話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

41. それぞれの帰省(カレンver.)



 ディルフィーネ伯爵家、王都内別邸にて。

 貴族の屋敷にしては無骨で簡素な内装の廊下を、季節には似つかわしくない厚い軍服を着た黒髪の少女が歩く。
 ある一室までくると、身なりを整え直し、一度深呼吸してからノックし、中へと入った。

 「失礼致します」

 書類の束を見つめていた鋭い双眼が、黒髪の少女へと向けられる。
 少女と同じアクアマリンの瞳は、険を帯びた顔貌のせいで冷たい印象を持たせていた。

 「……帰ったか」

 「はい。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、お父様」

 ユリウス・ディルフィーネ。
 国王の懐刀にして、王国の騎士団を束ねる筆頭。『死神』の異名を持ち、騎士団だけでなく王国軍からも尊敬される生粋の武人だ。

 「かまわん。……息災であったか?」

 「はい」

 「そうか……」

 「……」

 「……」

 沈黙が続く。
 息苦しく感じるのは、この軍服のせいだけではないだろう。しかし、そう感じているのはユリウスも同じらしく、ソワソワと落ち着きがない。
 普段から無口なことの多い父親とは、あまり二人きりで話す機会もない為、こんな時どうしていいか分からなくなる。

 「…お父様」

 耐えきれず、先に根を上げたのはカレンだった。

 「なんだ」

 「ロザ、その、…ルビリアン公爵家の方と婚約をお決めになった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 キョロキョロと視線を彷徨わせながら、一番気になっていたことを質問してみた。
 どうせ政略結婚なのだろうし、条件がよかったとか利害の一致とか、大した理由はないのだろうとは思うが。

 「理由などない。つまらんことを聞くな」
 
 「……申し訳ありません」

 ほら、やっぱり。
 別に期待していた訳じゃない。年の離れた兄達は、父について領地の経営や軍に所属して立派に自立している。残った末娘は、せいぜい良家と縁組になってディルフィーネ伯爵家の地位を押し上げることくらいにしか使い道はない。

 特別な理由が欲しかったわけじゃないし、父親の判断は的確だったと思う。けれど、これ以上父親と一緒にいることは辛くて、カレンは顔を俯かせたまま退出の挨拶も早々に部屋を後にした。


 ……


 カツカツと靴音を響かせ、普段よりも歩幅を広げて足早に来た道を戻る。途中、幾人かの使用人とすれ違ったが俯いたまま自室へと急いだ。
 部屋に入ると、自分の服装のことなど気にせずベッドに飛び込み、思い切り枕に顔を埋める。

 「自分の役目くらい、ちゃんと分かってる……!」

 父親に認められたくて他の兄達のように剣技に打ち込んできた。女でも役に立つ事を証明したくて、血の滲むような努力を重ねてきた。それなのに、結局は政略結婚の道具にされたことが悲しくなった。
 所詮、女でしかないのだと思い知らされた気がして無性に悔しかった。
 唇を噛むと、目頭が熱くなり一筋の涙が頬を伝う。

 「入ってもいいかい、カレン?」

 控え目なノック音とともに聞こえた優しい声に、涙で濡らした枕から顔を離す。
 本当はしばらく一人になりたかったけど、仕方がない。服の袖で乱暴に涙を拭うと、ベッドを降りてなんでもない風を装い、扉の向こうへ返事を返す。

 「失礼するよ。ーー帰ってきていたんだね。いつまで経っても来ないから痺れを切らしてこちらから会いに来てしまったよ」

 「申し訳ありません、お兄様。行こうとは思っていたのですが……」

 「謝らなくていい。無事に帰ってきたんだからそれで満足だよ」

 カレンと同じ色の瞳を細め、武人らしいゴツゴツとした掌で彼女の頭を撫でるのは、カレンの長兄ランドルフである。
 普段は領地経営に勤しんでいるランドルフだが、カレンの帰省を知って態々わざわざ王都まで来てくれたようだ。

 「父上に何か言われたのかい?」

 「…お父様が悪いわけではありません。私が自己嫌悪しているだけで」

 「そうなのかい? けれど、あまり気に病んではいけないよ」

 涙で濡れてしまったまつ毛を指の腹でそっと撫でられ、また泣きそうになる。

 母親似のランドルフは、瞳や髪色は父親と同じだが、柔和そうな(悪く言えば頼りなさそうな)容姿をしている。
 そんな彼は、唇を引き結んで泣きそうなのを必死に耐えている末妹に眉毛を下げて微笑んだ。

 「なんて顔をしているんだい。今日はお前が久々に帰ってきたからと、皆が張り切って晩餐の準備をしてくれているんだよ」

 カレンの肩を引き寄せて、あやす様にポンポンと一定のリズムで背中を叩く。
 どれだけ年月を重ねようと、どれだけ周りに強く見せていようと、中身は泣き虫なままの妹を微笑ましく思いながら包み込んだ。

 「父上はお前を道具だと思っていないよ。お前が幸せになるために最前の選択をしただけなんだ」

 「ですが…っ、お父様は私が婚約したことに、理由はっ、…ないって」

 とうとう泣き出した妹の台詞を聞いたランドルフは、一瞬だけ瞳をパチクリすると可笑しそうに吹き出した。
 それを見たカレンは、目を見開いて首を傾げる。

 「そんなことを言ったのかい? 困ったお人だね、我らが父上は。大切な愛娘に嘘をついて傷つけるなんて」

 「う、そ……?」

 「そう、本当はね……」

 キョトンとした顔のカレンにまたクスリと笑ったランドルフは、内緒話をする時みたいに唇をカレンの耳元に添えて囁いた。
 それを聞いたカレンは驚愕したが、その後は小さく、けれど嬉しそうに口許を緩めて笑ったのだった。


 ……


 「なっ、カレンが泣いただとっ!? どういうことだ、誰にやられた!?」

 「どうもこうも、カレンを泣かせたのは父上自身ではありませんか」

 「俺がか?! 何もした覚えはないぞ」

 「自覚もないんですか? 呆れてモノも言えませんね」

 「ぐっ……。な、何が…俺の何が悪かったんだ?」

 「知りませんよ、それくらいご自分で考えて下さい。それに父上、不器用と言い訳すればなんでも許される訳ではないのですよ? カレンが父上に似なかったことは喜ばしい限りです」

 「じ、…実の父親にも容赦ないな、ランドルフ」

 「可愛い妹を泣かせられておいて遠慮する程、自分は寛容ではないので」

 ランドルフは、目の前で惜しげも無く醜態を晒す自身の父親ーーユリウスを冷え切った眼差しで見据えた。

 カレンは父親ユリウスのことを無口で厳格な性格だと思っているようだが、その実際は自分の一挙手一投足が大切な愛娘を傷つけることを恐れているだけの『ヘタレ』にすぎない。
 普段、ユリウスを恐れると共に尊敬している兵士達がこの姿を見れば、まず間違いなく失望するだろう。

 「ダメだ……全く思い浮かばん」

 暫く考えていたようだが、ハッとして顔を上げたユリウスは開き直ったとばかりにキッパリと言い切った。
 ランドルフがその様子にガックリと項垂れると、額に手を添えて深いため息をつく。

 「…カレンが婚約した件ですよ。どうして理由はないなんて嘘をついたんです?」

 「その事か! 別に嘘などついておらん。アレは理由と言える程、大したものでもない」

 「父上には大したものでなくとも、カレンにとっては十分すぎる程の理由になり得るのです。父親なんですから、恥ずかしがらずにきちんと伝えればよかったではありませんか」
 
 「……あの子ももう子どもではない。いづれ親元を離れる身なのだから、これくらい突き放す位が丁度いい」

 「だとしても、他に幾らでも言いようはあった筈です。よりによって理由がないなどと…あれではカレンを粗末に扱っていると豪語したようなものですよ」

 「う、うむ…しかしだな……」

 「今回の件、ジェラルドは怒り狂っていますよ。カレンの婚約者にルビリアン家を推したのも彼ですからね……後で覚悟しておいて下さい」

 「それは、……甘んじて受けよう」

 今は国王の近衛騎士団副長を任されている次男のジェラルドは、男所帯の中で唯一女の子で妹のカレンを家族の中で一番溺愛している。
 カレンの帰省に合わせて休みをぶん取ってきたジェラルドに、さっき廊下ですれ違った時にこの件を話したから、今頃はユリウスを八つ裂きにするべく全身装備の準備でもしていることだろう。もしかしたら、他の兄弟達にも既に話を広めているかもしれない。

 死神と呼ばれるユリウスに一対一では勝てなくとも、父親ユリウスや騎士団に鍛え上げられた兄弟全員が協力すれば勝てないこともないのだから。

 椅子に深く腰掛け、両手で頭を抱えている父親をランドルフは冷ややかに見下ろした。

 「自業自得ですね。自分も手は貸しませんから、せいぜい足掻いてみてください」

 捨て台詞を吐いたランドルフは、そのまま踵を返して部屋を立ち去る。その拍子に、八つ当たりの意を込めて暗器ナイフをユリウス目掛けて投げつけた。

 「俺が死神なら、息子アイツらは悪魔か…」

 ランドルフが去った後、静寂する室内にユリウスの苦々しい呟きが響く。
 ナイフの刃は、ユリウスのこめかみより少し前で彼の手によって阻まれていた。
 
 「……言えるわけがないだろう。あんな小っ恥ずかしいことを」
 
 ナイフを自身の手に馴染ませるようにクルクルと遊ばせながら、娘の婚約者を決める時に言った自身の台詞を思い出していた。


 ……


 学園に在学中のカレンに手紙を送る少し前、婚約の打診をしてくれている家のリストを睨みながら、頭を悩ませていたユリウスにランドルフが尋ねてきた。

 「父上は…貴族の仕来しきたりや家同士のしがらみに関係なく、カレンの婚約者にどんな男を望みますか?」

 自分と同じ色の澄んだ双眼を向けられたユリウスは、当たり前のように答えた。

 「そんなもの決まっているだろうーー」














 『ーーカレンを心から愛し、あの子の笑顔を守り、あの子を幸せにしてくれる男だ。それ以外は絶対に認めん』






 カレンは5人兄妹の末っ子というふんわりとした設定を考えてます。
 いつも説明が足りなくて申し訳ありません。



 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


「悪役令嬢は麗しの貴公子」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • いちご大福

    お父さん!!そこは言わなきゃ!!
    更新ありがとうございます

    2
  • ノベルバユーザー248828

    愛されてますね❤️カレンさん✨……親っさんヘタレ本当っっっっヘタレ(°▽°)

    2
コメントを書く