ACT(アクト)~俺の婚約者はSな毒舌キャラを演じてる…~

うみたけ

全てはお義母さんの掌の上でした……

 「それで、さっきのライン……“盛大に勘違いしてる”ってどういうことですか?」

 なごみ母からのラインを受け取った俺は、すぐさま波志江家へと向かうと、ダイニングに通されて、席に着くや否や居ても立ってもいられず、単刀直入に本題を切りだした。

「私にも、ちゃんと説明して!」

 隣に座るなごみも俺に追随。どうやらなごみもまだ何も聞かされていないらしく、二人して身を乗り出し、正面の席に座るおばさんの方をまっすぐ見据えて言葉を待っていると、

「いやぁ~二人とも今回は良く頑張ったわね~。ま、でも私はアンタ達ならこれくらいできるって分かってたけどね~」

返って来たのは俺達の質問への回答をはぐらかすような軽薄な口調。

「いや、そういうことじゃなくて! 俺達が聞きたいのは――」
「も~そんなに焦んないの。せっかちな男はモテないわよ~? ――あ、もう奏太君はなごみがいるからモテなくていいのか! はははっ!!」
「お母さん!!」

 なごみはふざける自分の母親を叱責し、俺は『何笑ってんだ! 空気読めよ、このババァ!!』――という言葉をすんでのところでぐっと飲み込んだ。

「もう、二人ともそんなに怖い顔しないでよ。仕方ないわね」

 だが、そんな彼女もピリピリムードの俺達二人の様子を見て、ようやく本題に入る気になったようで、

「ラインに書いた通りよ。アンタ達は二人とも今回の結果を勘違いしてる……それだけよ」

彼女は一度そう切り出してから一旦言葉を切ると、俺達二人の様子を交互に窺いはじめた。
 え……まさか、『チャンスは今回の一度きり。“次のチャンス”なんてあるわけないでしょ?』とか言い出さないだろうな……? 頼むからそれだけは勘弁してくれ……。
 ゴクリと唾を飲み込み、心の中で祈りながら次の言葉を待つ俺。ふと隣を見ると、なごみも緊張した面持ちで判決を待っていた。決して心が読めるわけじゃないが、恐らくなごみも考えていることは同じだろう。
 そんな緊迫した空気が部屋中に充満する中、おばさんは不敵な笑みを浮かべながら判決を言い渡してきやがった。そして……

「アンタ達、何か二人して今回のテストの結果見て別れることにしたらしいけど……別にそんなことする必要なんてないのよ? ――だって、アンタ達は私が出した条件をちゃんとクリアしたんですもの」
「「!!」」

その喜ばしい判決が耳に届いた瞬間、俺となごみは同時に顔を見合わせ、最悪の結果に鳴らなかったことを確認し合うと、二人してほっと胸を撫で下ろした。
 が、しかし……『別れなくていい』という部分に内心喜びつつも、『なぜ?』という疑問を無視することはできず。もしかしてなごみが点数を詐称して報告してるとか? ――いや、素の性格だと嘘を吐くのが極端に下手くそななごみにそれは無理。
 でも、じゃあどうして……? ――そう戸惑いを隠せずにいると、

「『なごみは赤点があったのに、どうして条件をクリアしたことになってるのか?』って顔してるわね」
「!!」

 おばさんは、全て見透かしたかのような笑みを浮かべながら、俺が考えていたことを見事に言い当て、

「私が出した条件は”二人とも全科目前回のテストより点数を上げる”よ。誰も”一つでも赤点取ったら失格”なんて条件出してないわよ?」
「なっ!?」
「えっ!? えっ!?」

ニヤリと笑いながら俺の疑問への回答を告げてきた。

「い、いやいや! でも、あの時おばさん『全科目赤点以上なら合格』って――あ!!」
「あら、奏太君は気がついたみたいね」

 反論するため、条件を交わした時のおばさんのセリフを持ちだし、再現したところで……俺はようやく自分の勘違いに気がついた。

「え!? ど、どういうこと!?」
「なごみ、お前前回の自分の成績……正確に覚えてるか?」
「え? えーっと……確か全科目ギリギリ赤点に届かなくて……あれ? そういえば正確な点数、覚えてないかも……」
「……まぁ、簡単に言うと、そういうことだ」
「え? 何? どういうこと!?」
「おばさん、どうせちゃんと知ってるんでしょ? なごみの前回のテストの正確な点数……」

 俺はこの場でただ一人、未だに状況を把握できていない少女を放置し、ため息混じりにおばさんへと質問してみた。すると、

「勿論! これがなごみの前回のテストよ」

おばさんはそう言って、あらかじめ用意していたであろうテスト用紙を、バサッとテーブルの上に並べ、

「現代文30点、古典27点、英語リーディング25点、英語ライティング26点、日本史32点、生物29点……化学22点、数学Ⅱ23点、数学B20点――これで全部よ」
「やっぱり、そういうことか……」


楽しげな口調で歌うように読み上げられた全科目の点数を聞き終え、俺は、本日二度目のため息をつきながら頭を抱えた。

「あれ? ちょっと、お母さん!? 全科目赤点周辺とか言ってなかった? 20点台前半の科目いくつかあるんだけど」

うん。まぁ、当然なごみはそういう反応になるだろうね……。でも、

「ごめんごめん。間違えちゃった」
「そんな無責任な――」
「あら、でもお母さん、こうも言ったはずよ? 『正確な点数は分からないけど』って。それに『全科目赤点回避なら合格確実』って別に嘘は吐いてないわ」
「そ、そんな!!」
「それに、面倒くさがってなのか、忘れてたのか分からないけど、私は正確な点数を隠してたわけではないんだから。ちゃんと調べておかなかったアンタ達のミスよ」
「!!」

 してやったり、といった表情を向ける自分の母親を見て、ようやくなごみも自分がかなり初歩的な段階で勘違いしていたことに気がついたらしい。
 そう。俺達はなごみ母に上手く誘導されていたのだ。
 なぜ俺達が条件をクリアしたことになっているのか? ――実際に俺もなごみも前回のテストより全科目点数を上げることに成功していたから……。
 俺達は何を勘違いしていたのか? ――なごみの前回の点数……。
 なごみはなぜ自分の前回の点数を違いしていたのか? ――会話の中で、なごみが“自分の前回の点数は全科目ギリギリ赤点に届かなかった。だから今回は全科目赤点回避が必要だ”と勘違いするようにおばさんが誘導していたから……。
 俺はなぜなごみの合格ラインが“全科目赤点回避”だと思い込んでいたのか? ――おばさんの『前回はもうちょっとで全科目赤点回避だったのにって言ってなかった?』『まぁ、今言えるのは全科目赤点周辺ってことね。とりあえず全科目赤点回避なら合格確実ってことよ』という言葉から“全科目赤点回避”が必須だと勘違いしてしまったから……。
 つまり、簡単にまとめると……

「俺達は二人とも最初からおばさんに勘違いさせられて、弄ばれてたってことだ……」
「ちょっとちょっと! 騙したとか、弄んだとか失礼ね。私、嘘は吐いてないわよ? なごみに死に物狂いで勉強させようと、ちょっと言い方を工夫した結果奏太君達が勝手に勘違いしただけよ。そうでしょ?」

 この人前世は詐欺師だったに違いない。と、目の前で楽しそうに満足気な顔をしているおばさんに、心の中で呟き、

「いや、っていうか、そんな回りくどいことする必要なくね? 別に最初から“赤点回避”を条件にすれば良かったんだし」

悪態をつきながら訊ねてみた。すると、

「何言ってんの。そんな条件じゃクリアするのかなり厳しいじゃない。実際点数も足りなかったわけだし」
「え? いや、でも――」
「私はなごみの成績を何とかしたかっただけ。最初から本気でアンタ達を別れさせようなんて思ってないわよ――言ったでしょ? 基本的に二人の交際やら結婚は大歓迎だ、って」

おばさんはそう言って、親指を立てて茶目っ気たっぷりのウインクを向けてきた。そんな悪戯大好きな40代に、

「……なるほど。結局今回は全部おばさんの掌の上だったってことね」

俺が力なく自嘲を浮かべる一方で、

「でも、良かった……。奏太君と別れずに済んで……」

隣に座る少女はそう小さく呟き、少し目に涙を溜めながらも嬉しそうに笑っていて。

「奏太君! これからもよろしくね!」
「お、おう」

一転の曇りもない満面の笑顔をこちらへ向けてきた。
 まぁ、細かいことはどうでもいいか。今はとりあえず、これからもコイツと一緒に居られることを素直に喜ぶとしよう。気付けば自然と俺も笑顔になっていた。

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