事になった。
 私はカレンの婚約者でもあるので、彼女をエスコートする役割も兼任している。そのため、ニコラスには悪いが先に会場に行っててもらうよう頼んでおいた。
 舞踏会ということで私達は普段の制服姿ではなく、ドレスコードに身を包んでいる。
 どこから聞きつけたのか、マーサが『白薔薇の貴公子ならそれらしく!』とかなんとか言って全身白で統一させたシックなデザインのスーツを着させられた。
 対してカレンは、夜会でも映える彼女の瞳の色に合わせた藍色のドレスを纏っている。
 華美な装飾はないが、光沢のある上質な生地の美しく上品なデザインだ。
 迎えに行った時に見違える程に綺麗だったから思わず褒めそやすと、その場にいたカレンの兄弟達に『悪くないが、これからに期待を込めて69点』と言われた。
 一体、私はなんの評価をつけられているんだろうか……。
 ……さて、そろそろ会場に着くかな。
 会場の扉付近に立っている衛兵が私達の姿を視認すると、恭しく扉を開けてくれた。
 隣では緊張の為か、カレンが肩を強ばらせている。
 そういえば、前にこういった催しは得意ではないと言っていた気がする。
 私はふむ、と少し考えてからカレンの前に跪いて彼女を見上げた。急に目線が逆転したカレンは、驚きで目を丸くしているが気にはしない。
 「今宵、貴女は正式に私の婚約者となる。けれど、恐れないで。貴女の傍には私が付いている。さぁ、胸を張って」
 にっこり微笑んでカレンの手を出来るだけ優しく包み込む。そして、私の言葉に少しだけ表情が和らいだ彼女の手の甲に口付けた。
 「カレン、どうかこの白薔薇の貴公子に貴女をエスコートする栄誉をお与え下さいませんか?」
 「……っ!」
 冗談めかして言ってみれば、カレンはほんのり頬を朱に染めて照れを隠すようにそっぽを向いてしまった。
 良かれと思ってやったことだけど、逆効果だっただろうか?
 「……ロザリー殿。私は情けないことに今でもこういった場が苦手だ。でも……」
 そこで言葉を切ったカレンは、今度は私を強く見つめて笑みを浮かべた。
 「でも、君がいてくれれば私はきっと前を向いていられる」
 「光栄だね。ーーー行こうか」
 ダンスを申し込む時のように手を差し出せば、カレンはしっかりと握り返してくれた。
 広いパーティ会場では、いくつもの大きなシャンデリアが吊るされ、色とりどりの豪装をした紳士淑女で溢れていた。
 私もカレンをエスコートしながら、その中へと混ざっていく。
 「ニコ、待たせてすまなかったね」
 「とんでもありません兄上。カレン嬢もご機嫌麗しく。とても素敵ですよ」
 「ありがとう、ニコラス殿」
 ニコラスに褒められたカレンは柔らかく瞳を細めた。
 いつもと違い、きちんと髪をセットしてあるニコラスは普段よりもイケメンに拍車がかかっている。
 周りの令嬢達もチラチラとニコラスのことを見ては頬を染めている。
 さすが私の義弟、早くもモテ期到来だ。
 会話もそこそこに、まずは主催者である国王陛下に挨拶するため私達は揃ってホール内を移動する。
 ホールの奥にある檀上に国王一家は座していた。
 国王夫妻とは、先日の謁見以来となる対面だ。
 国王のすぐ後ろには、宰相のコーラット大公が補佐として立っていた。そして、少し離れた所にアルバートとヴィヴィアンが控えている。
 今回は正式行事だからか、まだ幼い第一王女のエリザベスは不参加のようだ。
 アルバート達の前を通る時、少し見ない間になんだかとても疲れた顔をしていたけれど…公務にでも追われていたんだろうか。
 国王の御前まで来ると、私達は三人で礼をとり頭を垂れて挨拶をする。
 「国王陛下、この度は当主に代わりご挨拶申し上げます。今年もこのような素晴らしい場にご招待頂き心より感謝致しております」
 「今夜は楽しんでいってほしい。そして、今後もリリークラント王国のためにニコラス共々尽くしておくれ」
 「はい。我が家の国への忠誠心はいつまでも揺るぎなく」
 
 「我々の身は国に捧げています。これからも誠心誠意お支えしていく所存です」
 
 私もニコラスも、忠誠を尽くすのは王家ではなく国であることを暗に明言する。
 国王の御前で宣言することで、ルビリアン公爵家が中立派であることを再度示したのだ。
 「カレン嬢も婚約おめでとう」
 「ありがとうございます陛下。我が伯爵家の剣は、今後も国の為に捧げて参ります」
 国王への謁見の内容は、事前にディルフィーネ伯爵家にも話してあった。
 ユリウス元帥は話を聞いた時に渋い顔をしていたが、帝国や国内の状況をよく理解していたようで最終的には公爵家に賛同してくれた。
 『俺が剣を捧げているのは現国王陛下ただお一人。そして、この身が盾となって守っているのは国民。それだけだ』
 ユリウス元帥と直接対面した時に言われたこの台詞。
 彼は決して多くを語ることはなかったけど、国の為に尽くすのであれば好きにしろと、そういうことなのだろう。
 守る為ならば手段は問わない、どこまでもこの国のことを想うユリウス元帥の言葉はとても重く感じた。
 あの愛国心には感服する他にない。
 
 挨拶を終えた私達はホールの隅へと移動する。
 「緊張したかい、カレン?」
 「あぁ。それなりに場数をふんでいる筈なんだが、こういうのはいつになっても慣れないな」
 「そうは見えなかったけれどね。凛としていて美しかったよ」
 「えぇ。とてもご立派でしたよ」
 「君達兄弟は揃いも揃って褒めるのが上手だな」
 「本心しか口にしていないんだけれど。ね、ニコ?」
 「兄上は天然が入っていますからね。カレン嬢も早く慣れることをお勧めしますよ」
 おかしい。義弟に同意を求めたはずなのに何故かスルーされたような気が……いや気のせいだ。そんなことされたら兄上泣いちゃう。
 そうこうしている内に他の貴族の挨拶が終わり、音楽が流れる。
 すると、壇上から国王夫妻が降りてきてファーストダンスを踊り始めた。
 「陛下が王妃様にリードされていますね。普通、逆でしょうに」
 「こらニコ。誰かに聞かれてしまったら大変だよ」
 「そんなヘマはしませんよ。兄上に迷惑をかけたくありませんから」
 「全く、私の可愛い弟は本当に…」
 私とニコラスが笑い合っている間、カレンは終始ずっと国王夫妻のダンスに釘ずけだった。
 曲が変わり、国王夫妻のファーストダンスが終わると沢山の男女がダンスホールに向かった。
 「今宵、貴女と一番初めに踊る栄誉を頂けますか?」
 「拙いものでもよければ、是非」
 私の手にカレンが手を重ねるのを合図にダンスホールに向かい、踊りだす。
 ダンスも苦手だと言っていたけれど決してそんなことはなくて、一生懸命ステップをふんでいた。
 きっと今日の為に沢山の練習をしたんだろうなぁ。
 彼女のその姿を思い浮かべると、思わず笑いが零れてしまった。
 「どこか変だろうか? ステップは間違っていないはずだが…」
 「あぁいや、貴女は本当に可愛らしいと思っていただけだよ」
 「なっ…!?」
 耳まで紅潮させたカレンは、声を上ずらせて飛び退いた。ダンスの為に普段よりお互いが至近距離にいた事も彼女の羞恥心を煽るのには十分だったのだろう。
 カレンが飛び退いた拍子にホール内で踊る別のカップルとぶつかりそうになる。私は慌てて彼女の腰を引き、自分の腕の中に収め直す。
 混乱しているカレンをリードして遅れた分のステップを取り返すのに時間はかからなかった。
 「カレン、落ち着いて? 今はダンスの事だけに集中しよう」
 
 耳元で囁けば、カレンは真っ赤な顔のままコクコクと何度も頷いた。
 その後はなんとか一曲踊り切り、カレンを壁際まで送り届ける。
 本来なら、カレンも私もこの後は別々に情報収集するなりダンスに興じるなりするのだが…本人がこの状態では仕方ない。 
 少し休憩することにしよう。
 「大丈夫かい?」
 「君が不意打ちであんなことを言うからだ…」
 「ごめんね。でも、本当にそう思ったから」
 「っ…、そういう所を言ってるんだっ」
 
 何故怒られなければならないのだろう?
 失礼なことは言ってないと思うんだけど。
 給仕からシャンパンを受け取り、未だ熱の冷めないカレンに手渡す。
 バルコニーの近くに移動したから熱冷ましには丁度いいだろう。
 
 「失礼。カレン嬢、ローズを少しの間借りてもいいか?」
 シャンパンを一口飲み、休憩している私達の邪魔をしたのは、人目を引くルビーの瞳と同色の大きな宝石を左耳にぶら下げた幼馴染だった。
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
 
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コメント
いちご大福
天然たらしめぇえええ!!
思わずキュンとしたではないか!!