悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

45. 謁見



 (※以下、ロザリー視点)

 王城内、謁見の間にて。

 「失礼致します、国王陛下並びに王妃陛下。ルビリアン公爵家が長子ロザリーです。この度は、私の為にこの場を設けて下さり感謝します」

 「面を上げなさい」

 礼を解き、ゆっくりと顔を上げると優しい瞳で見つめてくる陛下と目が合う。
 アルバートと同じ深海色の瞳の中に、隠しきれない疲労が少しだけ滲んでいた。

 「久しいねロザリー。元気にしていたかい?」

 「はい。これも一重にアルバート殿下をはじめ、ヴィヴィアン様や周りの方々に良くして頂いているお陰です」

 私の回答に国王は満足そうに頷く。
 国王に寄り添う王妃も、穏やかな微笑みを浮かべている。

 「それは何より。僕としても、アルバートを支えてくれている君には感謝しているよ」
 
 「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

 国王からの純粋な感謝の言葉に、思わず嬉しさが込み上げる。
 けれど同時に、罪悪感も抱いてしまう。だって私は、これからアルバートを今までのように近くで支えることは出来ないのだから。

 「カレン嬢との婚約についても、まだ直接祝いの言葉をかけれていなかったね。遅くなってすまない。婚約おめでとう」

 「わたくしからもお祝いするわ、おめでとうロザリー」

 「ありがとうございます。また日を改めて、カレン嬢と共にご挨拶に伺わせて頂きます」

 国王夫妻からの祝言に感謝の意を込め、その場で軽く礼をとる。しかし、私のその行動に国王夫妻は揃って苦笑した。
 私は何故、二人が苦笑しているのか分からず内心で首を傾げる。

 「貴方が悪いわけではないの。ただ……今日の貴方は、何だかいつもより遠く感じるわ」

 そんな私の疑問に答えてくれたのは王妃だった。
 バツが悪くなった私は、寂しそうに眉根を下げる王妃の顔からそっと目を逸らす。

 「この度ここへ参ったのは、我が父ルビリアン公爵の名代みょうだいとして、国王陛下に言付けを預かった為です」

 「…聞こうか」

 誤魔化すように淡々と要件を告げる。
 私の言葉を聞いた国王は一度目を閉じた後、覚悟を決めたように真っ直ぐ私を見つめた。

 お父様からの伝言はこうだ。

 今後もルビリアン公爵家の王家への忠誠は揺るがないこと、今回のディルフィーネ伯爵家との婚約を機に両家を絆し、国家の支えとなるよう尽力すること。そして、これらの前提条件を満たした上で今後ルビリアン公爵家は王家と必要以上の干渉を拒むこと。

 以上の内容をなるべくオブラートに包み、誤解が生まれないよう丁寧に国王に伝える。
 何故なら、内容が内容なだけに解釈一つで王家と真っ向から対立することを宣言したとも捉えられかねないからだ。

 しかし、戦々恐々としていた私の耳に届いたのは、国王の『そうか』という小さな呟きだった。

 驚いて俯いていた顔を上げると、そこには何かを悟った面持ちの国王がいた。彼の隣では、私と同じように驚いた様子の王妃が不安げに国王を見つめている。

 「話は分かった。了承しよう」

 「陛下、それは…!」

 何か言いかけた王妃を国王は視線一つで黙るよう指示した。
 納得のいかない表情をしていた王妃だが、国王の命令に背くことも出来ず口を噤む。

 「すまないけれどロザリー、僕からも公爵に伝言を頼めるかい?」

 私が頷くと、国王は近くにいた側近の一人に何やら指示を出した。指示された側近は、私の前まで来るといくつかの書類を私に手渡してくる。

 「今回、公爵家から提示された条件を承諾する上で王家こちら側からも幾つか条件を出したい」

 両手の指を組んだ国王は、一言ずつゆっくりと話し始めた。

 「まず、公爵家からの条件にあった内容を確実に実行するよう誓約書への署名を義務付ける。また、公爵領へ王国軍兵士を定期的に派遣し、反逆・裏切りの兆しがないか調査をさせてもらう。これらの処置は、ディルフィーネ家も同様に行う」

 …なるほど、適切な判断だ。
 財務を担う公爵家、国防を担う伯爵家がこの国に与える影響は私が想像しているより遥かに大きい筈。故に、王家がしっかりと手網を握る必要がある。
 
 誓約書と国王は言ったが、恐らくは首輪代わりだろう。
 監視を付けるのも常に王家が目を光らせ、公爵家が王家の配下であることを他の貴族達にアピールする為だ。

 「次に、今後は国内外において『どのような』事態が起ころうと、ルビリアン家及びディルフィーネ家は各自で内々に処理するように」

 国王は異論は認めない、と言い切る。
 王家と干渉しないということは、災害や戦争が起こった際に国からの援助が一切望めない事を意味する。
 
 これは、……少し手痛いな。

 帰省した夜、お父様からメイリンジャネス帝国が妙な動きを見せているという事を聞いていたからか、余計にそう思う。

 メイリンジャネス帝国は周辺国に被害を及ぼす侵略国家だ。
 皇帝が代替わりしてからは大人しくなったと情報があるが、お父様の話ではまた動き始めたらしい。
 ……どちらにしろ、警戒しなければならない相手に相違ないが。

 もし戦争が起こった場合、国からの援助がなかったとしてもディルフィーネ家の方は問題ないだろう。
 建国当時から王国を支えてきただけあり、その実力は本物だ。
 寧ろ相手が哀れに思える程、嬉々としてその力を発揮することだろう。

 問題は公爵家だ。爵位が高いだけあって、他領とは比べられないくらい領地も広大だ。そして、所有する領地が広いということは住んでいる人口数もそれに比例する。
 勿論、公爵領の治安維持や領民を守る防衛隊もいるが、ディルフィーネ家や王国軍には劣る。

 災害については両家で相談し、対策を練って備えておけば被害も少なく済むだろう。
 まぁ最も、実際の被害状況や規模によって多少の損害は免れられないだろうけれど、その時はその時だ。

 筆頭貴族なだけあって、公爵領で栽培された農産物の国内自給率は約半分を占めている。万が一、公爵領の被害が大きければそれだけ国への影響も甚大なものとなる。
 つまり、公爵領が被害に遭って困るのは王国側なのだ。最悪、お父様が国王と交渉して手を貸してもらうこともできるし、こちらに関して今のところ問題はない。

 しかし、争い事では公爵家が一方的に伯爵家を頼る形になってしまうことになる可能性が高い。
 その場合、伯爵家に迷惑をかけるだけでなく、公爵家の格が落ちることも十分に考えられる。

 この条件は公爵家にとって圧倒的に不利。
 今からでも取り消しは可能だし、恐らくはそれが利口な判断なのだろう。
 そして国王もまた、それを望んでいるからこそ態々わざわざ公爵家が不利益になるような条件を提示してきたのだ。
 
 ーーーけれど。

 「では、そのように承ります」

 「……本当に、これで良いのだな?」

 「元はと言えば、こちらが無理を申したことですから…。この度は、誠にありがとうございました」
 
 再び膝を折り、最上の礼をとる。
 国王も王妃も、それ以上は何も言ってはこなかった。
 










 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。



コメント

  • いちご大福

    ロザリーちゃんは正体明かすんですかね?
    更新ありがとうございます(^.^)(-.-)(__)

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