悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

46. ???



 メイリンジャネス帝国、王城内のある一室にて。

 「ぅわ、なんつー顔してンですか。折角の美丈夫が台無しですよ、兄さん」

 呆れた眼差しの血を分けた弟に声をかけられ、兄さんと呼ばれた男は手にしていた書類から美麗な顔を上げた。

 あんな表情かおでも様になるんだもんなぁ…、と弟は感心する。

 齢21になる帝国の若き君主。
 他国の王族とは違い、漆黒の軍服を着込んだ彼は、その絶対零度の視線一つで他者をひれ伏させる力があるとさえ言われている。

 先代皇帝にも劣らぬ冷酷さを持つ帝王は、王弟である少年に手にしていた書類を渡した。
 不思議に思いつつ受け取った書類に目を落とすと、皇帝が気難しい表情をしていた理由に納得した。

 「そー言えばそろそろでしたね」

 「…面倒なことこの上ないがな」

 「分かってて王になったンでしょ」

 美しい黄金の瞳で少年は皇帝を面倒くさそうに見やる。

 「で? オレも付いてけばいいンですか?」

 少年は手に持った招待状と書かれた書類をヒラヒラさせて問う。
 海を挟んだ隣国、リリークラント王国のシーズン開始を告げる舞踏会。ご丁寧に毎年の如く、この招待状が我が国にも送られてくるのだ。
 
 「…あぁ」

 「分かりました。用がそれだけなら、オレはこれで失礼します」

 「ーーー待て。話はまだある」

 踵を返そうとする少年を皇帝の厳かな声が留めた。
 まだ何か、という気怠げな表情をした少年は方向転換しようとした足先を元の位置まで戻す。
 
 「仕事手伝えってンならお断りしますよ」
 
 「そうじゃない」

 「なら何ですか」

 中々言わない皇帝に焦れた少年は無意識に険を帯びた口調になる。

 「悪いが、来年からリリークラント王国に『留学』してきてほしい」
 
 「………………………………………………は?」

 たっぷり間をおいた後、少年は目に見えて嫌悪するように顔を歪めた。
 そして、ここが皇族しか入れない後宮なら盛大に舌打ちをかましてやったものを、と内心で毒づく。
 
 目の前にいるのは、己の実力で皇帝の地位をもぎ取った男だ。そんな彼がたかが『留学』のためだけに同盟も結んでいない隣国に部下実弟を送り込む訳がない。

 考えられることと言ったら一つ。
 侵略する取り込むか否か、それを判断する為に可愛い弟を間諜として送り込んで内情を探らせるという魂胆だろう。

 これまでのように、帝国の一部として取り込むだけなら恐らく一晩あれば充分だろう。けれど、国として成り立たせる為には取り込んだ後の対処の方が重要なのだ。

 先代皇帝は野心が強すぎるあまり軍事と他国侵略にばかり情熱を注いだ結果、内政を疎かにしたばかりでなく、取り込んだ小国の民だった者達がデモを起こすまで不満は広がってしまった。
 そして、その尻拭いをする羽目になったのが現皇帝だ。

 事情を知らない者達は、今代の皇帝を温厚だの大人しいだのと好き勝手解釈しているようだが、彼は決して温厚でもましてや大人しくもない。野望はあるが、民を顧みるだけの余裕は持ち合わせていると言うだけで。
 先代皇帝との違いは、無謀ではないということくらいだろう。

 眉目秀麗な外見とは裏腹に自ら戦場へ行き、兵士達を導く頭として敵将を打ち取りにいく。
 自国の民だけを愛し、自国の民の幸せを願う。
 その為ならば、冷酷にも残忍にも狡猾にもなれる。
 この巨大な国を支配する帝王はそういう人間だ。

 「スフェンを付けてやるからあからさまに嫌そうな顔をするな」
 
 「行くのは決定事項なンですね」

 「本当は俺が直々に行きたかったんだがな。立場上、どうにも難しい」

 「…オレが暇だとでも?」

 「違うのか?」

 からかいながら首を傾げた皇帝に少年は口をへの字に曲げる。
 これはどうあっても考えを曲げない気だ、と少年は早々に白旗をあげることにした。
 皇帝からの勅命は、余程の理由がない限り覆ることはまずない。それでも、駄々をこねて反抗してしまうのは、きっと少年の中にある兄への甘さ故だろう。

 「この頑固野郎……」

 「勝手に言ってろ、面倒臭がり屋」

 悪口を悪口で返して少年の手から書類を取り上げた皇帝は、傍らに控えていた部下に手で何やら指示を出した。
 部下が去っていくのを見届けた後、ぶつくさと文句を言っている少年に向けて皇帝は口を開く。

 「リリークラント王国は美人が多いことでも有名だ。留学ついでに女の一人や二人口説いてきてもいいんだぞ?」

 王弟だが、ある事情で婚約をしていない少年に皇帝はニヤリと口角を上げた。

 「別に、興味ない」

 短く返事を返した少年は、不機嫌さを隠すこともなく今度こそ踵を返して部屋を出ていった。








 一部、訂正しました。(1.12.10)

 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 

 

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コメント

  • いちご大福

    皇帝、素晴らしい設定キタコレ
    更新ありがとうございます

    1
  • ノベルバユーザー248828

    敵国?の皇帝出てきましたねぇ!Σ( ̄□ ̄;)

    3
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