それでも俺は異世界転生を繰り返す
〈expiry point 1ーCommon Destiny〉 五話
自転車を使わなくてもいいだろう。徒歩十五分なら走って十分。今の状態なら五分もいらないかもしれない。
という読みは的中しなかった。途中でフレイアの下着を買ったからだ。女性物の下着の値段は知らなかったのだが、まさか俺の財布が空っぽになるなんて思わなかった。財布の中身が貧弱なのはこの際無視したい。
それでも走る速度は速かった。レベル20でもこれってことは、レベル100を超えるフレイアは俺に合わせて走ってきたんだろう。
サッカー部と野球部は片付けを終える直前。もうそろそろか。
「これからどうするの?」
「とりあえず屋上だ。下でなにかあるならわかりやすいし、電話が来てもすぐ行動できる。なによりも、今の身体能力なら飛び降りても問題ないからな」
「屋上? あの上?」
「そ、気付かれないように校内に入るぞ」
頷くフレイアを見て、俺は教師用昇降口から校内に入った。見張りの先生はいるけれど、教師がよそ見をした瞬間に滑り込める。
暗い校舎を進み屋上へと一直線。誰かが校舎に残ってればまずかったが、さすがにこの時間になれば生徒も少ない。その少ない生徒でさえ、部活を終えて帰っていく。時折警備のオッサンが見回りに来るけど、そんなに細かくは見てないようだ。
屋上のドアを静かに開閉。すぐさまドアの上、塔屋の上へとのぼって身をかがめた。グラウンドや校門を見ながらスマフォを右手に持つ。これで完璧だ。
ここまできても思い出せない。夜の学校でなにを見て、なんで急いで帰ることになるのか。
突然、屋上のドアが開いた。
「クソっ! どうなってんだよ!」
たっつんだった。けれど様子がおかしい。暗がりでもわかるくらいには焦っている。屋上にだって飛び出してきた。誰かに追われている、という感じだ。
「いやぁ、人がいないところに来てくれてありがたいね」
今度は別の人間が塔屋から出てくる。
「アイツ……!」
後ろ姿だから顔は見えないが、あの黒いコートには見覚えがある。昼休みに校門に立ってたヤツだ。確証はないけど、たぶん間違いないだろう。
出ていこうとするフレイアを手で制した。俺の気持ちを空気で察知してくれたんだろうけど、ここで顔を出すのは得策じゃない。
なにが起きるのかを見るんだ。そして、たっつんがケガをするようなことがあれば阻止する。
「このケースだろ? 学校が終わってから警察に届けるつもりだったんだよ!」
黒い財布……もとい、拾った革張りのケースを地面に投げた。
「中身は見たか?」
「……見た。けどなにもしてない! 本当だ!」
「そうか、見たか」
男はそれを拾い上げ、中身を取り出した。
ようやく、俺の記憶が少しずつ戻ってくる。まただ、ザラザラとした砂嵐の中で映像が浮かんでくる。
たっつんは注射を打たれ、見たこともないようなバケモノに変貌する。そんな映像だった。
「いくぞフレイア! コートの方を頼む!」
「了解」
塔屋の端に指をかけて目一杯力を入れた。そして、一気にたっつんの前へ。
コートの男の横を抜け、たっつんを守るように立ちふさがる。
「誰だお前は」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ?」
「なにを――」
「動かないで」
男の首元に、フレイアの指が突きつけられていた。仕事が早くて助かるぜ。
「お前の目的はなんだ。よくも俺のダチを追い回してくれたな」
「さてな。言う必要性を感じない」
「そんなこと言ってっと、その子がなにするかわかんねーぞ?」
「確かにこの感じだと、俺は身動きが取れないだろう。でも、こうしたらどうかな」
一瞬の出来事だった。指先を器用に動かし、注射器を逆に持ち替えて自分の手首に押し当てていた。
俺が「はたき落とせ!」と言うまでもなく、フレイアは男の右手を叩いていた。
注射器が落ちる。残りの注射器が空中を舞うが、彼女はそれさえも回収している。さすが、としか言いようがない。
だが、フレイアはそれ以上コートの男を攻撃しなかった。俺の横に並んで二の腕を抑えている。
「どうした?」
「あれ、ちょっと普通じゃない」
「腕は?」
「切られた。あの人が腕を振った時にカスッただけなのに」
傷口を見れば結構深くまで切られているようだ。骨や神経には到達してないが、完治までは時間がかかりそうだ。
「お前、なんでここにいんだよ……」
背後のたっつんを見ると、尻もちをついたまま目を見開いていた。
「こっちにもいろいろあってな。とりあえず端っこに逃げててくれ。事情は後で説明するから」
無理矢理端に追いやってからコートの男を見た。男は頭を抱えて身悶える。
「最悪だな、こりゃ」
ボコボコと身体が変形していく。そして脳内のパズルに最後のピースがハマった。急いで自転車を漕いでいたのは、このバケモノから逃げていたからだ。正確に言えばバケモノに変形したたっつんにだ。
本来変形するはずだったのはたっつんだった。俺はそれを止められなかった、ということだろう。
身体の大きさは三倍程度まで大きくなった。毛深くなり、手足は獣のようになっていた。顔も類に漏れず変わり果てていた。鼻を中心にして顔が前に突出、まるで狼みたいだ。
いや、そうじゃない。全身そのものが狼みたいなんだ。二足歩行の狼、あっちの世界に出てきそうなモンスターの姿だ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
フレイアに視線を送る。彼女は一つ頷き、たっつんを抱えて塔屋の中へ。彼女が人の心を読めるかどうかはわからないけど、それに近いことができるのは確かだ。
「お前の相手は俺だぜ」
ガントレットは持ってきていない。が、やってみなきゃわからねーってな。
だけどなんか嫌な予感がする。
突っ込むフリをして一時停止、横に逸れるようにして逃げた。
ブンッという豪快な音がした。耳に痛みが走る。逃げたはずなのに切られた。こりゃ、俺じゃ無理なんじゃねーかって思わされる。
「私がやる」
たっつんを置いてきてくれたのか、今度は俺を守るようにして立っている。
「あっちの世界でいえばレベルどれくらいだ」
「たぶん、最低60はある。だからイツキじゃ無理ね」
「お、おう。ハッキリ言うね」
それ以上の会話はできなかった。
ただただ腕を振り下ろしただけの攻撃。それでも俺にとってはあまりにも驚異的で、あまりにも速かった。
という読みは的中しなかった。途中でフレイアの下着を買ったからだ。女性物の下着の値段は知らなかったのだが、まさか俺の財布が空っぽになるなんて思わなかった。財布の中身が貧弱なのはこの際無視したい。
それでも走る速度は速かった。レベル20でもこれってことは、レベル100を超えるフレイアは俺に合わせて走ってきたんだろう。
サッカー部と野球部は片付けを終える直前。もうそろそろか。
「これからどうするの?」
「とりあえず屋上だ。下でなにかあるならわかりやすいし、電話が来てもすぐ行動できる。なによりも、今の身体能力なら飛び降りても問題ないからな」
「屋上? あの上?」
「そ、気付かれないように校内に入るぞ」
頷くフレイアを見て、俺は教師用昇降口から校内に入った。見張りの先生はいるけれど、教師がよそ見をした瞬間に滑り込める。
暗い校舎を進み屋上へと一直線。誰かが校舎に残ってればまずかったが、さすがにこの時間になれば生徒も少ない。その少ない生徒でさえ、部活を終えて帰っていく。時折警備のオッサンが見回りに来るけど、そんなに細かくは見てないようだ。
屋上のドアを静かに開閉。すぐさまドアの上、塔屋の上へとのぼって身をかがめた。グラウンドや校門を見ながらスマフォを右手に持つ。これで完璧だ。
ここまできても思い出せない。夜の学校でなにを見て、なんで急いで帰ることになるのか。
突然、屋上のドアが開いた。
「クソっ! どうなってんだよ!」
たっつんだった。けれど様子がおかしい。暗がりでもわかるくらいには焦っている。屋上にだって飛び出してきた。誰かに追われている、という感じだ。
「いやぁ、人がいないところに来てくれてありがたいね」
今度は別の人間が塔屋から出てくる。
「アイツ……!」
後ろ姿だから顔は見えないが、あの黒いコートには見覚えがある。昼休みに校門に立ってたヤツだ。確証はないけど、たぶん間違いないだろう。
出ていこうとするフレイアを手で制した。俺の気持ちを空気で察知してくれたんだろうけど、ここで顔を出すのは得策じゃない。
なにが起きるのかを見るんだ。そして、たっつんがケガをするようなことがあれば阻止する。
「このケースだろ? 学校が終わってから警察に届けるつもりだったんだよ!」
黒い財布……もとい、拾った革張りのケースを地面に投げた。
「中身は見たか?」
「……見た。けどなにもしてない! 本当だ!」
「そうか、見たか」
男はそれを拾い上げ、中身を取り出した。
ようやく、俺の記憶が少しずつ戻ってくる。まただ、ザラザラとした砂嵐の中で映像が浮かんでくる。
たっつんは注射を打たれ、見たこともないようなバケモノに変貌する。そんな映像だった。
「いくぞフレイア! コートの方を頼む!」
「了解」
塔屋の端に指をかけて目一杯力を入れた。そして、一気にたっつんの前へ。
コートの男の横を抜け、たっつんを守るように立ちふさがる。
「誰だお前は」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ?」
「なにを――」
「動かないで」
男の首元に、フレイアの指が突きつけられていた。仕事が早くて助かるぜ。
「お前の目的はなんだ。よくも俺のダチを追い回してくれたな」
「さてな。言う必要性を感じない」
「そんなこと言ってっと、その子がなにするかわかんねーぞ?」
「確かにこの感じだと、俺は身動きが取れないだろう。でも、こうしたらどうかな」
一瞬の出来事だった。指先を器用に動かし、注射器を逆に持ち替えて自分の手首に押し当てていた。
俺が「はたき落とせ!」と言うまでもなく、フレイアは男の右手を叩いていた。
注射器が落ちる。残りの注射器が空中を舞うが、彼女はそれさえも回収している。さすが、としか言いようがない。
だが、フレイアはそれ以上コートの男を攻撃しなかった。俺の横に並んで二の腕を抑えている。
「どうした?」
「あれ、ちょっと普通じゃない」
「腕は?」
「切られた。あの人が腕を振った時にカスッただけなのに」
傷口を見れば結構深くまで切られているようだ。骨や神経には到達してないが、完治までは時間がかかりそうだ。
「お前、なんでここにいんだよ……」
背後のたっつんを見ると、尻もちをついたまま目を見開いていた。
「こっちにもいろいろあってな。とりあえず端っこに逃げててくれ。事情は後で説明するから」
無理矢理端に追いやってからコートの男を見た。男は頭を抱えて身悶える。
「最悪だな、こりゃ」
ボコボコと身体が変形していく。そして脳内のパズルに最後のピースがハマった。急いで自転車を漕いでいたのは、このバケモノから逃げていたからだ。正確に言えばバケモノに変形したたっつんにだ。
本来変形するはずだったのはたっつんだった。俺はそれを止められなかった、ということだろう。
身体の大きさは三倍程度まで大きくなった。毛深くなり、手足は獣のようになっていた。顔も類に漏れず変わり果てていた。鼻を中心にして顔が前に突出、まるで狼みたいだ。
いや、そうじゃない。全身そのものが狼みたいなんだ。二足歩行の狼、あっちの世界に出てきそうなモンスターの姿だ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
フレイアに視線を送る。彼女は一つ頷き、たっつんを抱えて塔屋の中へ。彼女が人の心を読めるかどうかはわからないけど、それに近いことができるのは確かだ。
「お前の相手は俺だぜ」
ガントレットは持ってきていない。が、やってみなきゃわからねーってな。
だけどなんか嫌な予感がする。
突っ込むフリをして一時停止、横に逸れるようにして逃げた。
ブンッという豪快な音がした。耳に痛みが走る。逃げたはずなのに切られた。こりゃ、俺じゃ無理なんじゃねーかって思わされる。
「私がやる」
たっつんを置いてきてくれたのか、今度は俺を守るようにして立っている。
「あっちの世界でいえばレベルどれくらいだ」
「たぶん、最低60はある。だからイツキじゃ無理ね」
「お、おう。ハッキリ言うね」
それ以上の会話はできなかった。
ただただ腕を振り下ろしただけの攻撃。それでも俺にとってはあまりにも驚異的で、あまりにも速かった。
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