俺が主人公でなにが悪い?!

絢野悠

第1話

俺は、主人公になりたかった。
ドラマや映画やマンガやアニメに出てくるような、カッコイイ主人公。
俺は、主人公というポジションに憧れていた。
カッコイイ立ち回りとキレたセリフに、ここぞという時に発揮する主人公補正。
でも、俺はそんなことができる『主人公』を知っているから、きっと、間違いなく俺は主人公にはなれない。
考えれば考えるほど辛くなる。もういっそ屋上からダイブしてしまいたくなるくらい、脳が大分やられてる。
「日直ご苦労さま。いやあ、放課後の教室、頬杖ついて窓の外を見る男子高校生……青春を感じるよねえ」
後ろの席から、俺の行動を揶揄するような声がした。
「ホントにひとのことバカにするの好きな」
「そんなことないよ。俺はイチローにしかちょっかい出さないんだ」
その言葉に気色悪さを感じた。後ろを振り向けば、白い歯を輝かせて笑う雨宮光啓あまみやみつひろがいた。
こういう明るい笑顔も、相づちを打つときの静かな微笑みも、光啓にはとてもよく似合う。年上も年下も関係なく、こいつの笑顔は女性を虜にしてしまう。いや、人を虜にする、が正解か。
そんな光啓を称え、この学校で付けられた別名が『青峰の春風』だ。
ちなみに俺は虜にされてはいない。と思う。正直自信はないが、それくらいイケメンだ。
光啓ルートまではまだ時間があると信じたい。
「お前さ、その言い方かなりキモいぞ。少なくとも男に言うセリフじゃない」
「そうか? 誰に言ってもイチコロだよ?」
「俺を打ち落としてどうすんだよ、アホか」
光啓は器量も大きく誰にでも優しい。空気も読めるし悪口も言わない。身長も高くてイケメン。そして頭もいい完璧超人。女遊びもしないし、俺が思い描く主人公にピッタリだ。
心の底から羨ましい。羨ましいけど、憎くない。
「まあ、打ち落とさなくても既に俺の手中にあるしな」
「ああそうだな」
俺はバッグを手に立ち上がった。
「ずっと待ってた俺の気持ちも考えよう!」
親指を立てて、爽やかに笑った。
「うるせーな、勝手に待ってただけだろ」
テキトーに歩き出せば、光啓は勝手についてくる。
本来、大勢に好かれる者には金魚の糞がたくさんくっついてくる。光啓だって、いつもはたくさんの糞をぶらさげていた。でも俺と一緒にいる時だけは、こいつは金魚ではなく糞になる。こういう言い方をすると、なんだかすっきりする。俺に話しかけてくる数少ない相手に対してすごく失礼だが。
「待て待て俺も行く」
「なんで俺といる時だけは金魚の糞になるんだ? そんなことする必要ないだろうに」
「いつも通りハッキリ言うね、イチローは。別に俺は糞になったつもりはないけどね。俺はお前が好きなんだよ、単純に」
「それがキモいんだって……」
教室から出ても、廊下を歩いていても、靴を履き替えても、なんの不満もなさそうについてくる。むしろ嬉しそうだ。
夕日が眩しい。
衣替え直後だというのに、日差しがやけに強い。これからは日を追う度に気温も高くなっていくはずだ。
俺たちが住んでいる場所は田舎だから、山峡やまかいから差し込む夕日を遮るものはなにもない。もしも俺が主人公だったなら、この茜色も映えるのだろう。
光啓を横目で見ると、整った顔が輝いて見える。長身なのも相俟ってか、同性の俺でもカッコイイと思えてしまう。
「そういえばアド狩の調子どう?」
光啓の言う『アド狩』とは、アドバンスド狩人というゲームだ。モンスターを倒して素材を集め、武器や防具を作るという作業ゲーだ。
「もうやってない。ああいう目的のない作業ゲーは苦手だ」
「目的はあるだろう? 強い武器や防具を作るっていうさ」
「本来武具っていうのは、ダンジョン攻略とかボスを倒すための物だと思ってるんだよ俺は。目的と手段が逆になってるゲームなんて興味ないね」
「ひねくれてるなあ。それでもそれを目的にしてるなら、逆にはなってないと思うよ」
「それも正論だ。だからこの話は平行線だしキリがない」
俺は確かにひねくれている。でも、正しいことと間違っていることくらいは判別できる。それくらいの倫理観は持ってるつもりだ。それと同時に、間違っていないことと正しくないことの分別もつけられる。
「そういえば、あの夢はまだ夢のままなのかい?」
「夢ってなに?」
わかってるよ。訊かなくたって。
「主人公になるっていう夢だよ」
「諦めてないさ。ただ、いろいろ足りないと思うから、その夢はまだ叶わない」
「じゃあイチローの考える主人公ってなに?」
「顔が良くて背が高い」
「身体のつくりは無理でしょ」
「勉強ができて運動もできる」
「勉強は良くて中の下だし運動は普通だよね、イチローって」
「経緯はどうあれ、女子たちに囲まれてハーレム状態」
「女の子の前で上手くしゃべれないじゃん」
「いつも突っかかってくるようなライバル」
「突っかかってこられるほど目立ってないね」
「そして絶対的ピンチも切り抜ける主人公補正」
「絶体絶命ってまずないでしょ、どこで生きてくつもり?」
「うるせーな! 文句ばっか言うなよ!」
「というか、それって主人公っていうか脇役に多いパターンじゃない?」
「そんなことあるもんか。主人公ってのはいつでもカッコイイんだ」
鼻を鳴らし、光啓よりも一歩先へ。
「俺は、お前にもちゃんといいとこあると思ってるけどね」
光啓はまた俺の隣に並んだ。
「でもハーレム状態にもなれなければ、主人公補正もない。それは俺の求めてるものじゃないんだよ」
「無駄に志しだけは高いね、昔から」
「だけって言うなよ。いろいろ頑張ってんだ。筋トレとか」
「勉強もしようね」
「はい頑張ります」
素直は美徳。
「イチローは『なんでも解消部』って知ってるか?」
「なんとなくやりたいことはわかるけど名前テキトーすぎるだろ」
「一応説明しとくね」
「ああ、いいよ。もう勝手にしてくれ」
どうせ勝手にしゃべり始めるんだろうし、正直どっちでもいい。
「まあ平たく言えば、学校内で起きた問題とかを解決してくれる場所だ。それはクラスや学年、ひいては個人までカバーする、それはそれはすごい部活なんだよ」
「んなもん、いいように使われて終わるだろ」
「それがまたそうでもないんだ。部で認めた案件じゃないと手伝ってくれないって話だよ」
「そんなとこに乗り込んでって俺の願いを洗いざらい吐けってのか! こんな個人的な事情、却下されるに決まってるだろ! ありえん!」
「それがそうでもなくて、割ときまぐれらしいよ」
「存続してていいのか? 部活としてどうだよそれ」
「行ってからのお楽しみってことでさ。話するだけでも行ってみなよ」
「ま、いいか。戯れと思って行ってやろう」
「うん、頼むよ」
またこの笑顔。素直に「いいな」と思ってしまう。
長い長い螺旋状の坂を下り、商店街へと歩みを進めた。
しばらくテキトーな会話をしていると、光啓との分かれ道にもすぐついてしまった。
「そんな顔しないでくれよ、イチロー」
「は? なに言ってんのお前」
「俺と別れるのが寂しいんだ。だからそんな顔するんだろ? わかってる、わかってるさ」
「うるせーよしてねーよいっぺん死ねよ」
俺は直進、光啓は右に曲がる。
「それじゃあねイチロー。また明日」
「おうまたな、風邪ひいて休んでしまえ」
「ありがとう」
なんでだよ。
後ろ手に手を振り、俺は一人で帰路につく。このポーズ、かっこよくて好きだ。
光啓も俺も商店街に家があるわけではない。二人とも自宅は商店街から少し離れている。
商店街を通り過ぎ、住宅街に入った。
少し歩くと、小さい頃によく遊んだ公園に目がとまる。三つほどしか遊具がない公園の中で、ブランコに乗って俯く女子校生がいた。制服はうちの学校のものだ。
つま先で軽く地面を蹴り、微弱ながらブランコを揺らしている。そして寂しそうな顔で地面を見つめていた。
俺はその女の子を知っている。
真藤双葉。保育園に通う前からの幼なじみというやつだ。顔はそこそこ可愛いし巨乳なので、中学校の頃から結構モテていた。
中学校も高校も弓道部のエースとしても活躍していた。しかし男子をあまり寄せ付けず、ピリピリしているところから『紫電の芍薬』と、そう校内で呼ばれていた。
昔からずっとだが、頭部の右側でサイドテールが揺れている。それは彼女のトレードマークのような感じ。
本来、幼なじみならばここで声をかけるべきだ。と、思う。
だが俺はもう、幼なじみという存在との接し方を忘れてしまった。
保育園から仲がよくて、俺が今でも会話しているのは光啓くらいなものだ。
でも、目が離せない。一言でいいから声をかけたい。仲は悪くなったけれど、俺は双葉が嫌いなわけじゃないから。
気付けば足は止まり、双葉を見つめていた。ちょっとストーカーチックだなこれ。
ふと、顔を上げた双葉と目が合う。
俺は目を反らし、足早にその場を去ろうとした。今彼女と会話をする勇気はない。
逃げようとした瞬間、頭部への衝撃とともに星が見えた。目の前には空き缶が落ち、甲高い音が響く。空き缶を投げられたのだと、瞬時に理解した。
「いってーな! 死んだらどうすんだよ!」
中身が流れ、地面に染みをつくっていく。俺はその缶を拾い上げて、双葉に叫んだ。
双葉は通学用の鞄を胸元に抱え、足早にブランコを離れた。
「うるさいわね! 目障りなのよ!」
そして、もの凄い形相で睨み付けながら、俺の横を走り抜けていった。
目障りなら無視すればいいのにと、そう思ってしまう。無視されるよりも、噛み付いてくることの方が多い。お前は犬か。
「そんなに俺のことが嫌いなのかよ、ふざけやがって……」
昔は幼なじみ四人でよく遊んでたってーのに、今じゃただの嫌われ者だ。
「情けない」
溜め息を吐いて、缶をゴミ箱に入れた。つか中身入ったまま投げるなよ。
本当は昔みたいに遊びたいんだ。仲が良かったあの頃みたいに。
肩を落とし、俺は自宅へと向かった。双葉とは家が近いから、同じ道を歩くことになる。どうしてこんな風になってしまったんだろうと、物思いにふけりながらの帰宅。視線を地面に落としてみても、地面は俺に答えなんてくれないのに。
それでも下を向いてしまうのは、自分に対しての落ち度を知っているからだ。
上手くいかない、難儀な世の中だ。

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