魔王の息子が勇者のパーティーに入りました。

にゃしゃ

5話 ノースキル

真っ暗な中、耳のそばで風の空を切る音が聞こえてくる。
段々とまぶた越しに光が見えてくる。
なんだか嫌な予感がした。

――足の置き場を探す。

どうやら無いようだ。
少しずつ目を開けると太陽の眩しさが目をチクチクと刺してきた。
ゆっくり周りを見渡すと、一面水色の塗料をぶちまけたかのように青い。

――思った通りだ……。

ここは空らしい。

足、胴体、顔、手、の順に雲の中を突き抜ける。
「やっぱりあのゴブリン信用出来ないと思ったんだよな。」
と、言いながら腕組みをし、考える。
しっかり確認しておくんだったと少し後悔。
少し……な……?今頃後悔しても遅いことぐらい分かってる。
 だが、そんなことを考えている余裕も、もうなくなってきてるみたいだ。
 後、1000m程で湖へと身体が墜落するからだ。
 全身に力を入れる。

――浮力。

心で唱える。
 魔王の息子リアンだ。強力魔法はすべて習得済――。
すぐにでも体が浮く……はずだった。

――待てよ……。何も起こらない。

「は?」

 思わず声が出る。
 体が浮かないのだ。困ったな。
なぜ魔法が使えないのかを考える暇は無いな……このままでは湖へとまっしぐらなのだが…...。
 俺は、眉をひそめたが、現実は変わってくれないようだ。

数秒後、爆弾でも落ちたような音が村人達の住む下界に鳴り響いた。
鳥達が木々から飛び立つ。鳥の甲高い鳴き声や葉が擦れる音が共鳴していた――。

 悲しいかな……。
 これが魔王の息子である俺の始まり方のようだ。

湖には大きな水しぶきがあがった。
数秒経ち、さっきまでの騒がしさが嘘のように水面に綺麗な波紋が広がる。

静けさを取り戻したかのように思った湖だが、黒髪の少年が水面から顔を出し、また湖は暴れだした。

「クッソ痛ッッッテェエエエエエエ!!!!!!!!!」

俺、人生初の大絶叫!! 鳥達の鳴き声に俺の泣き声も追加された。
水面だったが、鉄にぶち当たったかのような激痛が尻から伝わって来た。

尻から全身に痛みが伝わって行くのと同じように、俺の声も森に共鳴し奥の方まで響いていた。
奥の鳥達までざわめいていた。

「ハァ……ハァ……。」

死に物狂いで岸辺へあがる。
痛いし、息が続かないし、ヘトヘトだ……。

落ちた衝撃でズボンがずり落ち、赤黒い尻尾が出ていた。

いつもはピンッとしている尻尾でさえ今はえている。
何だか悲しくなった。

「な……なんで俺がこんな目に……クソッ……。」

濡れた髪が顔に鬱陶しくまとわりついてくる……。嫌な気持ちをかき消すように右手で髪わしゃわしゃしながら思考を整理する。
ひと目でわかるがここは魔界の牢獄なのではない。

 森の真ん中に出来た湖に光が差し込む幻想的な空間――。

――どうやらゴブリンの操作ミスで村下界へ落ちたようだ。

「アイツ……。許さねぇ……。」

疲労した体からやっと絞り出した声は弱々しかった。

リアンの思考によぎったのは、魔界へ行くことが出来るのは『魔王』と『勇者パーティ』のみということだった。

帰るには不本意ながら魔王である父親に迎えに来て貰わなければならない。

――あのゴブリンも父さんには言わないだろうし……。

言えば殺されるのに、わざわざ言う奴なんていない。
しかも父さん引きこもっちゃってるし、いつ出てくるかも分からない。引きこもるなんて初めてなのだ。

分からないことだらけで体の底から沸き立つ怒りがフツフツと大きくなる。
すると――。

「――ガサガサ」

突然、近くの茂みが揺れ動いた。
「スラァ〜!!」
元気よく飛び出してきたのは、薄い青色をしたスライム上の魔物だ。

怒りオーラ満載のリアンの前に現れたのは不幸としかいいようがない。

――スライムか……。

やや背景が透けて見えるその体には、目ん玉や牙や口、腸のようなものがスライム状の液体内部に浮いている。

「いつ見てもきしょい……。」

魔物をにらめつける。
普段なら相手にする価値も無いような魔物だが、今の俺は機嫌が悪い。
運が無かったのは俺じゃなくてスライムかもな。

目を細め、スライムを見下した。
――哀れなやつ。
ゆっくりとスライムに右手の人差し指を向ける。

ہادو,اندھیرا,جادوダークウェーブ

苛立ちを隠せず早口になりながら詠唱。
いや、別に詠唱しなくてもいいのだが……。何となく……。ね。かっこいいし。

――と言うか……。

「スラ……??」

――何も起こらない。

少し冷や汗が出る。
『浮力』が使えなかった時から少し焦りはあったがその不安が今になって大きくなってゆく。

「どういう――」

右腕に力を込め五本の指をめいいっぱい広げ、スライムに向ける。

「――ことだ!?」

焦りから声が大きくなるリアン。
 広げた濡れている手は水滴を周りに散らす。
力んでいるせいか血管や骨が皮膚を通して浮き上がっている。

「!!!!!بانکا,لازمバインディングブレード

叫ぶ。リアンにとっては全力の魔力を込めたつもりだった――。

――何も起こらない。

絶望だ。

スライムはその一瞬のスキを見逃さなかった。

「スラァー!!」 

次は僕のターンだと言わんばかりにスライムが鳴き、こっちへ向かってくる。
スライムにタックルされた。

リアンからすればよろめく攻撃でも無いが、魔力が使えず絶望に苛まれている者を押し倒すには十分すぎる攻撃だった。

ドサッと土の上に尻もちをつく。

「俺は……何もできなくなっちまったのか……。」

今度は自分に腹が立ってきた。
どうしようもないこの怒り……。

「クソっ!!!」

握りこぶしで体の横の地を叩いた。
その瞬間――

メキッ…… メキメキメキ……ドコォォォンンンン

さっき叩いた地面が凄まじい音を立て、5m程の割れ目が数カ所に渡り広がっている。
その音に驚いたスライムは慌てて走り去った。

だが、今はスライムなどどうでもいい。
目線が割れ目から離れない。
濡れた髪から滴る雫が地面の割れ目へと吸い込まれていく。

「そういや……。」

――考えろ俺……。

リアンはあることを思い出した。
俺が落ちた距離と水面の距離は1500m以上は確実にあったはずだ。
普通の人間なら……やばいよな?
でも、俺は死んでない。
つまり、魔力は使えないが、身体能力のみはあるってことだ。

――ただ、魔界にいた時よりは力が無い……。前は100mくらいなら軽く亀裂が入っていたはずだ。

魔界――まか、い。

リアンは父の言葉を思い出した。
とても、とても重要な言葉を。

コメント

  • 結月  五紀

    そうですね…面白いです。

    1
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