悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

*番外編 待ち人達は想う



 親愛なる義弟おとうと

 拝啓

 季節は移行し始め、最近では湿った暑い日が続いています。昔ほど身体は弱くないことは承知の上ですが、会えない分心配も耐えないので体調にはお気をつけ下さい。

 さて、今度の長期休暇では帰省すると前々から手紙で話を通していましたが、事情があって予定より少し早めに帰省することにしました。詳細は帰ってからゆっくり話します。

 たった数ヶ月ですが、もう随分と貴方に会えていないように感じられます。こんな義兄にきっと貴方は呆れていることでしょうし、いい加減、弟離れしないといけませんね。

 それでは、会える日を楽しみにしています。お土産を持って帰るので、希望があれば遠慮なく言ってください。

 貴方が日々、幸福である事を祈っています。

 敬具


 追伸
 最近、アル様とヴィー様の様子が少しおかしい…というか、上手く言えませんがどこか変です。
 もし、何か情報を掴んでいれば帰省時にでも教えて下さい。



……

 (※以下、ニコラス視点)

 「変…?」

 ルビリアン公爵邸の一角にあるテラスで敬愛してやまない義兄からの手紙を読み終わったニコラスは、僅かに眉を顰めた。

 (殿下はあの性格だから相変わらず兄上やヴィー様を振り回しているんだろうし、ヴィー様は……)

 自分よりも身分は高いが、友人と呼べるくらいには親しい二人の顔を想像して首を捻る。

 『変』とは、一体どういう意味なのだろうか。手紙の文脈から見ても歯切れが悪いことから、きっと違和感を覚える程度の口では言い表せられない変化なのだろう。

 殿下は身分上、我が家が王家に次ぐ公爵家とはいえ、他の貴族に対して贔屓しているとみられない為にも頻繁に手紙を出すことは出来ない。その代わり、ヴィヴィアン名義で彼からの手紙と一緒に同封されていることも少なくはない。
 
 そもそも、自分にとっての第一は兄上なのだから殿下やヴィヴィアンとも一定期間に近況報告くらいはするものの、兄上以上に手紙をやり取りすることはない。
 
 正直、兄上を傷つけないのであれば、別に何処で何をしていようとどうでもいいとさえ思っている。
 こんなことを言ったら、きっと兄上は困ったように笑って優しく諌めてくれることだろう。
 
 (そういうのも悪くない……なんて)

 再び手紙を見つめてフッと笑う。
 
 「僕も早く会いたいです…」

 「もうすぐ会えるじゃないですか」

 独り言に返答したマーサは、冷めたお茶を新しいものと変えてくれる。

 「待っていると長く感じてしまうものなんですよ」

 「ニコラス坊っちゃまはそれしか言わないじゃないですか。……それで、ロザリー坊っちゃまはなんて?」

 唇を尖らせて言うと、マーサに苦笑されてしまった。マーサだって兄上から手紙が届く度に早く読んで内容を教えろと急かしてくるくせに…。

 「…予定より早く帰ってくるそうです」

 「まぁ! ……そ、そうなのですね。きっと旦那様も喜ばれることでしょう」

 己の主人が早く帰ることを聞いて嬉しさの余り感情を露にしてしまったマーサだが、直ぐに我に返った。

 「父上には、僕から話を通しておきます。丁度、聞きたいこともありますから」

 「畏まりました」

 マーサは一瞬キョトンとした表情をしたが、追求はせずに頷いた。
 おそらく、これで執事長で父上の侍従でもあるセリンや我が公爵家の使用人を束ねる侍女長にはマーサから話を通してくれることだろう。

 「…さて。どうしましょうか」

 再び一人になったテラスでマーサが入れ直してくれた紅茶を口に含みながら、ニコラスは誰にも聞こえないくらいの音量で呟いた。


……

 
 「ローズから手紙が届いたそうだね」

 父上が帰宅して話があると書斎に入った後、彼の開口一番はそれだった。

 「はい、父上。予定していた日にちよりやや早く帰ってこられるそうですよ」

 良かったですね、と口端を吊り上げると父上はネクタイを緩めながらなんでもない風を装って『そうかい』と呟いた。
 隠しきれていない嬉しさが背中から滲み出ていることは、知らぬフリをする。

 「…それで、お前の言う話というのはその事ではないのだろう?」

 確信を持った声でそう言われて苦笑する。
 伊達に長年、自分達の父親をやってきただけのことはある。

 父上は対面式のソファに座り、僕にも向かい側の席に座るよう手で指示を出してくる。失礼します、と礼をして腰を下ろすと早速本題に入るべく口を開いた。
 
 「では、単刀直入に。父上は現状をどう思っていますか?」

 「どう、とは?」

 「現在、国王陛下のお子は王太子であるアルバート殿下とまだ幼い王女殿下のみ。……公爵である父上としては、兄上を王族の傍に置きたくなかったのでは?」

 「何故、そうだと?」

 「兄上は我が国に2つしかない公爵家の内の1つである当家の正式な跡取り。次代の王を支え、貴族達をまとめる筆頭となる方です。王子はアルバート殿下お一人とはいえ、未だに婚約者の一人もいないことを不安視している貴族達もいます。現に、一部の貴族達の間ではあらぬ噂が立ち始めているとか。この状況が続くようであれば、今まで一枚岩だった貴族達が分裂する恐れもありますから」

 王に忠誠は誓っているものの政治的立場では代々、国の財務運営を担ってきたこともあって中立の立ち位置にいるのがルビリアル公爵家だ。
 
 その次代当主である兄上が、王太子とその傍系であるヴィヴィアンと密接過ぎる関係をよく思わない貴族達も当然いるだろう。アルバート殿下の現状を知っている者なら尚更。

 今後、国の行く末を巡って派閥争いが起きれば兄上が巻き込まれる可能性も大いにある。何よりも家族を大切にしている父上にとって、それだけは回避したいはずだ。
 
 僕の言葉に、父上は固かった表情を変えた。愉快そうに瞳を細めて僕の話を聞きやすいようにゆったりと背もたれに背中を預ける。

 「もしそうだとして、何故私がローズに殿下と距離をとるよう言わなかったと思う?」

 これについては、僕も随分と悩んだ。例え、王家とそこまで強固な結び付きがなかっとしても筆頭貴族である公爵家が潰れることはまず無い。

 それに家ではこんな感じだが、父上はこう見えて結構な合理主義者でもあるから王太子であったとしても国の為にならないと判断したら直ぐに切り捨てるだろう。
 王家が絡んだ争いがあった場合、行政は一時ストップするだろうから、正しい判断ではある。

 「…兄上に、期待したからでは?」

 「つまり?」

 「社交界デビューした夜、殿下に気に入られ、且つ殿下を諌めることができた兄上を殿下自ら婚約者探しに協力するよう命を下されたのです。ならば、婚約者探しに協力する傍ら、兄上を殿下に仕えさせて殿下の地盤を磐石なものにする。その場合、殿下が王族として正しく振る舞えているか見張りつつ殿下のお気に召す婚約者を見つけ、いづれ当主となる兄上自身の株を上げることを期待して」

 実はここだけの話、国王陛下は正妃を溺愛するあまり側室を一人も作っていない。だが、正妃は元より身体が丈夫ではない為、彼らの間に子どもは二人しかいない。
 しかも、現時点で王位継承権を持つのはアルバート殿下のみ。

 「とはいえ、殿下の婚約者は未だ空席のまま貴族達はこの現状に不満を抱き始めています。であれば、父上は兄上に火の粉が飛ぶ前に兄上と王家を引き離したい筈。………………違いますか、父上」
 
 殿下が何を考えているのかなんて知る由もない。僕と父上にとって何よりも大切なことはただ一つ。
 家族三人が笑って過ごせることだけなのだから。


 「ふっ…ふはははははっ」

 無言で見つめ合うこと数秒後、父上は楽しそうに大口を開けて笑った。
 家族だからこそ分かることだが、第三者から見れば父上の笑い方は悪役のそれにしか見えないだろう。

 「そうだね。確かに私はローズが傷つく前にあの子をアルバート様…王家から引き離すことを望んでいる。あの子の母親の為にもこれ以上、私の愛する家族が傷つくことは阻止せねばならないからね」

 目を伏せて父上の今は亡き妻ーー僕にとっては義母にあたる人ーーと結ばれた証である指輪をそっと撫でた。

 「僕も父上と同意見です。来年、学園に入学したら殿下と周りの貴族達の動向を見張ります」

 「そうかい。……でも、ニコラスはそれでいいのかい? アルバート様やヴィヴィアン様とは親しいのだろう?」

 「ご心配には及びません。僕にとって何よりも優先すべきことは、僕の愛する家族が笑顔でいれるように守ることなのですから」

 その為に、知識を、権力を、守れるだけの力をこれまで蓄えてきたのだから。

 「……ふむ。では、ニコラス。ローズが帰った時にあの子にも話はするが、お前も学園入学後は殿下達と一定の距離を取って見張りに当たるように。そして、生徒の中に反乱分子がないか目を光らせ、私に報告なさい」

 「承りました。国や王家がどうなろうと・・・・・・、役割を果たしてみせます」

 漸く手に入れた大切な人達と帰るべき居場所を守る為ならば、どんな事でもしよう。どんな物でも利用しよう。
 たとえ、全てを犠牲にしたとしても構わない。

 家族彼らの笑顔よりも尊いものなど有りはしないのだから。

 
 ……


 敬愛する義兄あにうえ

 拝啓

 まず、僕の身体を心配してくれてありがとうございます。こちらは学園そちらよりも幾らか人口密度が高い分、本来の気温よりも暑く感じられます。兄上も環境が変わってから初めて迎える季節の変化に体調を崩さないようお気をつけ下さい。

 兄上が予定よりも早く帰省されることを知り、父上は勿論、屋敷中の皆が嬉しそうにはしゃいでいます。全くもって大人気がありませんね。

 お土産についてですが、僕は兄上が選んで下さったものならどれであろうと嬉しいので兄上にお任せします。……でも、もし僕のワガママを聞いて下さるなら、兄上や父上と一緒に頂ける甘い茶菓子がいいです。

 それでは、道中お気をつけて。兄上のお帰りを僕を含め、公爵家の皆が心よりお待ちしております。

 敬具

 追伸
 殿下達のことについてはよく把握してませんが、兄上が帰省された際に父上から大切な話があるそうです。






 ニコラスの愛が重い……。
 悪役は父親譲りだった件について(笑)


 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


コメント

  • ノベルバユーザー248828

    王族組の二人は……マジ勘弁な(´д`|||)

    3
  • いちご大福

    更新ありがとうございます!
    頑張ってください。

    2
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