悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

9. 友達にはまだ、遠い

 

 我がリリークラント王国では、国と王族を支えるために高位貴族であればあるほど経済、政治において重要な役割を担っていることが多い。

 そして、ツィアーニ侯爵家も例外ではなく、建国当初から周辺諸国と交流を図り、外交という形で代々国を支え続けている。

 また、我が国では国土の半分以上が海に面しており、多くの周辺諸国との交流も容易ではない。

 その為、王族の書状を外交に深く携わるツィアーニ侯爵家が代行することも少なくないのである。

 故に、周辺諸国にとって我が国の顔とも言えるツィアーニ侯爵家の当主となる者達は、幼少の頃よりあらゆる国の言語や文化、礼儀作法など多義に渡る教育を受けている。
 
 ーーというのが、以前講師から国史について学んでいた時に教えてもらった余談話。

 そんな頭の片隅にあった記憶を思い出しながら、私は感心したようにポツリと呟いた。
 
「…クランは、本当に沢山の言語を話すことが出来るんだね」

 あの後、長い時間をクランと一緒に過ごしたくなくて挨拶だけ済ませてさっさとお父様達の所に戻ろうとした。
 だが、クランがグイグイ腕を引っ張っていくので半強制的に港や船の中を一通り案内されることになったのである。

 「そうでもないさ。外交に関わってんだ、これぐらい出来なきゃ話にならねぇって」

 「そうですよ兄上。ツィアーニ侯爵家では嗜み程度の事でしょうから褒める必要はないかと。図に乗りますから」

 「いや乗らねーよ!」

 「大きい声出さないで下さい。五月蝿いです」

 自己紹介の時はあんなにクランを警戒して威嚇しまくってたのに、今では口元に笑みを浮かべてかなり失礼なことを言っているニコとそれにキレのいいツッコミを入れているクラン。

 基本的に初対面の人に対して、ニコは我が家へ来たばかりの時のように激しい人見知りを発動するのだが、クランのコミユニケーション能力の高さや人懐っこい性格、そして貴族らしからぬ振る舞いがニコの警戒心を幾らか削いだのだろう。

 傍から見れば、喧嘩するほど仲の良いただの友達そのものである。 
 けれど、ニコのクランを見る瞳はどこか冷たいものを帯びていることから、まだクランを警戒している部分があると思われる。

 「ニコラスって  本  当  に  ローズ以外の扱い雑なんだな。そういう事やってると、いつか嫌われるんじゃねーの?」

 「心配には及びません。そんな事で兄上は僕を嫌ったりしませんから」

 「そいつは残念だ。嫌われたら一番先に知らせてくれ、全力で祝ってやるから」

 「そんな日は一生来ないでしょうから結構です。お1人でどうぞ」

 満面の笑みでなんて会話をしているんだ、と呆れた目で二人を眺めていれば、先程港まで案内してくれたツィアーニ侯爵家の使用人が私達を呼びに来た。

 どうやら、そろそろお暇するらしい。

 未だに笑顔で攻防戦を繰り広げている2人を尻目に、もうそんな時間か、と懐から懐中時計を取り出して見やる。

 まださほど遅い時間ではないが、お暇するには頃合いだ。私は懐中時計を懐に戻しながら攻防戦を続ける2人に向かってワザとらしく咳ばらいをした。

 「仲良く話している所申し訳ないが、そろそろお暇させてもらうよ」

 私の皮肉に揃って「良くない!」と反論の声を挙げた後、クランは少し残念そうに、ニコはとても嬉しそうにそれぞれ反応を示した。
 
 「なんだ、もう帰るのかよ」

 「ごめんね、クラン。今日は楽しかったよ、ありがとう」

 そして出来ればこのまま学園に入学するまで会いたくないです、と心の中でだけ付け足しつつ顔は少し名残惜しそうに眉根を八の字にしてみせた。

 「礼はいいからまた来いよ。ローズならいつでも歓迎する」

 「...つまり、僕は歓迎しないと?」

 「まぁまぁ、ニコ。クランはそんな事一言も言ってない。そうだろう、クラン?」

 またクランに突っかかっていこうとするニコを宥めながら、クランに目配せすれば何故か口元に弧を描いたまま黙している。ーーーまるで、私が言ったことを肯定しているかのように。

 まだ幼さが残る整った顔の少年が、狐のように妖艶に微笑んでいる姿を見て背筋がゾクリとした。
 不気味だと、そう思った。

 ニコに視線を戻すと、何も言わずに笑みを貼り付けているクランから目を逸らさずに鋭く睨みつけている。
 
 「ニコラスも来たいなら来てもいいぞ。歓迎するかは別として」

 「行きたいなんて一言も言ってません。兄上が行くなら僕もそれに付き添う、それだけです」
 
 「なんだ、突っかかってきたからてっきり自分が誘われなくて拗ねているのかと思ったぞ」

 言い終わると、クランはニコを挑発するように口元の弧を深めた。

 「ハッ、勘違いも甚だしい。…………誰が貴方なんかに」

 ニコは鼻で笑うと、冗談でも笑えないと言った表情で吐き捨てた。
 普段よりも幾分か低い声音に、本当に拒絶している時の表情かお

 初めて、かもしれない。彼が心の底から拒絶を体現している姿を見るのは。
 ニコの横顔を眺めながら、何故だか少しだけ寂しい気持ちになった。

 ニコは心を許した者以外には、自ら関わろうとすることはない。それこそ、皆無と言ってもいい程に。
 それはゲームの設定とも類似していて、ニコラスというキャラクターは主人公以外に『友達』と言える相手がいない。
 勿論、他の攻略対象者達ともそれなりに交流するのだが、あくまで利用し合う関係しか築けていなかった。

 否、正確には主人公も『友達』であった期間は短く、物語が進むにつれて友達以上のものへと変わっていくのだが。



 「お前と友達になれそうにないことを残念に思うよ、俺は」

 「友達? その気もないくせに。貴方が『友達』になりたいのは兄上でしょう」

 的を射ていたのか、クランは苦笑して肩を竦めた。

 「違いない。けど、お前と友達になりたいと思ったのも嘘じゃない」

 「お断りします」
 
 「ニコ、そんな断言しなくても…」

 即答したニコに、流石にクランが可哀想だと声をかける。
 私個人としてはゲームのこともある為、出来るだけ関わりたくないが、ニコには家族以外に信頼出来る友人を作ってほしいとも思っている。

 私が異を唱えたことをどう受け止めたのか、何か言いたげにニコが口を開いた。

 「坊っちゃま方、そろそろお戻りになりませんと日が暮れてしまいます」

 しかし、ニコが何か言う前に先程私達を呼びに来たツィアーニ侯爵家の使用人が待ちかねたように話しかけてきた。

 確かに、彼が私達を呼びに来てからそれなりに時間が経っていた。お父様も心配しているだろうし、本当に戻らなくては。
 先程ニコが言おうとしていたことは後でまた聞けばいい。

 そう瞬時に頭の中で完結させて、クランに向き直る。

 「クラン、今日は案内してくれてありがとう。また機会があったら是非来訪させてほしい」

 「ん。またな、ローズ、ニコラス」

 「また、なんてないですから」

 「はいはい、行くよニコ」

 私はニコの背を押しつつ片手を上げて軽く手を振ると、クランも同じ様にブンブンと手を振り返してくれた。

 元気か。
 心中でツッコミを入れて踵を返し、ニコと一緒にお父様が待つ邸内へと急いだ。
 

 



 (私情により)更新が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 本日もありがとうございました。
 次回もお楽しみに(´˘`*)

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