悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

36. 婚約者には悪役の素質がある


 「あれ? 皆さんどうしたんですか、固まったりして?」

 コテンと頭を傾けて大きな瞳を瞬かせるリディアには、空気を読むという高度なことが出来ないのか。はたまた、全て計算した上で実行しているのか。もし、後者であればかなり性格が悪いと言える。

 「ローズ、そちらのカレン嬢と婚約したというのは本当かい?」

 戸惑いがちな口振りで沈黙を破ったヴィヴィアンの質問は、この場にいるほぼ全生徒が聞きたいことだろう。
 最悪な状況だ。出来れば、こんな風に公表するのは避けたかったのだが、リディアにしてやられてしまったかもしれない。
 一度、カレンに目配せしてから頷いた。

 「…本当です。私達も先日、各家から連絡を受けたばかりなので驚いていますが」

 私の公表発言に、室内は再びざわざわと騒ぎ始めた。誰も予想していなかったルビリアン家とディルフィーネ家の突然の婚約は、彼らに衝撃を与えるには充分だった。

 「よりによって、どうして末席の伯爵家が…」
 「ロザリー様がお可哀想…」
 「剣の腕だけで成り上ってきた野蛮人じゃない。ロザリー様に相応しくないわ」
 「下級貴族のくせに。生意気よ」
  
 嫉妬にまみれた敵意が一斉にカレンに突き刺さっていく。
 負の感情に敏感な彼女が気付かないはずがない。私は反射的にカレンを背に庇った。
 
 「ロザリー殿…」

 「大丈夫、胸を張って」

 悲壮な表情をするカレンの腰を抱いて力強く微笑んでみせた。
 カレンは優しすぎるのだ。それは彼女の美点でもあるが、優しいだけでは社交界で渡り合っていけない。これから公爵家の婚約者を名乗るのであれば、余計に。

 こんな状況では、助けは期待できない。
 アルバートは王族として中立の立場を保たなくてはならないし、王太子補佐であるヴィヴィアンも同じだ。

 攻撃され侮辱を受けた以上、黙って受け入れるだけだなんて許されない。カレンはもう、公爵家次期当主の婚約者なのだから。

 ここで私が助けてもいいが、それでは一時しのぎにしかならない。カレン自身が自分の身を自分で守らなくては、また同じ事の繰り返しになってしまうだけだ。

 「怯まないでカレン。貴女はもう、私の婚約者だ。誰に何を言われようと毅然とした対応を心がけて」

 耳元で囁いて腰を抱く手に力を込める。
 カレンは数回瞳を瞬かせたが、次の瞬間には強い意志を持って彼らを見つめた。
 下を向いたら負けだということを、彼女はよく知っている。

 「先程から、実に興味深い意見を聞かせてくれているが…」

 騒音をかき消すように喋り出したカレンに誰もが視線を向けた。
 美しいアクアマリンの瞳に強い意志を宿し、けれどその眼差しは底冷えするほど冷たい。

「私達の婚約は双方の家同士が取り決めて成立したものなのだがな?」

 ゆっくりと前へ進み出たカレンは、口元だけ不敵な微笑みを浮かべている。嫉妬や妬みつらみの視線をおくってくる周囲をざっと見回してから再び口を開いた。

 「ーーそれとも。君たちの中には、国を守護する要である我がディルフィーネ家と、同じく国の重鎮であるルビリアン家の決定に否を唱える者がいると?」

 我が国がここ数百年の間、戦争もなく平和に過ごせているのは騎士の家系として名高いディルフィーネ家の守護があってこそだ。名だたる騎士の多くを輩出し、他国と同等に渡り合えるくらいの力を今日まで保持し続けられたのは、ディルフィーネ家がその務めを精力的に果たしていたから。
 ディルフィーネ家がその役目を放棄しようものなら、きっと今頃は大国に攻め入られて植民地と化しているか国内で犯罪が多発して治安の悪さが浮き彫りになっていることだろう。

 つまり、カレンは暗に『誰のお陰で平和を手に入れられているの思っている?』と告げているのだ。それどころか、筆頭貴族であるルビリアン家の決定に口出しできる程に身分が高いのかと非難している。

 「国の平和と民の安寧の為ならば、華やかさとは一生無縁でもいいと今日まで剣を握ってきたが…、まさかそんな風に思われていたとは」

 頬に指を添えて伏し目がちにカレンは続ける。先程まで言われ放題で弱気だったカレンの変貌に皆、目を丸くした。

 「平和の維持に固執し過ぎて周りにどう認識されているか気にもとめなかった故に誤解を生んでしまっていたとは、ディルフィーネ家の落ち度だ」

 冷ややかな声と薄い微笑みを前にし、誰かの息を飲む音が聞こえた。

 「これからは婚約者に釣り合いがとれるよう剣は鞘にしまおうか。ついでに、祖父がそろそろ隠居を考えているそうだから、それを機に領地の方へ力を入れてみるのもいいかもしれない。君もそう思うだろう?」

 先程、カレンに私の隣は相応しくないと発言した令嬢に同意を求めると、相手は目に見えて怯んだ。
 私の婚約者になった今、カレンには公爵家の後ろ盾がついたも同然。彼女に何かしようものなら公爵家が黙ってはいない。
 それまで好き勝手に言っていた他の生徒達も一斉に目を逸らし出した。
 
 「国内からディルフィーネ家が身を引けば、国軍や近衛騎士団の八割は損失するだろうが致し方ない」

 軍と騎士団の多大な損失は国にとってもダメージが大きいが、カレンはそんな事は些末だと言う。国全体の治安悪化は勿論、城内の警備は手薄になるどころか、長い間国境沿いでくすぶっていた戦火の火種が爆発しかねない。
 脅しともとれる発言をしても、唇に弧を描いた彼女の瞳は冷え切っていて冷気を放っている。

 「我がディルフィーネ家の守護を失えばどうなるか、身を持って体験されるといい。そうしたらきっと理解を得られるだろう」

 『名案だろう?』と上品に微笑んだカレンは、クルリと振り返って今度は私に同意を求めてきた。彼女の意図を汲んだかのように私が微笑み返して頷くと、途端に敵意むき出しだった生徒達が揃ってビクリと肩を震わせる。

 国を守護する家と貴族界のトップに位置する家を同時に敵に回すことがどういう事か、それが分からない程に彼らは馬鹿ではないのだろう。その証拠に、彼らの表情には怯えと動揺が混ざり合い、蛇に睨まれた蛙の如く青ざめている。

 「ーーーさて。もういいかな?」

 誰もが口を閉ざす中、勝敗は決したと声をあげたのは、どこか楽しそうに微笑んでいるヴィヴィアンだった。
 仲裁に入るのが遅い、と鋭い視線を送ったがそれさえ微笑み一つで躱されてしまう。

 「それぞれ意見はあるだろうけれど、ローズとカレン嬢が婚約したのは喜ばしいことだ。皆も彼ら二人をあたたかく見守ってやってほしい」

 ヴィヴィアンのその一言で今回の悶着は締めくくられた。
 リディアが瞳を潤ませながらカレンに頭を下げる。

 「ごめんね、カレン! アタシが勝手に口走っちゃったから…」

 「いいんだ。いづれにしろ、公表するつもりでいたから」

 今回のきっかけを作ったリディアが真っ先に謝ってきたのを皮切りに、次々と他の生徒達が謝罪の声をかけてきた。
 これで、カレンに牙を向ける輩は確実に減るだろう。不快にはさせられたが、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

 けれどやはり、リディアは今回も私を巻き込む形でいらぬ騒動を起こしてくれた。それも、サポートキャラであるカレンが心ない言葉を投げかけられて傷つく可能性もあったにも関わらずに。私をゲーム通りの悪役令嬢に仕立て上げるだけなら、もっと他にやりようはあったはずだ。転生者でもなければ、リディアの恋路を邪魔しているわけでもない友達のカレンを吊し上げるよう先導したのか。
 私には、リディアが何を考えているのかさっぱり理解できない。

 『リディア・クレインには気を付けた方がいい』。いつかヴィヴィアンに言われた言葉を思い出し、まったくその通りだと同意する。
 リディア・クレインは危険だ。

 授業終了を告げる鐘が鳴り、各クラスの担当教員達が近づいてきた気配を感じながら、私はカレンと共に自分達の教室へと帰っていくリディアの背中を神妙な眼差しで見つめるのだった。
 





 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。

 
 

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コメント

  • いちご大福

    更新ありがとうございます。
    カレンちゃんカッコいい❗

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