悪役令嬢は麗しの貴公子
34. 婚約という名の共闘
 
 カレンをエスコートしつつ彼女に案内されてやってきたのは、鍛錬場の裏にある小さな高台に設けられた簡素なベンチだった。
 なるほど、確かに穴場というだけあって昼時の今は私たち以外に誰もここにはいない。
 しかし、よかったのだろうか? ここは本来…というか、ゲームでは主人公と仲良くなったカレンが彼女のお悩み相談に乗ったり主人公と一緒にランチをする場所だ。
 
 「いい眺めだろう? 一人になりたい時は、よくここへ来るんだ」
 
 「そんな場所を私に教えてしまって良かったのかい?」
 「君が信用に足る人物であることは、よく知っているからね」
 
 ベンチに腰を下ろし、紙袋からサンドイッチを取り出したカレンは、それを私に渡しながら懐かしむようにふふっと笑った。
 「君は覚えていないかもしれないけど、私達は今日が初見ではないんだよ」
 え、嘘…全ッ然覚えてない。罪悪感で青くなっているであろう顔をそっと逸らす私に、カレンは『やっぱりか』とまた可笑しそうに笑った。
 「覚えてなくても無理はない。君と初めて出会ったのは2年前、ツィアー二侯爵邸で行われた仮面舞踏会だったからね」
 ツィアー二侯爵邸、仮面舞踏会というキーワードで徐々にその時の記憶が蘇ってくる。
 異国の文化だとかでクランに絶対来いよと誘われ、渋るニコラスを説得して参加したはずだ。仮面舞踏会なだけあって、皆仮面を付けていたし正体をばらさないように互いに挨拶したりすることもなかった。まさか、あの場に彼女もいたとは思わなかったけれど。
 カレンの言う通り、それでは覚えていなくても無理はないのかもしれないと納得する。しかし、だとしたら一つ疑問が残る。
 「では、何故貴女はあの場に私がいたことを知っているんだい?」
 あの時、私は確かに誰にも己の名前を名乗ったことはないし、ましてや仮面を外したことも無い。だから、カレンの話は辻褄が合わないことになってしまう。
 しかし、彼女は思い出したように制服のポケットから何かを取り出して私に見せてくれた。
 「これに見覚えは?」
 カレンの手には、綺麗に折り畳まれた一枚のハンカチーフ。その縁には、ルビリアン公爵家の紋章が刺繍されていた。
 「もしかして、貴女があの時の…!」
 「漸く思い出してくれた」
カレンが手にしたハンカチーフは、私が彼女に渡したものだ。
 仮面舞踏会の夜、複数の令嬢達とダンスを踊り、休憩がてら会場を抜け出してバルコニーへと足を向けた。そこには既に先客がいて自分と同い歳くらいの令嬢(当時のカレン)が足を引きづりながら壁を這って人気のない所へと移動してる途中だった。
 仮面越しにも分かるくらい辛そうな様子だったので、声をかけて手当をしたのを覚えている。今、彼女が持っているハンカチーフはその時に私が渡したものだった筈だ。
 「笑ってしまうな。剣の扱いなら国中の令嬢の中で一番だろう私が、ドレスやピンヒールに慣れていないだなんて」
 
 サンドイッチを口へ運ぶカレンの横顔は、どこか影を帯びていた。
 騎士の名門ディルフィーネ家。
 愛国者が特に多いディルフィーネ家は、国を守る為にワイングラスやティーカップより剣を、ドレスコードより鎧を、爵位より力を選んだ生粋の武の一家だ。そんな貴族らしい優雅さや華やかさとは無縁な世界で育って来たカレンにとって広場はダンスを踊る場所ではなく、剣を振るうための場所だった。だから、伯爵家の娘として最低限の教育は受けているだろうが、それでも他の令嬢達と比べると劣っているのだろう。
 もし、カレンが男だったなら多少ダンスや社交が下手でも問題はなかったのかもしれない。しかし、貴族の令嬢となれば話は別だ。己の言動一つひとつがそのまま他者からの家の評価に関わってくるのだから。
「確かに笑ってしまうな。ただ愛らしくあろうとするだけの花に自分が劣っていると信じて疑わない貴女を見ていると」
 私の言葉に目を見開いたカレンは、こちらを見ずにフッと自嘲的に笑ってみせた。
「…優しいな、君は」
「誰にでも優しくしているわけじゃないよ。それに、貴女には貴女の魅力があるのだからもっと堂々としていればいい」
 カレンは勇敢で正義感のある芯の強い女の子だ。決して努力を惜しまず、ひたむきに前を向いて生きている。だからこそ、地に根を張って凛と咲いている花のように美しい。
「大丈夫、貴女はとても綺麗だ」
 自分に自信を持って欲しい、そう伝えたくてまっすぐにカレンを見つめる。
「な、はっ、っ!?? 君はっ…………その、誰にでもそういうことを言うのか?」
「? そんなわけないじゃないか」
「…なら、君はとんだ人たらしだ」
 褒めたのにどうしてそんな心外なことを言われなければならないのだろう。
 理不尽だ。
 
 そっぽを向いてしまったカレンの耳たぶがほんのり色づいていたが、それを指摘すればきっと拗ねられてしまうだろうから敢えて知らぬ振りをした。
 勿論、内心ではその愛らしさにこれ以上ないほどに悶えている訳だが。
 「君は良かったのか?」
気を抜けば ニヤけそうになる口元を律していれば、唐突に質問された。なんのことか分からず、『何が?』と首を傾げる。
 「私の家は、金もなければ領だって広いわけじゃない。ーーあるのはただ、国への忠誠心と平和を願う心だけ」
 
 「そのどちらも簡単に手に入るものじゃない。この国は恵まれてるね」
 「そうではない! 私が言いたいのはっ、…………君が私と婚約しても君の利益にはならないという事だ。だから、」
 
 「『だから、君が望むなら婚約を解消してもいい』って?」
 無言を貫くという事はきっと肯定の意なのだろう、ちじこまるようにして座っている。食堂で声をかけてきた時とは打って変わり、今の彼女からは威厳が感じられない。
 だが確かに、上の身分の者が下の身分の者と婚約する際は大抵が何かしらの利益や恩恵があってのこと。真実の愛なんてもので双方の家が婚約を承認する事は基本的に有り得ない。
 当然、そんな夢物語を信じている令嬢もこの学園に多く存在するが、如何せんカレンは現実主義者。私達の婚約がなんの意義もないことを彼女は正しく理解しているのだ。
 「なら、私からも同じ言葉を返そう。貴女が望むのなら婚約を解消してくれても構わない」
 私から婚約を解消することはないと言い切り、手に持ったサンドイッチの残りを口の中に放り込む。
 ナイフとフォークがないとやっぱり楽だ。テーブルマナーは公爵家の長子らしく完璧にできる自信はあるが、それを意識しなくて済むこの食事形態は実に有難い。
 「どうして…」
 
 「う〜ん、そうだな。簡単に言うと都合がよかったから、かな」
 「ぇ…」
 「貴女もよく知っていると思うけど、公爵家と仲良くなりたい貴族は割と多いんだ」
 『公爵家』という名前と家格、代々財務省の長という安定職を賜ってきた事実、加えて王太子・王太子補佐と親しい関係にある次期当主の存在。そのどれをとっても野心家な貴族には美味しく映るのだろう。故に、自分の娘を宛がって公爵家と繋がることで恩恵を得たいという考えから私への婚約の打診も年々増えているらしい。
 しかし、公爵家と言えど所詮は一貴族に過ぎず、貴族であるからには貴族としての義務からは逃げられない。
 お茶会や夜会に出席する度に見合いの話を勧められ、いい加減うんざりしていた。
 「つまり、私はーーー」
 私の一言に含んだ意味をきちんと理解してくれたらしいカレンは、真意を確かめるように口を開いた。しかし、カレンがその先を言う前に彼女の唇に人差し指を当てて静止させる。
 「誤解のないように先に言っておこう。今から私が話すのは取り引きではなく、共闘する為の提案だ」
 にっこり微笑むと、カレンは目を丸くさせた。
 「ねぇ、カレン。貴女も武家の出だとはいえ、年頃の令嬢であることは変わらない。私達が婚約したことを公にすれば、互いに面倒な誘いを断る口実ができる」
 「確かにそうだが…」
 不満の声を漏らすカレンの言いたいことは何となく分かる。
 今、私が言ったことはあくまで私とカレン個人の利害関係の一致のみ。ディルフィーネ家にとって多くの利益はあってもルビリアン家にもたらされる見返りは同等とは言い難い。
 ーーーでも。
 「勘違いしてもらっては困る。結婚により享受する利益などなくとも、ルビリアン家は己が力だけで繁栄することができる」
 公爵家の名は伊達ではないしルビリアン家の者は皆、身内の贔屓目を差し引いても優秀だと思う。
 わざわざ下位の貴族に縋らなければ成り立たない程には落ちぶれていない。
 『見くびらないでくれたまえ』と冗談めかして笑うと、カレンも数度瞬きした後に口元に手を添えて柔らかく笑ってくれた。
 これで負い目は幾分か払拭できたかな?
 「それで、ここからが本題なのだけど」
 お互い食べ終わったし、場の雰囲気も和んだので大事な話を切り出すことにした。
 「この婚約話、両家が何を考えているのかは知らないけど、当人同士の気持ちを無視していることに変わりないだろう? 私達はまだ14歳でこれからどんな出会いがあるか分からないんだし」
 ゲームでは、悪役筆頭のロザリーと主人公の親友であるカレンは対立関係にあった。
 今後、万が一ゲームの抑止力的なものが働いて私に何かあった時、カレンにまで被害がいく可能性がある。
 「だから、お互いに他に結婚したい相手が見つかるまでは親に諾々と従うフリをしないかい?」
 
 私なりに最大限の誠意を持ってこの婚約話に対処しようと考えた結論だった。
 そもそも、私は『女』であって同性のカレンとの結婚は現実的に無理がある。さらに言えば、婚約したことでカレンに私が女だとバレる可能性も増した。ニコラスにさえバラしていない事実だというのに!
 「別に私は構わないが…、君にはもう既に、その…す、そういう相手がいるのか?」
 カレンはモジモジと照れ臭そうにしながら訊ねてきた。途中、段々と声が小さくなり、最後の方はほぼ小声だったが。
 
 「残念ながら。いるって言えたらよかったんだけどね」
 「そ、そうか…」
 肩をすくめると、何故かカレンはホッと息をついた。
 何故だ。
 「カレンも好きな相手が見つかったら言ってほしい。出来るだけ力になるから」
 「ありがとう。では、共同戦線といこうか」
 カレンがそう言って立ち上がった時、見計らったかのように昼休憩の終了を告げる鐘が鳴った。
 「改めて。これからよろしく頼むよ、婚約者殿」
 「こちらこそ」
 少し演技がかった振る舞いで手を差し伸べる。少しの間しか接していないけれど、カレンとは仲良くなれるような気がした。
 目尻を和ませたカレンは、私に倣ってやや大袈裟に淑女の礼をとると、私の手に手を重ねた。
 ゆっくりと包み込むと、ぴくりと震えたものの握り返してくれた。
 触れた掌が私よりも温かくて心地いい。武家の長女なだけあって剣術を習っているためか指は硬かったけど、意外にも私より小さな可愛らしい手をしている。
 「温かいね」
 「私は…暑い」
 「え」
 驚いて隣を歩くカレンの顔を覗き込むと、彼女の白い頬が赤く染まっていた。
 もしかして、熱中症?
 「大丈夫かい?」
 「君のせいだ…」
 だから、何故だ。
 心配して言っただけなのに、カレンはそれ以降教室に送り届けるまでずっと私から赤らめた顔を逸らし続けていた。
 その間、繋いだ手を離すことは無かったから嫌われてはいないだろうけど、今度会った時に一応謝っておこう。
 そんなことを考えて、私も自分の教室へと急いだ。
 何かが芽生えてしまった気がするのは作者だけでしょうか(苦笑)
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
 
 カレンをエスコートしつつ彼女に案内されてやってきたのは、鍛錬場の裏にある小さな高台に設けられた簡素なベンチだった。
 なるほど、確かに穴場というだけあって昼時の今は私たち以外に誰もここにはいない。
 しかし、よかったのだろうか? ここは本来…というか、ゲームでは主人公と仲良くなったカレンが彼女のお悩み相談に乗ったり主人公と一緒にランチをする場所だ。
 
 「いい眺めだろう? 一人になりたい時は、よくここへ来るんだ」
 
 「そんな場所を私に教えてしまって良かったのかい?」
 「君が信用に足る人物であることは、よく知っているからね」
 
 ベンチに腰を下ろし、紙袋からサンドイッチを取り出したカレンは、それを私に渡しながら懐かしむようにふふっと笑った。
 「君は覚えていないかもしれないけど、私達は今日が初見ではないんだよ」
 え、嘘…全ッ然覚えてない。罪悪感で青くなっているであろう顔をそっと逸らす私に、カレンは『やっぱりか』とまた可笑しそうに笑った。
 「覚えてなくても無理はない。君と初めて出会ったのは2年前、ツィアー二侯爵邸で行われた仮面舞踏会だったからね」
 ツィアー二侯爵邸、仮面舞踏会というキーワードで徐々にその時の記憶が蘇ってくる。
 異国の文化だとかでクランに絶対来いよと誘われ、渋るニコラスを説得して参加したはずだ。仮面舞踏会なだけあって、皆仮面を付けていたし正体をばらさないように互いに挨拶したりすることもなかった。まさか、あの場に彼女もいたとは思わなかったけれど。
 カレンの言う通り、それでは覚えていなくても無理はないのかもしれないと納得する。しかし、だとしたら一つ疑問が残る。
 「では、何故貴女はあの場に私がいたことを知っているんだい?」
 あの時、私は確かに誰にも己の名前を名乗ったことはないし、ましてや仮面を外したことも無い。だから、カレンの話は辻褄が合わないことになってしまう。
 しかし、彼女は思い出したように制服のポケットから何かを取り出して私に見せてくれた。
 「これに見覚えは?」
 カレンの手には、綺麗に折り畳まれた一枚のハンカチーフ。その縁には、ルビリアン公爵家の紋章が刺繍されていた。
 「もしかして、貴女があの時の…!」
 「漸く思い出してくれた」
カレンが手にしたハンカチーフは、私が彼女に渡したものだ。
 仮面舞踏会の夜、複数の令嬢達とダンスを踊り、休憩がてら会場を抜け出してバルコニーへと足を向けた。そこには既に先客がいて自分と同い歳くらいの令嬢(当時のカレン)が足を引きづりながら壁を這って人気のない所へと移動してる途中だった。
 仮面越しにも分かるくらい辛そうな様子だったので、声をかけて手当をしたのを覚えている。今、彼女が持っているハンカチーフはその時に私が渡したものだった筈だ。
 「笑ってしまうな。剣の扱いなら国中の令嬢の中で一番だろう私が、ドレスやピンヒールに慣れていないだなんて」
 
 サンドイッチを口へ運ぶカレンの横顔は、どこか影を帯びていた。
 騎士の名門ディルフィーネ家。
 愛国者が特に多いディルフィーネ家は、国を守る為にワイングラスやティーカップより剣を、ドレスコードより鎧を、爵位より力を選んだ生粋の武の一家だ。そんな貴族らしい優雅さや華やかさとは無縁な世界で育って来たカレンにとって広場はダンスを踊る場所ではなく、剣を振るうための場所だった。だから、伯爵家の娘として最低限の教育は受けているだろうが、それでも他の令嬢達と比べると劣っているのだろう。
 もし、カレンが男だったなら多少ダンスや社交が下手でも問題はなかったのかもしれない。しかし、貴族の令嬢となれば話は別だ。己の言動一つひとつがそのまま他者からの家の評価に関わってくるのだから。
「確かに笑ってしまうな。ただ愛らしくあろうとするだけの花に自分が劣っていると信じて疑わない貴女を見ていると」
 私の言葉に目を見開いたカレンは、こちらを見ずにフッと自嘲的に笑ってみせた。
「…優しいな、君は」
「誰にでも優しくしているわけじゃないよ。それに、貴女には貴女の魅力があるのだからもっと堂々としていればいい」
 カレンは勇敢で正義感のある芯の強い女の子だ。決して努力を惜しまず、ひたむきに前を向いて生きている。だからこそ、地に根を張って凛と咲いている花のように美しい。
「大丈夫、貴女はとても綺麗だ」
 自分に自信を持って欲しい、そう伝えたくてまっすぐにカレンを見つめる。
「な、はっ、っ!?? 君はっ…………その、誰にでもそういうことを言うのか?」
「? そんなわけないじゃないか」
「…なら、君はとんだ人たらしだ」
 褒めたのにどうしてそんな心外なことを言われなければならないのだろう。
 理不尽だ。
 
 そっぽを向いてしまったカレンの耳たぶがほんのり色づいていたが、それを指摘すればきっと拗ねられてしまうだろうから敢えて知らぬ振りをした。
 勿論、内心ではその愛らしさにこれ以上ないほどに悶えている訳だが。
 「君は良かったのか?」
気を抜けば ニヤけそうになる口元を律していれば、唐突に質問された。なんのことか分からず、『何が?』と首を傾げる。
 「私の家は、金もなければ領だって広いわけじゃない。ーーあるのはただ、国への忠誠心と平和を願う心だけ」
 
 「そのどちらも簡単に手に入るものじゃない。この国は恵まれてるね」
 「そうではない! 私が言いたいのはっ、…………君が私と婚約しても君の利益にはならないという事だ。だから、」
 
 「『だから、君が望むなら婚約を解消してもいい』って?」
 無言を貫くという事はきっと肯定の意なのだろう、ちじこまるようにして座っている。食堂で声をかけてきた時とは打って変わり、今の彼女からは威厳が感じられない。
 だが確かに、上の身分の者が下の身分の者と婚約する際は大抵が何かしらの利益や恩恵があってのこと。真実の愛なんてもので双方の家が婚約を承認する事は基本的に有り得ない。
 当然、そんな夢物語を信じている令嬢もこの学園に多く存在するが、如何せんカレンは現実主義者。私達の婚約がなんの意義もないことを彼女は正しく理解しているのだ。
 「なら、私からも同じ言葉を返そう。貴女が望むのなら婚約を解消してくれても構わない」
 私から婚約を解消することはないと言い切り、手に持ったサンドイッチの残りを口の中に放り込む。
 ナイフとフォークがないとやっぱり楽だ。テーブルマナーは公爵家の長子らしく完璧にできる自信はあるが、それを意識しなくて済むこの食事形態は実に有難い。
 「どうして…」
 
 「う〜ん、そうだな。簡単に言うと都合がよかったから、かな」
 「ぇ…」
 「貴女もよく知っていると思うけど、公爵家と仲良くなりたい貴族は割と多いんだ」
 『公爵家』という名前と家格、代々財務省の長という安定職を賜ってきた事実、加えて王太子・王太子補佐と親しい関係にある次期当主の存在。そのどれをとっても野心家な貴族には美味しく映るのだろう。故に、自分の娘を宛がって公爵家と繋がることで恩恵を得たいという考えから私への婚約の打診も年々増えているらしい。
 しかし、公爵家と言えど所詮は一貴族に過ぎず、貴族であるからには貴族としての義務からは逃げられない。
 お茶会や夜会に出席する度に見合いの話を勧められ、いい加減うんざりしていた。
 「つまり、私はーーー」
 私の一言に含んだ意味をきちんと理解してくれたらしいカレンは、真意を確かめるように口を開いた。しかし、カレンがその先を言う前に彼女の唇に人差し指を当てて静止させる。
 「誤解のないように先に言っておこう。今から私が話すのは取り引きではなく、共闘する為の提案だ」
 にっこり微笑むと、カレンは目を丸くさせた。
 「ねぇ、カレン。貴女も武家の出だとはいえ、年頃の令嬢であることは変わらない。私達が婚約したことを公にすれば、互いに面倒な誘いを断る口実ができる」
 「確かにそうだが…」
 不満の声を漏らすカレンの言いたいことは何となく分かる。
 今、私が言ったことはあくまで私とカレン個人の利害関係の一致のみ。ディルフィーネ家にとって多くの利益はあってもルビリアン家にもたらされる見返りは同等とは言い難い。
 ーーーでも。
 「勘違いしてもらっては困る。結婚により享受する利益などなくとも、ルビリアン家は己が力だけで繁栄することができる」
 公爵家の名は伊達ではないしルビリアン家の者は皆、身内の贔屓目を差し引いても優秀だと思う。
 わざわざ下位の貴族に縋らなければ成り立たない程には落ちぶれていない。
 『見くびらないでくれたまえ』と冗談めかして笑うと、カレンも数度瞬きした後に口元に手を添えて柔らかく笑ってくれた。
 これで負い目は幾分か払拭できたかな?
 「それで、ここからが本題なのだけど」
 お互い食べ終わったし、場の雰囲気も和んだので大事な話を切り出すことにした。
 「この婚約話、両家が何を考えているのかは知らないけど、当人同士の気持ちを無視していることに変わりないだろう? 私達はまだ14歳でこれからどんな出会いがあるか分からないんだし」
 ゲームでは、悪役筆頭のロザリーと主人公の親友であるカレンは対立関係にあった。
 今後、万が一ゲームの抑止力的なものが働いて私に何かあった時、カレンにまで被害がいく可能性がある。
 「だから、お互いに他に結婚したい相手が見つかるまでは親に諾々と従うフリをしないかい?」
 
 私なりに最大限の誠意を持ってこの婚約話に対処しようと考えた結論だった。
 そもそも、私は『女』であって同性のカレンとの結婚は現実的に無理がある。さらに言えば、婚約したことでカレンに私が女だとバレる可能性も増した。ニコラスにさえバラしていない事実だというのに!
 「別に私は構わないが…、君にはもう既に、その…す、そういう相手がいるのか?」
 カレンはモジモジと照れ臭そうにしながら訊ねてきた。途中、段々と声が小さくなり、最後の方はほぼ小声だったが。
 
 「残念ながら。いるって言えたらよかったんだけどね」
 「そ、そうか…」
 肩をすくめると、何故かカレンはホッと息をついた。
 何故だ。
 「カレンも好きな相手が見つかったら言ってほしい。出来るだけ力になるから」
 「ありがとう。では、共同戦線といこうか」
 カレンがそう言って立ち上がった時、見計らったかのように昼休憩の終了を告げる鐘が鳴った。
 「改めて。これからよろしく頼むよ、婚約者殿」
 「こちらこそ」
 少し演技がかった振る舞いで手を差し伸べる。少しの間しか接していないけれど、カレンとは仲良くなれるような気がした。
 目尻を和ませたカレンは、私に倣ってやや大袈裟に淑女の礼をとると、私の手に手を重ねた。
 ゆっくりと包み込むと、ぴくりと震えたものの握り返してくれた。
 触れた掌が私よりも温かくて心地いい。武家の長女なだけあって剣術を習っているためか指は硬かったけど、意外にも私より小さな可愛らしい手をしている。
 「温かいね」
 「私は…暑い」
 「え」
 驚いて隣を歩くカレンの顔を覗き込むと、彼女の白い頬が赤く染まっていた。
 もしかして、熱中症?
 「大丈夫かい?」
 「君のせいだ…」
 だから、何故だ。
 心配して言っただけなのに、カレンはそれ以降教室に送り届けるまでずっと私から赤らめた顔を逸らし続けていた。
 その間、繋いだ手を離すことは無かったから嫌われてはいないだろうけど、今度会った時に一応謝っておこう。
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コメント
いちご大福
更新ありがとうございます!
応援しています
いちご大福
カレンちゃんんんっ
天然たらし怖い(´゚ω゚`)