悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

18. 俺様王子の頼みごと


 「人払いはしてある。楽にしていいぞ」

1人がけのソファに腰を下ろした素の状態のアル様に言われ、向かいのソファに腰掛ける。座り心地の良いソファの感触に、少しだけ緊張と疲れが解けた。

 あの後、なんだかよく分からないまま王城内の一室にアル様とヴィヴィアン様に連れてこられた。

 「どうぞ」

 声がした方に焦点を合わせると、ヴィヴィアン様が紅茶のカップを渡してくれる。紅茶の香りに包まれながら一口含むと、温かいものが体内に流れ込んで落ち着くことが出来た。

 私の隣に腰掛けたニコもヴィヴィアン様からカップを受け取り、ほぅとため息をついている。

 「気に入ったかい?」

 「はい、とても」

 ヴィヴィアン様の問いに笑顔で返答すれば、彼は満足気な表情でアル様の隣に座った。

 「少しは落ち着いたみたいで安心したよ。ルビリアル公爵には、君達二人と話がしたいと伝えたから。気を楽にしてほしい」

 「そうですか。それで、ここは?」

 「王族の控え室みたいなものかな」

 私とニコが固まる。私達兄弟(姉弟)もかなりの上位貴族ではあるが、王族の控室はさすがに恐れ多い。

 アル様は勝手に一人で寛いでいるしヴィヴィアン様もそう言ってくれるけど、こんな華麗な内装の部屋に連れてこられて落ち着けるわけがない。

 「アルバート殿下、ヴィー様、話というのは?」

 ニコがカップをテーブルに置いて静かに口火を切った。

 「話と言っても別に大したことじゃない。俺はロザリーに興味が湧いたから連れてきた。それだけだ」
 
 それだけって…。メイン攻略キャラなだけあって俺様で自己中心的な理由に私は顔を引き攣らせる。

 ヴィヴィアン様は苦笑して肩を竦めると、私に『ごめんね』と謝ってくれた。私はどう返せばいいか分からず、変な顔になってしまった。恥ずかしくて隠すようにヴィヴィアン様に問う。

 「ヴィヴィアン様は、何故私達を?」

 「ニコラスにも言ったけど、ヴィーでいいよ。俺はようやく会えた従兄弟達とゆっくり話したかったんだ」

 ヴィヴィアン様、もといヴィー様は優雅に脚を組んでそう告げた。一人称が『私』から『俺』に変わったが、私もニコも敢えて何も言わない。きっとこれが彼の素なのだろう。

 「先ほど僕に加勢して下さったのもそれが理由ですか?」

 ニコの言葉にヴィー様が頷く。私は突然の話題転換についていけず頭の上に?マークを浮かべると、気づいたヴィー様がすかさず説明してくれる。

 「アルとロザリーが会場に来る前に一悶着あってね。ニコラスが困っていたからたまたまそこに居合わせた俺が助力したんだよ」

 『あの時は本当に助かりました』とお礼を言うニコを驚いて凝視する。

 「一悶着って…大丈夫だったのか?!」

 「はい。兄上が心配なさるようなことは何も」

 もしかしてまた謂れの無い批難の声を投げかけられたのか、と想像してニコの袖を掴む。しかし、ニコは大丈夫と柔らかく笑って掴んだ私の手に自分の手を重ねた。

 「心配性だな。ヴィーがいたんなら大丈夫だったんだろう」

 だらしなく頬杖をついたままのアル様は、私を見て呆れている。確かにそうかもしれないけど、心配なくても心配しちゃうのが家族というものだ。

 「兄バカも大概にしておけ」

 「「兄バカ……」」

 私とニコの呟きが室内に響く。

 「失礼ながらアルバート殿下、兄上は僕を大切に想ってくれているだけです。バカと罵りを受ける謂れはありません」

 ヴィー様が咎めるより先に、ニコラスが敵意の篭った瞳でアル様を射抜く。
 真っ黒な笑顔が怖いよ、ニコ。

 「ロザリーだけかと思ったらお前もか、このブラコン兄弟め。何事も度が過ぎればバカと同じー…」

 ぐにっ、とヴィー様がアル様の頬を引っ張ってお咎めを入れる。相当強く引っ張っているのだろう、アル様が若干涙目になっている。

 「アルはこの通り甘やかされて育ってね。根はまっすぐなんだ、許してやってほしい」
 
 『離せ』と暴れるアル様を尻目に、ヴィー様は眉を下げて苦笑する。まぁブラコンの自覚はあったから『別に気にしてません』と首を横に振る。
 だが、ニコは未だアル様に静かに睨みを利かせている。『ブラコン』と言われたのが余程心外だったんだろう。

 アル様に飛びかかりそうな勢いのニコの頭を撫でて、怒りを鎮めさせる。
 大丈夫だニコ、気持ちは分かる。

 「二人が寛容で良かった。特にロザリーとは、学園で同級生になるからね。色々と協力してもらおうと思っていたし」

 アル様の頬から手を離しながら、ヴィー様はニコニコと微笑んだ。アル様は赤くなった頬を撫でながら恨めしくヴィー様を睨んでいる。

 「協力、ですか?」

 「そう。ちょっと事情があってね、アルは学園卒業までに婚約者を探さないといけないんだ」
 
 涼しい顔で紅茶を飲んでいるヴィー様からの突然のカミングアウトに私とニコは目をパチクリさせる。

 いきなり本題をぶっ込んできたことへの驚きもあったが、まだ婚約者がいないアル様にも驚いた。

 …まぁ、元々婚約者になる予定だった悪役令嬢ロザリーがいないということもあるんだろうけど。

 「候補者もいないのですか?」
 
 「父上が何人か候補を挙げたが断った」

 私の問いにアル様が答えてくれた。

 「一応候補の令嬢たちとは一度会って話をしたみたいなんだけど……」

 ヴィー様が補足してくれたが、最後を濁らせる辺り結果はアル様の言った通りだったらしい。

 「学園卒業までとは言わず、今からでも探せば良いのでは? 王太子殿下の婚約者であれば、皆喜んで飛びつきますよ」

 「ロザリー、お前は何か勘違いしてないか?」

 ため息をついたアル様に私は首を傾げる。

 「父上が選定して下さった候補者の中には、他国と繋がりのある血筋の者や見目のいい者もいた。だが、俺にとってそんなものはどうでもいい。俺が婚約者に望むのは、お互いを支え合い真に国が為にあろうとすることだけだ」

 アル様の言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。
 彼はそんな私達の顔を見て可笑しそうに笑う。

 「なんて顔してる。とんだ笑いものだぞ」

 バカにされたのに驚きで怒る気にもなれなかった。
 これまでのやり取りで俺様自己中な王子だという印象が強かった分、ちゃんとこの国の将来を考えてくれていたことを意外に思ったし嬉しかった。

 「話は分かりました。それで、私達はどうすればいいのですか?」

 「ロザリーとニコラスには、俺に相応しい婚約者探しを手伝ってもらいたい」
 
 私はニコと顔を見合わせる。なんとなく予想はしていたが、アル様のことだからどうせ私達に拒否権なんてないのだろう。

 早々に諦めた私に比べ、ニコは迷っているようだ。先ほどの会話でバカにされたことを根に持っているんだろうか?
 私としてはニコにまで負担をかけなくないので、断るならそれでも構わない。助け舟を出そうとしたが、その前にニコが先に返事をしてしまう。

 「殿下のことは正直どうでもいいです。ですが、兄上一人に任せたくありません」
 
 「つまり、受けるという事でいいんだな?」
 
 「誠に遺憾ですが」

 険しい顔のニコにアル様はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。
 相性悪いなこの二人、と内心で思い苦笑しながらソファから立ち上がってアル様の前で跪く。

 「アルバート王子殿下の御命、ニコラス共々慎んでお受け致します」
 
 「頼りにしているぞ。ロザリー、ニコラス」
 
  満面の笑みでアル様が頷く。
 立ち上がった私の後ろでは、ニコが不服そう頬を膨らませて何やらブツブツ愚痴っている。
 そんなに嫌なら断れば良かったのに。頼られると断れない質なんだろうか。

 
 こうして、私とニコはアル様の婚約者探しを手伝うことが決まった。とは言っても、王太子であるアル様をはじめ、私達全員が忙しい日々送っている。また、今みたいに頻回に会うことも出来ないということから、本格的に探し始めるのは3年後の学園入学以降という結論になった。




 私はまだ知らなかった。この時の私の選択を後悔する日が来ることを。
 




 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


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