それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈expiry point 3-Who's Guardian〉 十二話

 フレイアの寝息が聞こえてきたのを確認してからそっと立ち上がった。俺は俺でやらなければいけないことがあるからだ。

 この前うちに現れた宮川清志の所持品をテーブルの上に広げた。財布を手に取り、中身を全部並べていく。その中には免許証もあった。

 あの時はフレイアと話し込んでしまったから財布の中までは見ていなかった。その後もいろいろと忙しく、宮川の所持品のことはすっかり忘れていた。

「うし、行くか」

 黒系のズボンとパーカーに着替え、宮川の免許証をポケットに突っ込んだ。俺個人の所有物として持っていくのは家の鍵とライセンスだけ。財布は置いておこう。

 机の引き出しから軍手を取り出して、これもポケットに入れた。

 戸締まりを確認してから家を出た。フードを目深に被って歩きだす。向かう先はもちろん宮川の家だ。

 電車などの公共機関、及び交通機関は使わない。誰がどこで見ているかわからないからだ。極力人目を避けて、細い路地をメインにして宮川の家を目指す。

 幸いと言っていいのか、電車で二駅分くらいの距離だ。誰にも見られていないのならば全速力で走ることもできる。

 障害物を飛び越えながら一気に路地を駆け抜けた。時折大通りに出ることもあるが、横切る時だけは普通の人間を装う。

 こうして、十数分後には宮川の家の前に到着した。二十分もかからなかったな。

 一軒家。玄関の前には自転車が二つ。駐車場には車が三台。

 誰かが玄関から出てきた。スーツ姿の男性が二人、エプロン姿の女性が一人。

 俺は物陰に隠れて聴覚を強化、会話を盗み聞きすることにした。

「主人はいつになったら帰って来るでしょうか」
「それはわかりません。しかしこちらも全力で協力させてもらいますが」
「どうか、よろしくお願いいたします」

 女性が深々と一礼すると、スーツ姿の男性二人も頭を下げた。

 男性二人が車に乗り込んでどこかに行ってしまった。女性はそれを見送ると、暗い顔のまま家の中に入っていった。

 あれはきっと宮川の妻だろう。あの暗い顔、それと先程の会話から察するに、宮川は失踪扱いになっているんだろう。男性二人は警察官、ってところか。

 俺はここまで、そんなこと考えもしなかった。現実の世界なんだから、宮川にも生活がある。きっと最初に倒したワーウルフのヤツだって同じなんだ。

「俺たちが殺したのも同然、なんだよな」

 おそらくは宮川は上司の命令で俺の家にやってきた。だが直接手を下したのは俺たちだ。

 いくらミカド製薬の社員が悪いことをしていたとしても、彼らには彼らの人生があって、生活があるのだ。向こうの世界のように、向かってきた敵をただ倒しているだけではいけないのかもしれない。

 それもまた、俺一人では決められないことだ。

 その場にうずくまり、これからどうしたらいいのかを考えた。本当は家に侵入して、ミカド製薬に関しての情報を仕入れたかった。仕入れたかったのだが、宮川の妻が家にいるとあればそう簡単にはいかない。

 引き返すことも出来ぬまま、無言で宮川の家を見た。そこで、宮川の妻が出てきた。エプロンは外している。

 家に鍵をかけてから、車に乗り込んでどこかに行ってしまった。その間もずっと、彼女の顔は沈んだままだった。

 当然好機なのだが、胸中には居た堪れなさが渦巻いていた。

 左右を確認してから家に近付く。その際に軍手を両手にはめた。

 玄関の鍵は当然閉まっている。さらに左右や背後を目視してから庭の方へ。窓ガラスも閉まっていた。まあ、当たり前か。

 ふと上を見上げると、一つの部屋からカーテンがはみ出していた。網戸に挟まっているようだ。

 今の俺の脚力ならば問題なく登れる。

 少しだけ助走をつけてジャンプ。窓の下に左手の指を引っ掛け、右手で網戸を開ける。両手の力を使って素早く室内に侵入した。侵入と同時に網戸とカーテンを閉めた。

 入った場所は書斎のようだった。右の壁際には本棚があり、左側には机がある。女性の部屋、という感じではない。するとここは宮川の部屋か。窓が開いていた理由まではわからないが、おそらくは宮川の妻が掃除でもしたのだろう。

 首を横に振って考えを払拭した。あれやこれやと考えていても仕方ない。とにかく情報を得るんだ。

 そうすれば、宮川のような人間もきっと減るだろう。それは家庭が守られることにも繋がる。悲しむ人間が減るのはいいことだと、今は自分に言い聞かせるしかない。

 机の上に置いてあるパソコンの電源を入れる。同時に、引き出しを開けて中を物色していく。

 引き出しの中には特に目ぼしいものはない。資格がどうのとか、釣りの雑誌だとか、旅行のパンフレットだとかそんなものばかりだ。

 パソコンに目をやると、パスワードを求める画面が映し出されていた。これも想定内。鍵がかかっていなければいいな、程度だった。

 残りの引き出しを漁りながらパスワードになりそうなものを探していった。

 が、必要そうな情報は一切得られない。あれだけのことをしたのだから、当然なにかあるだろうと思っていた。

 一度、免許証の誕生日を入れてみた。だがダメだった。

 少し考え、部屋を出ることにした。出るといっても外にではない。廊下へと出たのだ。

 宮川の妻の誕生日がわかれば、もしかしたらパスワードになりうるかもしれないと思ったのだ。

 妻の部屋と思われる場所に侵入して、彼女の身分証明書などがないかを探した。

 アンティーク調の机の中からパスポートを発見。それを持って宮川の部屋に戻った。しかし、これもはずれだった。

 他にはなにかないかと階下に下りる。ダイニングへと出ると、テーブルの上に白い封筒を発見した。

 嫌な予感がした。

 気がつけば俺はその封筒を手に取り、中に入っていた手紙を開いていた。



〈愛しい愛美へ

 キミがこれを読んでいるとき、ボクはそこにいないと思う。
 辛い思いをさせるかもしれない。そのことについては、謝っても謝りきれない。
 キミといた時間は柔らかく、とても素晴らしいものだったよ。
 二度と会うことはないかもしれないけれど、キミが元気でいてくれると嬉しい。
 それでは、お元気で。

                                     清志〉



 それは、とても短い別れの手紙だった。

 手紙を書いた本人は、手紙の通りにもう存在していない。存在を消したのは俺たちで、命令をしたのはきっと……。

 手紙をそっと封筒に戻し、机の上に置いた。

 宮川の部屋へと戻ると、来た時と同じ窓から外に出た。

 どうしようもないほどの後悔と、やり場のない感情が頭の中をぐるぐる周り、よくわからなくなったあたりで目頭が熱くなった。

 もう戻せないんだなと、その時初めて理解した。

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