からっぽの金魚鉢で息をする

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ねえ、私と仕事、どっちが大事?


賑わうショッピングモールの
一角で、笑顔で問う彼女は
いつも、何と答えるわけでもなく

うん

と一言添えるだけの僕に

いろんな人が居るよね、
この世の中には。

と、さらに答えにならない一言で
終止符を打つ。



彼女は、
嬉しい時には悲しい曲を聴く。


僕にとっては、悲しい調べの曲を。


それでいいの?それ、欲しかった物?

通路にずらりと立ち並ぶマネキンが
着ていたスカートを手に取り、
彼女は真っ直ぐにレジへと向かう。


僕の声は、彼女には届いていない。
まるで、この世界から居なくなって
遠いどこかに丸めて捨てられたような
気持ちになる。


彼女には届かない声がある。



ふたりの共通点と言えば、

夜に日本酒を飲むことくらいだと思う。

それも、気の済むまで。


2人で居る夜は、必ず、夜空が
澄み渡っている。

植物が置かれている彼女の家の
ベランダのカントリー風の小さな
テーブルは、2人分のお猪口を並べるだけで精一杯だ。



半分より少し
多めに注がれたお猪口を人差し指と
親指でつまむようにもち、
底をくるくると回すのが僕の癖だ。


その光によって変わる色がわたし、好きなの。

と、彼女は、うっとりと酔いが回った
視線で呟いた。



自分で回したお猪口を自分で
見つめたことなど無かった。

変わるの?

と、視界がぼやける中で呟いた。


こんな緑色、初めて見た。

彼女の言葉を一時飲み込もうとしたが
僕の口からは、ふふっと言う笑い声が溢れた。


これは、どう見たって黄色だよ。


嘘でしょう?
緑色が好きだからそう見えたのかな。


彼女も思わずふふっと笑う。


僕たちは、見える景色や感じる言葉の
違いを、全て愛しく思えるほど
互いを愛していた。


今夜は、彼女の緑色のスカートが
一番星のように夜空に映えていた。


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