久遠

メイキングウィザード

第30話 VSシルヴィア


「嫌な予感がする」

 そう言って吾郎が祭の元を離れてから既に小一時間が経過しようとしていた。
 一人残された祭は警戒しながら夜の住宅街を巡回する。
 日本刀はなくとも彼女の実力なら連続殺人犯を前にしても容易に対処することができるだろう。
 だが彼女の前に現れたのは人間ではなかった。

「ごきげんよう。ハンターさん」

 吸血鬼!
 すぐさま身構える祭。相手の顔には見覚えがある。昼に直江の横を歩いていた人物だ。
 特捜隊の情報を聞き出すために直江に近づいたのだな、と祭は考えた。

「とんだ女狐やね……」
「あら。私をキツネ呼ばわりするなんて……ひねり潰してあげましょうか、小さなスズメさん」

 赤い目を隠しもせずにさらすシルヴィア。
 昼の時とは違い、麦わら帽子も被らずスラッとした黒いドレスをまとっている。

「それは私の物なの返してもらえる?」

 シルヴィアは祭の指につけているリングを指した。

 ……どうして、これを?……。

 一瞬、祭は自らの指につけてあるそれに視線を落とす。
 これは廃校で異国から来た吸血鬼を討伐しに行った日の夜に見つけたものだ。
 外で待機していた祭は廃校の敷地内から飛び出してきた影に気づき、そしてその影が落としたこの指輪を拾った。

 かつて師がつけていた物と酷似していたからだ。
 どうしてこんなものを吸血鬼が求めているのかは知らないが、はいどうぞと渡しはしない。

「そんなに欲しいんやったら、奪ってみ!」

 祭が啖呵をきる。しかし既にシルヴィアは動いていた。

「もちろんそのつもりだけど、もしかしてあなた私のこと平和主義者か何かに見えたの?」

 人間離れした跳躍力で祭の背後に回っていたシルヴィアが急襲する。
 彼女から生える五本の爪が伸びて互いにねじれあい一本の刃となっていた。
 それを咄嗟に身をひねりかわす。鼻先を異形の刃がかすめていく。祭が回避と同時に蹴りを放ち、足の先がシルヴィアの胸元に直撃した。さらに蹴りの当たった相手の体を利用して、そのまま跳躍。後方に着地して彼女と距離をとることにも成功した。

 シルヴィアの胸元が裂けて青い血が流れだしている。
 見れば祭の靴から鋼の刃が飛び出していた。

「……あなた凄いじゃない!」

 シルヴィアは目を輝かせて喜んでいた。
 正直今まで、祭の小さな見た目からここまでの強さを感じられていなかったのだ。
 だが今の刹那の攻防ではっきりとわかった。奇を狙って攻撃をしかけた自分がもう手傷を負わされているのだ。並のハンターではないことは明白。

「ねえ鳴華!やっぱりこの子なのね!あの最強を殺した女の子って!」

 祭は背後からの気配に気づいて目を向ける。

「……鳴華……お姉ちゃん……」

 そこにはかつての仲間が街灯に照らされていた。
 面持ちは記憶にあるそれと一緒だが、目は虚ろで焦点が定まっていない。

「もう。鳴華ったらこういう時はだんまりなのね。お昼は私の言うこと聞かないで勝手に話始めたっていうのに」
「……鳴華お姉ちゃんに何したんや……」
「ただ私に従属させているだけよ。そんなに怖い顔しないで。ゾクゾクしちゃうから」

 いつのまにかシルヴィアの出血が止まっている。
 胸元の青い血は発火せず、その場で凝固して傷を止血しているのだ。
 シルヴィアが指示を出すと鳴華が持っている刀を祭に投げ渡した。

「それを使って。私はあなたの本気がみたいの」

 その赤血刀はロックがかかっておらず改造されたものだった。
 摸造刀ではない。プロの滅鬼師のみが使うことを許される本物の刀だ。
 切れるのは魔物だけではない。
 そして最後にこれを使った時のことを祭は覚えている。
 
あの雪の日。慕っていた師を殺さなければならなかったあの時。人をその手で殺めたあの感触や記憶がいつまでも頭にこびりついて消えてくれない。
 師匠は自らの体に流れる異界の血に支配されて大勢の仲間を殺した。その彼女を祭は処刑した。
 麻上家は一族の仲から殺人鬼が出たことを隠したかった。百鬼夜行からこの国の窮地を救ったとして台頭したというのに、こんな不祥事でその地位を揺るがすわけにはいかなかった。だから任務中の事故として全てを偽装した。

 だから祭は事故で同僚を死なせた罪で資格一時停止の処分を受けた。
 人が死んだというのに軽い処罰で済んだのはその罪が建前であったということと、麻上の根回しがあったからだ。

 刀を握れなくなることは祭にとっても都合がよかった。
 どうしても刃のついた刀を握るとあの時の光景が浮かんでくる。
 初めは摸造刀でもダメだった。
 しかし廃校で仲間たちが命の危機に瀕しているのを見て、やむを得ず再びその手は刀を握った。

「……うちがやらな……」

 目の前の吸血鬼は強敵だ。傷を短時間で塞ぎ、人間を洗脳する力を持っている。その力の使い方を見るだけで相手が純血の貴族、吸血鬼の中でも上位の存在だと理解できた。
 ここで駆逐できなければ間違いなく特捜隊の仲間にも危険が及ぶ。
 もう大事な人は死なせない。
 祭が刀を鞘から抜き放つ。

「さあ始めましょうスズメさん!命尽きるまで私と踊り殺し合って!」

 走り出した祭を抱きしめるかのように両手を大きく広げるシルヴィア。
 その顔に青い鮮血が飛び散る。
 一秒にも満たないわずかゼロコンマ数秒で繰り出した驚異的な何回もの斬撃。
 いったい何が起きたのか彼女にはわからない。
 気づけば地に膝をついて両手はダラリと垂れ下がり四肢に力が入らないのだ。

 ………この子……今の一瞬で……?

 両手、両足の腱が切断されている。
 麻上流鬼葬剣術 教えの七 死屍惨々。
 四撃で相手の行動を封じたうえで次の一撃をもって止めをさすこの型は本来動きの緩慢な相手に使うものだ。しかしそれを祭がシルヴィアが反応できないほどの速度で繰り出した。
 最後の一撃をいれなかったのは『もし私が死にそうになったら全力で相手の攻撃を防ぎなさい』と命令されている鳴華が気を放ったことによる警戒。

 ……話が違うじゃないのよ、あのオカマ………。

 バンピールから祭はカテゴリー3の重装悪鬼兵に苦戦していたと聞いていた。
 だがこの実力は間違いなくカテゴリー3どころか4でも5でも問題なく狩れるレベルだ。
 祭は別に力を隠していたわけではない。徐々に感が戻って来ているだけなのだ。
 なにせ彼女は最強を殺めた存在なのだから。


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