それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 3-Kindness Piece〉 十二話

 宿屋に戻り、女部屋へと向かった。四回ノックすると「どうぞ」というメディアの声が聞こえた。双葉を先頭にして入ると、メディアがフレイアの看病をしていた。

「フレイアの調子はどうだ?」
「良くはないわね。数時間に一度治癒系の法術を使わないと体力が保たない。治療系の法術もあまり意味がないけれど、それをしなければ毒素が身体に回ってしまう。解熱剤を無理矢理飲ませているのだけれど、そもそもほとんど食事をとってくれないから胃に負担がかかっているという状態ね。すぐに死ぬ、ということはないけど、このままだと三日も保たないかもしれない」
「毒の種類とかはわかった?」
「一応ね。カルムフランの花を煎じてポイズンリザードの唾液と合わせることでできる毒物よ。といっても主成分はカルムフランのものだけどね。成分が身体に回りきるまでに時間があり、全身を巡った後も死に至るまでに時間を有する。しかし、気がついた時には手遅れという非常に厄介な毒よ。高熱、嘔吐、頭痛、神経麻痺、血液の凝固、臓器の機能異常。意識もほとんどない状態。治す方法はあるけれど、今すぐにというわけにもいかないのよ」
「薬局にあるような薬草じゃダメなのか?」
「無理ね。ダンジョンにのみ生息するアグレアという毒草が必要になる。毒草だから薬局にはない。それとティアマトの血液が必要なのよ。アグレアには強烈な毒があるけれど、同時に自信が生む毒以外の毒素と結びついて汗と一緒に体外に流す効果があるわ。そしてティアマトの血液っていうのは貴重で、その希少性というのが本来その個体にあるべきでない免疫を消すという部分に集約されているわ」
「免疫を消す?」
「そう、さっき言った通り、フレイアに打ち込まれた毒はカルムフランの花と、ポイズンリザードの唾液でできている。元々ポイズンリザードっていうのは自分の毒で死なないように免疫を持っているのね。で、その免疫というのが厄介で、免疫はアグレアの効能を毒だと認識してしまう。だからアグレアだけでは効果がない。しかしティアマトの血液だけでは免疫だけしか消しされない。二つの毒が使われているかこそ起きてしまう。つまるところ、カルムフランの毒をアグレアの効能で消すために、ティアマトの成分で免疫を退治しなければならない、ということなのよ」
「ややこしすぎる……えっと、単純に言うと、今フレイアの中には毒と毒を守るための抗体があって、その二つを消すのには、こっちも二つの武器を用意しなきゃいけないってことだな?」
「そういうことね。それと、毒にも薬にも相性というものがある。これが一番大きいわ。アグレアの葉もティアマトの血液も万能というわけではないのよ」
「あー、この場合その選択肢しかないってことか」
「物分りがいいわね。一応万能薬として用いられるニーズヘッグの血液であれば今回のような手順を踏む必要はないでしょうけどニーズヘッグはこの辺には出現しないから」
「それしか方法がない、ってことだな」
「ええ。ただ問題なのは、アグレアがあるダンジョンの推奨レベルが高いこと。しかしティアマトがいるダンジョンもそこそこのレベルが必要になる。端的に言えば人員不足よ」
「俺たちじゃ……力不足だよなぁ……」
「一応割り振りは決めてあるけどね。ゲーニッツとグランツにアグレアの葉を取ってきてもらう。あの二人が全力疾走すれば時間短縮になるでしょう。そもそもゲーニッツについていけるのがグランツしかいない。でもゲーニッツ一人にするのは不安だし。で、ティアマトの方はこっちでなんとかする」
「こっちってーのはメディアと俺と双葉?」
「そういうこと推奨レベルは80だし、アグレアの葉を取りに行くよりはずっと楽なはずよ。でもね、ちょっとだけ間違ってるわ」
「間違ってる? なにが?」
「行くのはアナタたち兄妹だけ」
「推奨レベル80の場所に俺たちだけで行くの?! それって死にに行くようなもんだろ!」
「実際のところティアマトはそれほど強くはない。雑魚を全部倒しながらってなると難しいけど、目的がはっきりしているのなら難易度は高くないわ。それと私の分身もついていかせるから。戦闘力は十分の一程度だけど、必要な魔術や法術は一通り使えるし、本体である私がここにいても、分身の目を通してそっちの様子はわかるから」
「ああ、そうか。定期的に法術をかけないとダメなんだっけか……」
「察しが良くて助かるわ。私はここから動けない。だからアナタたち二人で行くの。ここから南東にあるベンネヴィス山岳地帯。気温が低いから少し厚着をしていくといいわ。今日はこのまま眠って、明日の朝から出発なさい。これ、軍資金ね」

 メディアから五万の軍資金をもらった。

 有無を言わせぬこの感じ。メディアは黙っているイメージだったが、こうなるととんでもなく頼れる姉御に変身するのか。

 俺は双葉を連れて服屋へ。おそろいのコートや靴下や手袋を買ってからまた宿に戻った。その頃には夕食の時間になっていた。

 宿屋の一階にて、明日の予定を話ながら五人で食事をした。けれど、フレイアがいない食事は、やっぱり少しさびしいと感じてしまう。

 風呂に入ったあとで、寝る前に女部屋に寄った。風呂かトイレか、メディアがいなかった。

 部屋に入った俺はベッドの脇に座り込む。フレイアの額に手を当ててみると、異常なほどに熱かった。とても苦しそうで、汗をかき続けているのか、額に当てた手はじっとりと濡れていた。

「待ってろよ。絶対帰ってくるからな」

 布団から出ている手を握った。少し力を込めて、力を抜いて、にぎにぎとフレイアの手と無理矢理握手した。力が強いと思っていたのに、毒一つでここまで弱くなってしまう。どれだけ高レベルになろうとも、自分より強いと思っていても、やはり人間であることに変わりはない。

 手を布団の上に戻して立ち上がる。失敗するわけにはいかないのだ。

 双葉を守りながら、自分よりも強いであろうモンスターと戦う。初めての経験だが、やるしかないのだ。

 部屋から出たところで双葉と遭遇した。湯上がりで、なんだか妙に色っぽかった。

「お兄ちゃん……私たちの部屋でなにしてたの……?」

 予想外の言葉が飛んできた。

「あ、これ疑われてるやつだ」と思いながらあたふたして上手く言葉が出てこない。
「もしかしてフレイアさんが弱ってるからってイタズラを……」
「違うよ?! 違うからね?! めちゃくちゃ健全な意思表示をしに来ただけだからね?!」
「健全……?!」
「違う! 違うんだってホントに! ホントだからね!」

 すると、双葉はクスリと笑い出した。

「わかってるよ、ちょっとからかってみただけ」
「やめろよお前、本気で焦ったじゃねーか……」
「明日、がんばろうね」
「ああ、絶対持ち帰るぞ。早く治してやりた」
「うん、そうだね」

 それから部屋に戻り、早めにベッドに潜った。

 明日は体力を消費するだろうとわかっていたから。できるだけ体力を温存し、明日に備えなければいけない。

 ティアマトの外観は教えてもらったが、人よりも遥かに大きなドラゴンと聞いただけでビビってしまった。だが、本物を目の前にしたらビビってなどいられないのだから。

 目を閉じて想像する。無事に帰ってきて、無事にフレイアが回復することを。そうすればまた一緒に旅ができるのだ。

 不安も恐怖もある。それでも俺は、早く明日になれと心から願っていた。

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