悪役令嬢は麗しの貴公子
38. 時には素直になるのも大切です
 無慈悲に閉められた扉を見つめる間、室内にはなんとも言えない微妙な空気が流れた。チラリとアルバートに目をやれば、彼も気まずそうに眉を寄せている。
 ヴィヴィアンが気を遣ってくれたのは嬉しいが、心の準備が出来ていなかった分、今の状況でどうしていいか分からずにいた。
 「その、ローズ、」
 「あ…ぉ、お茶を淹れますね!」
 こちらを見ずに切り出したアルバートの言葉を遮っていそいそと部屋に備え付けられた食器棚に向かう。
 給仕もいない寮室で王太子自らお茶を淹れることは基本的にないのだが、食器棚には簡易ティーセットと一流ブランドの茶葉が揃っていた。
 急かされている訳でもないのに何故かソワソワと落ち着かず、緊張した状態で準備に取り掛かる。
 「アル様、どの茶葉がいいですか?」
 「……どれでもいい。お前の好きなやつにしろ」
 アルバートの素っ気ない返事に心がチクリと痛む。こういう態度を取られることは予想していたが、だからといって傷つかないかと言われれば話は別だ。
 湯を沸騰させてポットとカップに湯を入れる。その後、ポットのお湯を捨てて茶葉と一緒に湯をいれて数分間蒸らす。
 ふわりと舞った茶葉の香りに身体の緊張が幾らかほぐれた気がした。
 「これは、ルイボスか……」
 「別のが良かったですか?」
 「いや、お前のことだからてっきりアッサムにするのだと思っていたが……予想が外れたな」
 目元を細めて緩く微笑んだアルバートを見るのは久々でドキリとする。
 温めたカップに出来上がった紅茶を注ぎ入れ、トレーに乗せてアルバートの前にカップを置いた。
 「熱いですよ」
 「紅茶が好きだと知ってたが、まさか自分で淹れられるまでとはな」
 「幼い頃に侍女から教わったのです。ニコからお墨付きをもらったんですよ」
 「あの義兄史上主義者の評価は当てにならないだろう……」
 「そんなこと言ったらニコに失礼ですよ」
 「その当人はこの場にいないし、後はお前が口外しなければバレない」
 相も変わらずしたたかなアルバートに苦笑してしまう。こういう所は何も変わっていないみたいだ。
 アルバートはお茶へのこだわりはほぼないのだが、夕食前なので軽めのものがいいだろうとルイボスティーを選んで正解だった。
 そんな調子で軽口を数回叩き合った後、意を決したようにアルバートが真剣な顔で見つめてきた。
 「……婚約者とは、上手くやれているのか?」
 「はい。まだ慣れるまで時間は必要でしょうけど、今のところは」
 「……そうか」
 まただ。以前から、アルバートは今みたいに澄んだ深海色の瞳を濁す時がある。
 今の会話の流れで私が何か失言をしてしまったのだろうか?
 「…どうかなさったんですか?」
 「別に、何もない。変なことを聞いてすまなかったな」
 アルバートはそれっきり口を閉ざしてしまった。再び室内に重い沈黙がおちる。
 いつもの私ならここで引き下がっていただろうけど、今日は違う。アルバートとこのまま気まづくなるのが嫌で勇気を出してここまで来て、更にはヴィヴィアンにもお膳立て(?)してもらった。
 無駄にしてはいけない。
 「それは……、本当のことでしょうか?」
 「……どういう意味だ」
 険しい表情と低い声に怯みそうになるのをグッと耐えて背筋を伸ばす。
 「本当に『何もない』のなら、どうしてそんな顔をするんですか。どうして物言いたげな瞳で私を見るんですか。どうして……」
 なんの前触れもなく避けられ始めた時も、態度が素っ気なくなった時も、私を見てどこか悲痛そうな表情をしていた時も。どうしてこうなったのか分からなくて、ただ心が傷んでどうしようもなく悲しかった。
 やり場のない感情を胸に抱いて不安な日々を送っていたことを目の前の彼は知らない。それが今は、とても腹立たしい。
 「ローズ…」
 「どうして、…何も言ってくれないんですか。伝えてくれなきゃ、何も分からないでしょうが……!」
 アルバートの戸惑った声が余計に私の怒りを増長させた。
 私は今まで溜まった感情を全てテーブルにぶつけ、振動でガチャンとカップが音を立てる。その拍子にお茶が数滴溢れたが、そんなことに気を遣う余裕すらない。
 
 「なんの為に傍にいると思ってるんですか……」
 「それは…」
 「貴方を支える為にいるんですよッ!それとも……」
 視界が歪んであたたかい何かが頬を伝う。
 怒り、哀しみ、不安、疑問、それとも別の感情や想いなのか。頭も心も考え過ぎて分からなくなってぐちゃぐちゃだ。
 こんな子どもみたいに泣いて縋って最後には困らせて……最低だ。
 「それとも、…私では信頼出来ませんか? だから何も言ってくれないんですか?」
 「ッ……そんな訳あるか!!」
 さっきまで唇を引き結んでいたアルバートが、テーブルの上に置いた私の手をぎゅっと掴んで思いきり叫んだ。
 驚いて目を見開く私をアルバートは怒りにも似た強い眼差しで見つめてくる。
 「お前のことは昔から信頼しているし大切に思っている。何も伝えなかったことでお前を傷つけていたことも、……その、悪かった。反省している」
 「なら、どうして教えてくれないんですか?」
 「……」
 「やはり、言えないことなのですね…」
 「いや違うこれはッ! その、深い事情があってだな……」
 再び俯くと、アルバートが必死に弁明しようとあたふたし始めた。何やらモゴモゴと口を動かしているが、肝心なその内容は私の耳に届かない。
 アルバートがどうしても言えない理由については分からないままだが、私を信じてくれていることだけでも知れてほっとした。
 「その、深い事情というのはな、今は言うことが出来ないんだが……いや、いつかは言うつもりなんだぞ? ただ今言うのは心の準備が出来ていないというか、だから決してお前が嫌いだからとかじゃなくてーーーーーって、おい! 何を笑っているんだ」
 「…ふふ、あはははっ。ごめ、なさ、…ふふふ、だって」
 そのままお腹を抱えて大爆笑する私にアルバートは面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。けれど、握られた手は離れることはなくて寧ろより一層強く力を込められる。
 
 「……いつまで笑っているつもりだ。俺は気が長い方じゃないぞ」
 「ふ、ふふっ……申し訳ありません。あまりにも真剣に語られていたので、つい」
 「それは笑っていい理由にならないだろう。人が話している時は真摯に向き合うものだ」
 「今後は気を付けるので許して下さい。それとアル様、いつまで私の手を握っておられるんですか?」
 「は? 手、って………………?!?!!」
 訝しげな表情をしたアルバートが重ねられた手に視線を落としたかと思えば、ピシリと固まった後に耳まで紅潮させて勢いよく手を離した。
 暑いくらいだった手の甲が離れた途端、集まっていた熱が反動で放散されていく。
 「あの、アル様……私なら気にしてませんから」
 「そこは気にするものだろう! というか気にしろ!」 
男同士(実際は男女だが)で手を重ね合わせるなんて絵的にちょっとな部分がある。アルバートだって男の子なのだから、どうせなら可愛らしく柔らかい女の子の手を握りたかったことだろう。 
 触ってきたのはアルバートだが、なんだか申し訳ない気持ちになったのでフォローしてみたのだが、アルバートは熱の冷めない羞恥に満ちた顔で何故かそうツッコミを入れられてしまった。
 王道キャラのくせに同性に触られたい願望でもあるのだろうか?
 「そこまで気にすることでもないと思うのですが…。たかが手を握ったくらいで大袈裟な」
 「っな、お前なんてことを言うんだ! 破廉恥だぞ!」
 何がだよ!!
 今度は私が、再び紅潮した顔で叫んだアルバートに内心で思いっきりツッコミを入れる。口に出さなかった自分を褒め讃えたい。
 なんだかこの一瞬で精神的にもの凄く疲れてしまったが、話がズレたので戻すことにする。
 「取り敢えず、アル様のいうその『深い事情』について今は言及しないでおきます。その代わり、これからは前みたいに普通に接してくださいね?」
 「…分かった。これまですまなかったな」
 
 「もういいのですよ、誤解だったと分かったのですから。それに、いつかは教えてくれるんでしょう? その『深い事情』とやらを」
  
 悪戯に目を細めて見つめると、またアルバートの頬に熱が集まっていった。
 今日はアルバートの表情がコロコロ変わって面白い。だからつい意地悪をしたくなってしまう。これまで理不尽に避けられたり素っ気ない態度をとられてきたのだ、これくらいの意趣返しは許されるだろう。
 「…ッ気が向いたらな! それより茶が冷めたぞ。淹れ直せ」
 
 「ふふ…、仰せのままに」
 それだけ言うと、アルバートはまだ少しだけ紅い顔を背けてしまう。
 通常運転に戻ったアルバートにため息をつきつつも、今まで通りに接してくれる姿に心は踊っている。
 私は席を立ち、先程お茶を準備した戸棚へと向かった。
 マッチを擦り、湯沸かし器に火をつける。
 
 「そう言えば、母上がお前に会いたがっていたぞ」
 「王妃様が?」
 「あぁ。お前は母上のお気に入りだからな。未だにお前が女でないことを嘆いていたぞ」
 「あはは……。今度の舞踏会では大人しく付き合いますので、それまでご容赦頂きたいですね」
 
 「聞くかどうかは分からないが、伝えておこう」
 「ありがとうございます」
 アルバートの母、もとい王妃様はその可憐で儚い容姿からは想像出来ないほどに行動力があるお方である。
 アルバート達と一緒にいるようになってからは、王妃様にも可愛がってもらったが一度捕まると中々解放してくれるまで時間がかかる。嫌なわけではないが出来ることなら遠慮したい、そんな感じだ。
 アルバートもそれを分かっているからこそ無理強いはしないし苦笑する程度なのだ。
 「遅くなってしまってすまないね。思ったより時間がかかったから夕食を持ってきたよ」
 新しいカップを準備していると、いつもの如くノックもなしに無駄に長い脚で扉を開けたヴィヴィアンが両手にトレーを載せて戻ってきた。
 手が塞がっているとはいえ、行儀悪い行動をとったヴィヴィアンにアルバートが眉を顰める。
 「遅いぞヴィー。どれだけ時間をかけている」
 「謝っただろう? それに、空腹は最高のスパイスと言うじゃないか」
 「物は言いようだな」
 アルバートの睨みを躱しながら、素早く食事の支度を整えていくヴィヴィアンに心の中で賞賛する。私も戸棚からもう一つカップを取り出し、二人の会話をBGM代わりにお茶を注いでいく。
 トレーに乗せて持っていくと、既に食事を囲む準備が整っていた。
 「早く座れローズ。いつまで経っても食べられないだろう」
 「アルのことは気にしなくていいよ。お茶の準備をありがとう。ローズもお腹が空いただろう? 早く食べよう」
 二人に促されて席に着くと、皆で食事にありついた。
 真っ白なお皿の上には、牛肉の赤ワイン煮込みが綺麗に飾られている。
 とても美味しそうだ。
 「どうやら仲直り出来たみたいだね」
 ナイフで牛肉を切っていると、隣に座ったヴィヴィアンが満足そうな笑顔のまま小声で話しかけてきた。
 「はい、ありがとうございます」
 「一つ貸しだからね」
 ニヤリと口角を上げたヴィヴィアンに頬を引き攣らせる。出来れば、返す時は無利子でお願いしたいものだ。
 向かい席に座っているアルバートから不思議そうに見つめられるが、曖昧に微笑んでおいた。
 久しぶりに三人で囲む食事は、ロザリーの心をあたためてくれるのだった。
 一部、修正しました。(5.25)
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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コメント
ノベルバユーザー248828
更新有難うございます❤️
アルママパワフリヤアーそう(((^_^;)
いちご大福
神です
更新ありがとうございます\(゜ロ\)(/ロ゜)/