悪役令嬢は麗しの貴公子
27. 数ある終わりの一つ
※今回、流血などの表現が含まれた内容となっています。
 大丈夫な方のみどうぞ。
 聖ロンバール学園の中心にそびえ立つ時計塔。創立当時より、数多の学生達を見守ってきた由緒ある建造物。
 その時計塔の下では、2人の男女が手を取り合っていた。
 「リディア、この学園に入学できてよかったと思う。こうしてお前と出会うことができたのだから」
 「アルバート様…」
 「アルと呼べと言っているだろう? 俺がそう呼ぶことを許したのはお前だけなのだから」
 アルバートと呼ばれた少年は、深海色の瞳を細めてリディアと呼んだ少女の足元に跪くと、そっと彼女の手の甲に口付けた。
 
 「俺は次期国王として、隣にお前が在ることを望む。ずっと俺のそばにいろ、離れることは許さない」
 「アル様…それって!」
 「結婚しよう、リディア」
 頬を紅潮させたリディアは、何度も頷きながらアルバートに抱きついた。
 「はい、はい…アル様! 貴方のことを愛してーーー」
 「殿下、お戯れもその辺になさって?」
 リディアの声を遮った者は、月の光に反射して輝く銀の長髪を風に遊ばせて優雅に暗闇から姿を現した。
 「ロザリー! 貴様、どうしてここに!」
 「どうして? 私は殿下の婚約者でしてよ? 殿下のいる所に私がいてなんの問題がございますの?」
 リディアを隠すように前へ出たアルバートは、せっかくの逢瀬を邪魔した婚約者を名乗る少女を鋭く睨みつけた。しかし、それを意に返さない銀髪の少女もといロザリーはダイアモンドの瞳を細めて微笑した。
 「あら、いけませんわ殿下。後ろにドブネズミがいて危険です。直ぐに駆除しないと」
 そう言ってロザリーは、なんでもない事のように懐に忍ばせていた短剣を取り出す。
 剣先は鋭く光り、手にした彼女の雰囲気も相まってより不気味に見える。
 「貴様っ、ついに気でも狂ったか?!」
 「気が狂ったのは殿下の方でしょう? 私が正気に戻してさしあげますわ」
 一歩、一歩と先程まで逢瀬を楽しんでいた2人にゆっくり距離を縮めてくる。
 アルバートの後ろに隠れていたリディアは小刻みに震え、小さく悲鳴をあげた。
 「出ていらっしゃい、ドブネズミさん。いくらか弱い女の皮を被り、人の真似事をしようとも貴女は薄汚い庶民なのよ。これ以上、殿下を汚すことは許さなくってよ」
 「黙れ! リディアを侮辱するようならば、この場でお前を切り捨てるぞ!」
 余りの暴言に耐えかねたアルバートは、護身用で持っていた剣をロザリーへと向けて叫んだ。
 しかし、対する彼女に臆した様子はない。
 「嘆かわしいことですわ…。殿下、私達の婚約は王命なのですよ? 殿下お一人の判断で覆せるものでは無いのです」
 ロザリーは、まるで駄々をこねる子どもに言い聞かせるような口調で語りかける。
 アルバートは言い返すことが出来ず、苦虫を噛み潰したような険しい表情で目を逸らした。
 その反応にロザリーは満足気に目を細めて頷く。
 「殿下は聡明な方だもの。よくご自分の立場を理解してらっしゃるわ。だから…」
 そして、手に持つ短剣の先をドブネズミと罵ったリディアに向けて嗤った。
 「貴女は不必要なの。殿下のためを思うなら、ご退場いただけるかしらーーー
                                     ーーーこの世からね」
 そう言い終わるのと同時にパァン!!という音が響き、続いて剣先を向けられていたリディアは崩れるようにその場に倒れた。
 振り返ったアルバートは倒れた愛しい少女を見て両目を見開く。
 彼女の胸元には、1本の矢が突き刺さり、その周りを赤黒く染めあげていた。
 「リディア……リ、ディァ……」
 アルバートは膝をつき、小さく呼びかけながら震える手を愛しい少女へと伸ばす。しかし、その手は彼女に届く前に他から伸びてきた手に取られてしまった。
 「いけませんわ、殿下。言ったでしょう? これ以上、汚れることは許しません」
 「何故…、っなぜ、リディアを殺したぁ!!!」
 両の目から溢れる涙をそのままに、アルバートは自分の手を取ったロザリーを振り払い、湧き出す感情をぶつけた。
 
 「……全ては、殿下のためです」
 見上げた先で、リディアを奪った憎い婚約者は何故か悲痛そうに瞳を揺らしていた。
 (殺したくせに…! どうしてお前がそんな顔をする!?)
 分からない。悲しみ、恐怖、痛み、憎悪、混乱…色々な感情が一斉に混じりあい、アルバートの瞳は正気を失った。
 (どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……)
 ドスッ……
 「ぅ……っぁあ、」
小さく呻く声がやけにアルバートの近くで聞こえた。それに次いでドサリと自分の足元に何かが倒れた。
 ドロリと不快な感覚を両手に覚えてそちらに焦点を合わせる。
 はじめは、それがなんなのか、自分が何をしたのか分からなかった。
 広げた掌には、剣とそれに巻き付く赤黒い液体。そして、自分の掌についているのと同じ赤い液体が腹部から溢れている目の前の倒れた婚約者。
 
 これらから導き出された答えを正しく理解した時、アルバートは我に返った。
 「お、れはっ…何を…し、て……」
 
 『殺したんだよ』
 真青な顔で口元を抑える少年の耳元で誰かが囁いた。
 『アルバート・リリークラント。お前は守ると誓った女を目の前にいたのに無様に奪われた上、一時の感情に踊らされて自分の手を自ら汚してもお前を守ろうとした婚約者を殺したんだよ』
 
 誰かはアルバートに囁き続ける。
 誰かは分からない。しかし、その声は静かにアルバートを責めていた。
 『分かってたはずだ。たとえ、ロザリーでなくともお前とお前の愛しい女の仲を引き裂こうとする者が現れることを』
 「お、……お、れはっ……俺はっ…………!」
 既に正気を保てないでいるアルバートに、声は追い打ちをかけるように嘲笑った。
 『自分がどれ程恵まれた環境で育ったのか、その価値を知らぬ愚か者が。与えられた物のみを甘んじて供受し、キレイなもののみを見てきた守られるだけの存在。そんな者が『守る』? 笑えない冗談を』
 すっかり血の匂いが充満してしまった場所で、アルバートはショックのあまり呼吸すらまともに出来ていない。
 朦朧とする意識の中で、その声だけはアルバートにしっかり届いていた。
 『愛する者を奪われた気分はどうだ? 初めて人を殺した感想は?』
 「っやめろ! やめてくれ……!」
 楽しそうに喉を鳴らして嗤う声にアルバートは堪らず耳を塞いだ。
 しかし、それでも声はアルバートに囁きかける。
 『無駄だ。そんな事をしても、お前が犯した罪は消えない。本当は全部分かっているんだろう?』
 カラン、と金属音がなり、先程ロザリーが持っていた短剣が目の前に転がった。
 声は、アルバートの耳元にさらに近づいて促した。
 『お前の婚約者は実に優秀だ。お前が犯した罪を償う準備までしてくれるなんて』
 「ぁっ…あぁあ…あ、っ……」
 『さぁ、償え。己が犯した罪を』
 アルバートは震えた手をゆっくりと短剣へ伸ばす。
 そして、声に従うまま剣先を自分の首筋へと向けた。
 『今こそ、断罪の時ーーーー』
 
 声がそう発したが最後、
 「…………………………………許してくれ」
 弱々しく呟いたアルバートは、そのまま命を絶った。光を宿さない瞳からは、一筋の涙が伝っている。
 
 再び静寂が満ちた闇の中、3人の少年少女達の遺体を月が照らしていた。
 
 生々しかったですね…、自分の語彙力のなさに書いてて恥ずかしくなりました。
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
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コメント
ノベルバユーザー248828
わざわさ説明下さり有難うございますm(_ _)mペコリ、これからも応援してます✨
カンナ
読んでくださってありがとうございます。
説明が足りていませんでしたね…申し訳ございません。
矢を射ったのはロザリーの協力者という設定です。分かりにくくて本当に申し訳ございません。
ノベルバユーザー248828
短剣持っていて何故に胸に矢が…協力者居ました❓⁉️
星空 零
ロザリー正論じゃん。