久遠
第14話 魔女狩り
それは直江がまだ吸血鬼特捜隊に入ってすぐのころの話だ。
いつものように授業を終えて特捜隊の本部こと物置代わりの教室にいくと一人の少女がいた。窓辺の机に突っ伏して寝ているようだった。
……だれだろう。
まだこの時の直江は特捜隊のメンバーを創設者である吾郎しかしらなかった。
けれどこの子は何度か学校で見たことがある。
確か名前は―――。
「立花 祭」
声とともに彼女はパチリと瞼を開けた。今起きたのか、それとも寝ているように見えてそんなことはなかったのか。
「あ、ぼ、僕は直江 有伍」
そう言ってぎこちない笑みを浮かべる直江。だが彼女はすぐにまた机に突っ伏して瞼を閉じた。愛想の悪い子だなあと思った。けれど別に嫌な感じはしない。
「おう、直江。来てたのか」と吾郎が教室に入ってくる。
「吾郎。この子も戦うの?」
「いや、祭は戦わない。ダメなんだ」
直江はそのダメという言葉を勝手に解釈した。
滅鬼師見習いとして相手にするのは大したことのないレベルの魔物だが、それでも危険はつきもので命を落とす可能性だってある。だからこんな女の子には戦わせることなどできない。そういう意味だと思った。
だが違った。
カテゴリー3の重装悪鬼兵を討伐してから一週間が経過していた。
奇跡的に攻撃を受けた吾郎も四ノ宮も命に別状はなく、脳震盪の影響があった四ノ宮は数日で回復し、骨にヒビが入っていたはずの吾郎もなぜか完治。いったいどんな体をしているんだと直江が驚愕したほどである。
それに吸血鬼に捕まって廃校に捕われていた女性も無事だった。幸いなことに吸血鬼の姿も直江達が戦闘を繰り広げる様子も目撃していない。何事もなく日常に帰ることができるだろう。
しかし良い話ばかりではなく、残念なことに鬼を操っていたイギリス系の吸血鬼は逃走したまま見つかっていない。
おそらく他の街に逃れたのだろうと結論を出し、特捜隊は捜索を打ち切った。
この八坂という街に吸血鬼特捜隊があるように、別の地区にはまたハンター数名からなる組織が配置されている。そもそもなぜ奴がはるばる外国から日本にやってきたのかという理由は、もう管轄ではないのでわからずじまいだ。
そして現在。吸血鬼特捜隊の中で祭を除いた男子3名が雷名高等学校の敷地内にあるトレーニング施設で筋トレに励んでいた。
カテゴリー3の鬼に惨敗した結果を受け止めて、地道に体力をつけようという吾郎の提案だった。三人とも制服から動きやすい格好に着替えて、吾郎は200キロもあるダンベルを持ちながらスクワット。直江は重りを両手足につけてランニングマシンに乗り、四ノ宮はなぜか隅で瞑想している。あまりにも浮いた様子の三人に他の生徒達は近づけない。
「そういえば……」と吾郎がスクワットをしながら零す。
「指名手配すればいいんだよな」
「え、なにが!?」と若干叫び気味に反応したのは息を切らしながら走る直江。
「だから。あの逃げた吸血鬼だよ。俺達ハンターの間では情報が回ってるけどよ。一般市民にも公表して、警察にも協力してもらえればすぐに見つかるのにな」
滅鬼師はあくまで影の存在。《本局》やハンターを育成する組織はあるが、一般に公とはなっていないままである。噂では警察組織の上層部や一部の官僚は認知しているといわれているが、どこまで本当なのかは定かではない。無闇やたらに魔物の存在やそれを狩る者の存在を言いふらすだけで、《本局》からの処罰の対象になるとも直江は聞いたことがあった。
吾郎の話に直江はうなづいたが、四ノ宮は首を横にふったあとバカにしたように「っふ」と鼻で笑った。
「まったく君達はやれやれだねえ。僕たちや魔物の存在を公にする?そんなことをすれば大パニックさあ」
「でもよお。今だって人の血を吸う化け物が人間に混じって隠れてるんだぜ?黙ってたら被害者が増えちまう一方だろ」
あの逃げた吸血鬼はこの街にいるバンピールとは違う。腹がへれば人を襲い、血を吸って殺す。プロがこようがなんだろうがお構いなしに暴れる可能性だってある。
「吾郎くん。君は魔女狩りを知っているかい?」
「魔女狩り?なんだよそれ。必殺技の名前か?」
「フランスやドイツで実際にあった迫害のことさ。魔女と疑わしい者が次々に処刑された。それはもうひどかったらしい。悪い魔女も、良い魔女も、そして魔女といわれた人間も、みんな殺された。人とは違う力があるという理由でね。いいかい?僕たち滅鬼師が狩る対象は人間を補食する天敵のみ。でもこの日本には人間でありながら普通とは違う力を持つ存在がいる。例えば僕がそうさ」
四ノ宮がシャツをめくるとちょうど胸の下あたりに不思議な印が刻まれてあった。
「これは僕の一族なら誰もが15の時に浮かぶ刻印でね。一族の証みたいなものさ。僕ら四ノ宮の体の中にはほんの少しだけ異界の存在の血が混じっているらしくてね。その血と宝刀我写髑髏の二つが合わさって異界の扉を一時的に開くことができるのさ。つまり僕だって普通の人とは違うのさ」
前回の戦闘では我写髑髏の不調により失敗したが、本来彼が繰り出す我写髑髏はカテゴリー3と同じレベルの強さを持った巨大な骸骨を召還するものだ。
つまり、彼がその気になれば学校でそれを召還して生徒を皆殺しにすることも可能。
もちろん四ノ宮がそんなことをするわけがない。しかしそのような力を持った存在がいると知れば何の力も持たない一般の市民はどう思うのだろうか。
やられる前にやれと過激な思考を持った者がいないとも限らない。
「だからこの日本で魔女狩りなんておこさせないために、僕らやその敵の存在は伏せられているのさ」
「ほー。ま、もし魔女狩りみたいなことがあっても四ノ宮は大丈夫だろ。ちっちゃい骸骨しか出せないし」
「あれは違うのさ!あの時は調子が悪かっただけさ!きっと直江くんがベタベタと煩悩まみれの手で触ったから妖力が落ちたに決まっているのさ!本当ならあれの数十倍はある奴が出て……」
「はいはい」
いつものように授業を終えて特捜隊の本部こと物置代わりの教室にいくと一人の少女がいた。窓辺の机に突っ伏して寝ているようだった。
……だれだろう。
まだこの時の直江は特捜隊のメンバーを創設者である吾郎しかしらなかった。
けれどこの子は何度か学校で見たことがある。
確か名前は―――。
「立花 祭」
声とともに彼女はパチリと瞼を開けた。今起きたのか、それとも寝ているように見えてそんなことはなかったのか。
「あ、ぼ、僕は直江 有伍」
そう言ってぎこちない笑みを浮かべる直江。だが彼女はすぐにまた机に突っ伏して瞼を閉じた。愛想の悪い子だなあと思った。けれど別に嫌な感じはしない。
「おう、直江。来てたのか」と吾郎が教室に入ってくる。
「吾郎。この子も戦うの?」
「いや、祭は戦わない。ダメなんだ」
直江はそのダメという言葉を勝手に解釈した。
滅鬼師見習いとして相手にするのは大したことのないレベルの魔物だが、それでも危険はつきもので命を落とす可能性だってある。だからこんな女の子には戦わせることなどできない。そういう意味だと思った。
だが違った。
カテゴリー3の重装悪鬼兵を討伐してから一週間が経過していた。
奇跡的に攻撃を受けた吾郎も四ノ宮も命に別状はなく、脳震盪の影響があった四ノ宮は数日で回復し、骨にヒビが入っていたはずの吾郎もなぜか完治。いったいどんな体をしているんだと直江が驚愕したほどである。
それに吸血鬼に捕まって廃校に捕われていた女性も無事だった。幸いなことに吸血鬼の姿も直江達が戦闘を繰り広げる様子も目撃していない。何事もなく日常に帰ることができるだろう。
しかし良い話ばかりではなく、残念なことに鬼を操っていたイギリス系の吸血鬼は逃走したまま見つかっていない。
おそらく他の街に逃れたのだろうと結論を出し、特捜隊は捜索を打ち切った。
この八坂という街に吸血鬼特捜隊があるように、別の地区にはまたハンター数名からなる組織が配置されている。そもそもなぜ奴がはるばる外国から日本にやってきたのかという理由は、もう管轄ではないのでわからずじまいだ。
そして現在。吸血鬼特捜隊の中で祭を除いた男子3名が雷名高等学校の敷地内にあるトレーニング施設で筋トレに励んでいた。
カテゴリー3の鬼に惨敗した結果を受け止めて、地道に体力をつけようという吾郎の提案だった。三人とも制服から動きやすい格好に着替えて、吾郎は200キロもあるダンベルを持ちながらスクワット。直江は重りを両手足につけてランニングマシンに乗り、四ノ宮はなぜか隅で瞑想している。あまりにも浮いた様子の三人に他の生徒達は近づけない。
「そういえば……」と吾郎がスクワットをしながら零す。
「指名手配すればいいんだよな」
「え、なにが!?」と若干叫び気味に反応したのは息を切らしながら走る直江。
「だから。あの逃げた吸血鬼だよ。俺達ハンターの間では情報が回ってるけどよ。一般市民にも公表して、警察にも協力してもらえればすぐに見つかるのにな」
滅鬼師はあくまで影の存在。《本局》やハンターを育成する組織はあるが、一般に公とはなっていないままである。噂では警察組織の上層部や一部の官僚は認知しているといわれているが、どこまで本当なのかは定かではない。無闇やたらに魔物の存在やそれを狩る者の存在を言いふらすだけで、《本局》からの処罰の対象になるとも直江は聞いたことがあった。
吾郎の話に直江はうなづいたが、四ノ宮は首を横にふったあとバカにしたように「っふ」と鼻で笑った。
「まったく君達はやれやれだねえ。僕たちや魔物の存在を公にする?そんなことをすれば大パニックさあ」
「でもよお。今だって人の血を吸う化け物が人間に混じって隠れてるんだぜ?黙ってたら被害者が増えちまう一方だろ」
あの逃げた吸血鬼はこの街にいるバンピールとは違う。腹がへれば人を襲い、血を吸って殺す。プロがこようがなんだろうがお構いなしに暴れる可能性だってある。
「吾郎くん。君は魔女狩りを知っているかい?」
「魔女狩り?なんだよそれ。必殺技の名前か?」
「フランスやドイツで実際にあった迫害のことさ。魔女と疑わしい者が次々に処刑された。それはもうひどかったらしい。悪い魔女も、良い魔女も、そして魔女といわれた人間も、みんな殺された。人とは違う力があるという理由でね。いいかい?僕たち滅鬼師が狩る対象は人間を補食する天敵のみ。でもこの日本には人間でありながら普通とは違う力を持つ存在がいる。例えば僕がそうさ」
四ノ宮がシャツをめくるとちょうど胸の下あたりに不思議な印が刻まれてあった。
「これは僕の一族なら誰もが15の時に浮かぶ刻印でね。一族の証みたいなものさ。僕ら四ノ宮の体の中にはほんの少しだけ異界の存在の血が混じっているらしくてね。その血と宝刀我写髑髏の二つが合わさって異界の扉を一時的に開くことができるのさ。つまり僕だって普通の人とは違うのさ」
前回の戦闘では我写髑髏の不調により失敗したが、本来彼が繰り出す我写髑髏はカテゴリー3と同じレベルの強さを持った巨大な骸骨を召還するものだ。
つまり、彼がその気になれば学校でそれを召還して生徒を皆殺しにすることも可能。
もちろん四ノ宮がそんなことをするわけがない。しかしそのような力を持った存在がいると知れば何の力も持たない一般の市民はどう思うのだろうか。
やられる前にやれと過激な思考を持った者がいないとも限らない。
「だからこの日本で魔女狩りなんておこさせないために、僕らやその敵の存在は伏せられているのさ」
「ほー。ま、もし魔女狩りみたいなことがあっても四ノ宮は大丈夫だろ。ちっちゃい骸骨しか出せないし」
「あれは違うのさ!あの時は調子が悪かっただけさ!きっと直江くんがベタベタと煩悩まみれの手で触ったから妖力が落ちたに決まっているのさ!本当ならあれの数十倍はある奴が出て……」
「はいはい」
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