悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

23. ズレ


 「ここ、どこだろう?」

 肩までのパールピンクの髪を揺らして、少女は困り顔をする。新品の制服に身を包んだ少女は、入学式の前に学園内を探検していたのだが、どうやら迷ってしまったようだ。

 「みゃー」

 「え?」

 キョロキョロと辺りを見回していると、頭上からか細い声が聞こえてそちらを見やる。木の枝に捕まっている震えた子猫の姿に、少女は大きな目を更に大きくした。

 「降りれないのかな? ど、どうしよう…」

 (可哀想だし降ろしてあげた方がいいのかな? でも、早く戻らないと入学式が始まっちゃうかも…。)

 ① 子猫を助ける
 ② 助けを呼びに行く
 
 
(※以下、ロザリー視点)

 「い、ちば、ん…」

 「ローズ」

 「んぅ………」

 「起きて」

 「ん~……」

 「ロザリー!」

 「ぅわあ!」


 大声で自分の名前を呼ばれ、眠りから目を覚ます。
 弾かれたように飛び起きれば、プラチナブロンドの長髪が目の前に飛び込んできた。

 「おはよう。よく眠れたみたいだね?」

 「ヴィーさま…?」

 声のした方へ顔を上げると、そこには今日も完璧スマイルのヴィー様の姿。同じ14歳とは思えない程、既に制服を着こなしている。

 何故、ヴィー様がここに?

 「講義が終わってもまだ寝てるから起こそうと思ったんだけど、あんまり気持ち良さそうに眠ってるから起こしずらくてね」

 「え、あ…え?! お、起こしてくださいよぉ!」

 確かに周りを見渡しても、教室には私とヴィー様の2人しかいない。窓の外では、既に空が紅く染まっている。

 「ふふ、すまない。とりあえず、帰ろうか。アルは先に行ってしまったし」

 「そうですね。お腹空きました」

 口元に手を添えて優美に笑ったヴィー様は、物語に登場する王子様のように私に手を差し伸べる。私は、その手を取って誰もいなくなった教室をあとにした。

 

 渡り廊下を並んで歩く。
 この学園に入学して、そろそろ1週間経つ。私はクラスが一緒という事もあり、アル様とヴィー様と一緒にいることが多い。勿論、選択科目によっては別々になるためその場合は図書室やサロンで暇を潰すことも少なくない。

 「そう言えば。何が『1番』だったんだい?」

 「え…と?」

 「さっき、寝言で『1番』って言ってたから。少し気になってね」

 「うーん…すみません、よく覚えてません」

 『そう』と微笑んだヴィー様に気にした様子はない。
 ……危なかった。まさか、『前世でプレイしたゲームの夢をみていました』なんて口が裂けても言えることではない。

 胸を撫で下ろしつつ、さっきの夢の続きを考える。

 確か、①を選んで木に登り子猫を助ければアル様とのスチルイベント発生のはず。
 主人公ヒロインは子猫を助けた後、木から落ちてしまう。そこへ、颯爽と現れたアルバートが主人公ヒロインを助け、彼から建国記念日の夜に庭園で会ったことを告げられた主人公ヒロインはアルバートとなんともロマンチックな再会を果たすーーーはず、だった。

 実際には、子猫を助けたリディアが木から落ちてアル様が助けたところまでは一緒。でも、助けた後はその場にリディアを放置してヴィー様と共にさっさと会場に行ってしまったんだとか。

 勿論、リディアはそこで何か言い募ったらしいが、アル様は耳をかさなかったという。

 イベントは発生したのにキャラの好感度は低い。最初の方だし、選択肢が左右することも多いが、ここまで違うとは私も思わなかった。しかもーーー

 「アルバート様、一緒にお茶でも如何ですか?」

 「断る。だいたい、もうすぐ夕食だというのに何故今からなんだ」

 「では、一緒にご飯を食べましょう? 一緒の方がきっと素敵です!」

 「何が素敵なのか分からんが断る。それと、ここは太陽の棟だ。君は月の棟の寮生だろう」

 「どうしてですか? 棟が違うからって一緒にご飯を食べちゃいけないルールはありませんよ?」
 
 「君は入学式の説明で何を聞いていたんだ。棟に住んでいる者は基本的に自棟で食事をとるように決められているだろう」

 「基本的には、ですよね? 例外があってもいいってことです。私はアルバート様と一緒がいいんです」

 噂をすればなんとやら。
 私達が住んでいる太陽の棟の玄関先にアル様とリディアの姿を見つけた。今ではこの風景も見慣れたものとなっている。

 この一週間、リディアはことある事にアル様に言い寄っている。それも、ゲームのシナリオに関係なくである。
 それはまさにゲームにおける悪役令嬢ロザリーのようだ。

 (またか…)

 ため息をついて玄関先にある門に身を隠す。巻き込まれるのは面倒だ。
 同じことを思ったのか、ヴィー様も私についてきたので二人で一緒に事の成り行きを見守る。

 「いい加減にしてくれないか。私も暇ではないんだ」

 「そんな…! 私はただ、アルバート様と一緒にいたかっただけなんです。貴方のことをもっと良く知りたくて」
 
 「……とりあえず、今日はもう棟へ戻れ」

 「あ、アルバート様!」

 まだ何か言い募ろうとしたリディアを置いて、背を向けて寮へと入っていく。
 置いてきぼりをくらったリディアは、ショボンと肩を落として月の棟へと帰って行った。

 「リディア・クレインには気を付けた方がいい」

 突然、頭上から降ってきたヴィー様の言葉に心臓がドクンと跳ねる。

 「どういうことですか?」

 「俺はアルの補佐だからね、君の傍にずっといることは出来ないんだ」

 ヴィー様は、答えになっていない返事を返して誤魔化すようにくしゃりと私の髪を撫でた。
 
 「ほら、早く行かないとアルが機嫌を損ねてしまうよ」

 (誤魔化された…)
 薄く微笑んだヴィー様は、長い美脚を動かしてアル様の後を追う。私も置いていかれないようにヴィー様より短い脚を必死に回転させてついて行った。





 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


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