傷だらけの限界超越(リミットブレイク)

絢野悠

第21話

「なんなんだそれは! キミは鳴神家の落ちこぼれのはずだろう!」
目の前に広がる光景は、なんだかいつもとは違って見えた。データ的というか、視線を向けた瞬間になにかを処理しているのような感じだ。それをしているのが自分だというのに、まったく詳細はわからない。
自分から断真先輩の距離。自分から建物や木々までの距離。身動ぎで服が動く度に、どこから力が発せられて、どこで止まるのかがわかる。風で揺れる木々も、類にもれない。
「ようやく思い出したよ。昔、魔物に襲われたとき、リズを助けたのは俺だ。この力を使って助けたんだ。そして、アクケルテ戦でもこの力を使ってオブジェクトを壊したんだ」
目に映るすべての限界を理解し、自分自身の限界を把握する。その上で、自分の許容量をぶち壊すことができる。俺の拙い魔法力でも、これさえあれば格上の相手とも戦えるはずだ。
これは把握ではない。完全なる掌握だ。
「少し遊びが過ぎたかもしれないな。キミがその力を使いこなす前に、すべて終わらせてあげよう」
「上から目線だな。詳しくは知らないけど、俺は極制紋(エスカトロギア)の継承者ってことらしい」
「雑談はここまでだ」
断真先輩の目付きが変わった。元々目付きはよくない人だが、眉間に皺を寄せると更に悪意が増すようだ。
強く地面を踏み込み、断真先輩が疾駆する。しかし、その挙動は全部見えている。観えているし、視えている。
服の上からでも筋肉の動きを把握できる。
風の流れから進行方向がわかる。
視線から狙いが読める。
視界に映る状況で、どこをどのように狙っているのか、それさえも理解していた。
スローモーションのようにも見えるが、決してそういうわけじゃない。思考の加速は多少あるものの、それは俺の脳がありとあらゆるものを処理しているだけ。
高速で打ち出された拳を、右手の平で上から押し付ける。同時に流動魔法を発動させ、肩口へ向けて手刀を叩き込む。
「そんなもので!」
足払いを紙一重で避け、その足に一瞬だけ触れた。勢いを数倍にし、俺自身の身体を空中で回転。今度は蹴りを見舞ってやった。が、それでも断真先輩は折れたりしない。エリートのおぼっちゃまだと思っていたが、挫折に屈しないほどの精神的な強さを持っているのだろうか。
右腕、左腕、右足、左足。様々な体勢から、いろいろな角度で繰り出される攻撃の数々。それらはすべて、数倍にして返してやった。
「岩のハウラ・ルーベス!」
地属性の檻。地面から柱が出た瞬間に、魔法の流れを断ち切る。
「そんなことまで……!」
接近戦はマズイと思ったらしい。断真先輩は距離を離しながら魔法攻撃を中心にし、中距離戦に切り替えた。
だが、避けるのはたやすい。
乱発される魔法攻撃も、小さいのは回避、大きいのは消去。魔法にも弱い部分は存在するので、その部分に少量の魔法をぶち当てればいいだけだ。
おおよそ二十あまりの魔法を避け、断真先輩の懐に潜り込んだ。そして彼の胸を、掌底で突き放した。
「がはっ……!」
あまり魔法力は使っていないが、予想以上に吹っ飛んだ。一番近くにあった建物へと衝突し、建物はみるみるうちに瓦解と化す。
「これが、限界選定の力だと言うのか」
自身に回復魔法を施しつつ、断真先輩は立ち上がる。
「みたいだな。自分の意思で使うのは初めてだけど、なんだか自分の身体じゃないみたいだよ」
「しかし、魔装体質は体力の消耗が激しいと聞く。どんなに強い力であっても、最低限の対価は必要みたいだね」
魔装体質について、昔じいちゃんに教わった。だから知っているのだが、魔装体質を使うのには魔法力と体力の両方を消費する。そのため長時間の使用はできない。特に使い慣れないうちは力を上手く制御できず、常に全力疾走のようなものだともじいちゃんは教えてくれた。よく考えれば、じんちゃんがその話をしたのはリズが魔物に襲われたあとだ。当時は「なんでそんな話をするんだろう」と思ったものだ。
「消費は激しくても、それまでにアンタを倒せば済む話だ」
「逆に、それまで耐えればいいんだろう? 簡単なことだ! この私が、全力で、キミと戦って、そして勝つ!」
「ああそうかい。じゃあ――」
拳を強く握り込み、一直線に瞳を見た。
「アンタの限界、教えてやるよ」
俺の言葉を引き金に断真先輩が動いた。無動作で放たれる純粋な魔法衝撃。打ち消すように、俺も魔法衝撃を出した。
走りだしたのは二人同時。俺は攻撃を、断真先輩は防御を重視した戦い方になる。
左右交互にジャブを撃ったが、全部避けられた。
「ちゃんと見ていれば、キミの攻撃なんて通用しない!」
「アンタだけは許さないって、そう決めたんだ」
流動魔法は、存在する全ての物質に対して有効だ。当然空気にだって反応する。
一度身体を沈め、胸に向けて回し蹴りを当てる。両腕でガードされてしまうが、相手の身体が浮き上がればそれでいい。
「後悔しろよ、この外道」
拳を強化し、その胸元にぶち込んだ。その瞬間に風属性の魔法を使い、断真先輩の身体を吹き飛ばした。。
ありったけの魔法力を全身にたぎらせる。
「フルバーストエンハンス!」
すべてのゲージを一回のエンハンスで消費させる、それがフルバーストエンハンスだ。これもセーフクラフトと同じく、限られたものにしか使うことができない。セーフクラフトが使えればフルバーストも使えるというのが基本だ。
駆け出すのと同時に流動魔法を発動させ、断真先輩を追い掛けた。
すでに数十メートルは離れていただろう距離も、たった一歩で縮められる。
右拳で腹を殴る。相手に触れた瞬間に、その勢いを利用して加速する。
左拳で顔を殴る。またその勢いを利用して加速する。
右脚で脚を蹴る。左脚で腕を蹴る。攻撃が当たるごとに加速を繰り返した。
自分が放った攻撃の風切音が妙に耳についた。
幾度とない、高速の乱打。おそらく、これを見ている人には攻撃が見えていないのではとさえ思える。実際俺にも見えていないのだ。俺に見えているのは力と動きだけた。
何回、何十回、何百回と攻撃をしても、断真先輩は意識を失わずに回復をし続けている。それどころか強化さえも劣化していない。
だが体力は減っていくだけ。残り一割に到達するまで、そう時間はかからなかった。
一度地面に着地し、もう一度跳躍する。そして右手に全神経を集中させた。
「これで最後だ!」
流動魔法『点』の型。
流れを操るのが流動魔法の基本であり極意。それはつまり、突き出された攻撃が点として物質にあたった場合ももちろん有効だ。加減のほどは難しいが、リズのおかげでなんとか扱えるようになった。
攻撃が当たった瞬間に力を増幅させた。そして断真先輩の身体が俺から離れてしまうよりもずっと速く、思い切り地面に叩きつけた。
「ぐふっ……!」
地面にはひび割れが広がって、ヤツの身体は地面に埋まった。埋まると言うよりも、陥没した部分に寝ているだけにも見える。
しかしどういうことだ。なんでブザーが聞こえない。なんでヤツは消えないんだ。
身体が自分の物ではないような感覚。先ほどとは違い、鉛のように重かった。
上体を起こすと、その勢いで後ろにつんのめって、断真先輩と距離が離れる。身体を制御できなくて、尻もちまでつく始末だ。
「もう、限界みたいだな」
地面の窪みから、ゆっくりと断真先輩が立ち上がってくる。鋭い眼光に射抜かれ、身体が硬直するのを感じた。
地面につけた両腕は、体重を支えるのでさえ困難だった。腕の震えは止まらず、今にも背中を地面につけてしまいそうになる。
「体力が、回復していく……!」
魔法によって光る手を自身の胸に当て、左右に揺れながら立ち上がる断真先輩。彼の体力が少しずつ回復している。あれだけの攻撃を受けて、魔法で防御や回復を繰り返したというのに、まだ魔法力が残っているというのか。
「もう力が入らないんだろう? それが魔装体質のデメリットだ。打つ手なし、完全なる王手だ!」
突如、断真先輩の体力上昇が止まった。見れば、胸に当てられている手は、もう光りを放っていない。
「魔法力の枯渇か。こんなことは初めてだよ」
「断真先輩の魔法力は無尽蔵だと思ってたけど、案外人間らしいところもあるんだな」
「それでも一割は回復した。しかしキミはどうだ。魔装体質が切れた瞬間、体力が一桁じゃないか」
「初めて使ったんだ、こんなことになるとは思わなかったよ」
まだ魔法力は少し残っている。底に残った魔法力で、身体を強化して立ち上がる。
「そのままでいれば、すぐに楽にしてあげるよ」
「それはできないね。俺はまだやれる」
「とっくに限界だろう?」
「限界なんて、とうの昔に過ぎてるよ!」
どちらともなく走りだした。
エンハンスゲージもかなり少量だが残ってる。セーフクラフトで、拳をエンハンス。
断真先輩も同じことを考えているんだろうか、右手が光っていた。。
頭脳も戦術も関係ない。この一撃を決めたほうが勝つ。ただそれだけ。
しかしきっと、断真先輩は見落としてるんだ。
「レイナは、私のものだああああああああああ!」
「やらせるわけにはいかないんだよおおおおおおおおおおお!」
相手の攻撃は避けない。向こうも避けるつもりなんてないはずだ。でも俺の攻撃は、相手に当てるためのものじゃないんだ。
断真先輩が俺よりもワンテンポ速く攻撃を繰り出してきた。
これでいいのだと、俺はその拳めがけて右腕をぶち当てる。
必然とも言える衝撃同士の正面衝突が、周囲一帯の空気を震わせる。
両者共に譲ることのない衝戟。しかし、体力は徐々に減っていく。
「アンタはまだ、これがコミュニティストラグルだってことをわかってない!」
「コミュニティであろうとなかろうと、個人の強さは絶対なんだよ!」
断真先輩には今ここで教えてやらねばなるまい。向こうに置いていた二人が、どれだけ優秀であるのかを。
「スーパーキングストライーーーーーーーーーク!」
横から、巨大ななにかが現れた。出現と同時に断真先輩を吹き飛ばしたため、俺の視界からは一瞬でいなくなった。それほどまでに素早く、強力な突進だ。
「おせーんだよ、クソ野郎」
「これでも全力で来たんだよ! バカ言うなよ変態!」
俺の前に降り立つのは、檻の中にいたはずの京介。それにリズだった。
「くそ……!」
断真先輩は起き上がり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「まだやんのかよ、勘弁してくれ」
「負けない、私は負けない。魅せつけるんだ。レイナに、皆に」
断真の体力も一桁。俺も一桁。両方ともふらふらで、立ってるだけでも苦痛だ。
「トドメ頼むわ」
リズの顔を見て、俺はそう言った。しかし、リズは首を横に振る。
「フォーサーエンハンス、ターゲット語」
「ヒール」
四分の一ほどの体力が回復し、フォーサーエンハンスで身体が強化された。
「お前ら……」
「私は語を守る。語は、私を守ってくれる?」
彼女は首をかしげ、年端もいかない少女のような仕草をする。横に立つ京介は、片方の眉を下げて微笑んでいた。
「ああ、ここまできたんだ。最後にケリをつけるのは、俺だよな」
歩き出し、断真先輩に近付いていく。俺も彼も、相手からは目を逸らさない。
手を伸ばせば届く距離まで詰め、拳を握った。
「覚悟はいいか」
「誰に言っているんだ。覚悟を決めるのはキミだろう……」
右足を後ろに、左足は前へ。重心を下げ、断真先輩の腹めがけて拳を振り抜く。魔法力は空っぽで、その攻撃はエンハンスのみで強化された単純な打撃だ。それでも、今の彼には十分すぎた。
「そんな、バカな……」
そんなセリフを残し、断真先輩は空中で霧散した。消える前に見開いた目が戦意を失っていないことに、俺は少なからず敬意を覚えていた。
そして、ブザーが鳴った。
『勝者! スレイプニル!』
ケージが元の姿を取り戻し、周囲の景色が一変した。歓声があまりにも大きくて耳を抑えてしまう。
身体が妙に重い。極制紋の影響がこっちにもあるってのか。普通なら肉体の疲労も、体力も傷も回復するはずだ。ケージの魔法すらも突き抜ける。魔装体質はおいそれと使えるような代物じゃなさそうだ。
「よくやった。京介、リズ」
「お前が断真先輩を引き離してくれたおかげでな、檻が壊しやすくなった」
停滞型魔法は防御や拘束に向く。一度発動させれば壊されない限りは存在し続ける。しかし停滞している間も魔法力が消費され、術者が離れると効果が弱くなる。拘束していた檻の効果が薄れたため、脱出できたというわけだ。その後、リズを回復してこちらに向かってきたと。
「お疲れ様、リズ。京介を抱えたまま移動したんだろ? 重くなかったか?」
「重かった。いつもより魔法力の消費が激しかった」
「そうかそうか、すまんな」
「疲れたし痛かった」
「ごめんな、もっと早く助け出せたらよかったんだが、俺も器用な方じゃなくてな」
「それ以上に、怖かった」
「怖い?」
「いろいろと知られて、語に嫌われるのが怖かった。いたぶられるよりも、そっちの方が怖かった」
そういえば、断真先輩にいたぶられていたとき、最後の方でリズは俺を見なくなっていた。その話をしたってことは、少しは気持ちが落ち着いたのだろうか。
「嫌わない。見損なったりもしないし、疎ましくも思わない。頑張ってるお前のこと見てて、そんな風に思うわけねーだろ。お前だっていろいろ苦労したんだろ? まだ向きあえてないかもしれないけど、これからなんとししてけばいい。俺も協力するさ」
目の前で、金色の髪の毛が跳ね上がる。そして、彼女は身体を俺へと預けてきた。胸に飛び込まれて、正直どうしたらいいのかわからない。気恥ずかしさはあるのだが、疲労のせいでいろんな感情が入り混じってるような気分だ。
が、ここで慌てるのは少し違う。リズはずっと俺を慕ってくれてたんだから。
そっと、リズの背中に手を回した。少しだけ力を込めると、リズの身体が縮こまった。
今日くらいは、こうしてもいいんじゃないかって、そう思うんだ。
「ありがとう」
リズは小さくそう言った。
「ありがとう……子供、いっぱい作ろうね」
「どんだけ階段すっ飛ばしたんだよ。もう離れろ」
肩を掴んで引き剥がそうとするがなかなか離れない。細腕のくせに、なんで俺より力が強いんだよ。
俺の胸に顔を押し付け、首を左右に振って鼻や頬を擦りつけてくる。
仕方がない、しばらくこのままにしておくか。
両コミュニティの間に入り、姉ちゃんがトラフィックギフトを操作する。
「これ以降レイナ=アスティクトはスレイプニルのメンバーとなる」
レイナに視線を向けると、うなだれたまま小さく頷いた。
「認めないぞ」
俺たちに向けて、そんな言葉が放たれた。
「私は! 私は認めないぞ!」
靴音を鳴らしながら、早足で近づいてくるのは断真先輩だった。
「カリバーンの順位は依然一位のままだ。なにが不満なんだ霊法院」
「私は勝ち続けることに意味を見出しているんですよ! キャプチャーバトルもランキングバトルも関係ない!」
「それでも負けは負けだ。お前がいくらダダをこねても結果は変わらない」
「そんなわけがないでしょう! 私がこんなヤツらに負けるわけがない!」
鬼の形相。そう表現するのが一番しっくり来る。
「今姉ちゃんが言ったように、勝負はどうやっても覆らない」
リズが離れてくれたので、俺は一歩前に出てそう言った。
「勝ち続けて、私がどれだけ素晴らしいかを魅せつけなくてはいけないんだ!」
「だから言っただろ。これは個人戦じゃない、団体戦なんだよ。個々の性能が高くても、チームプレーができなきゃ負けるんだよ。アンタは好き勝手に戦うんじゃなくて、味方が交戦していたら助けにいくべきだった。でもそれをしなかったのはアンタだ。この負けは自業自得だよ」
「この霊法院断真をバカにするのか!」
「バカにしたわけじゃないさ。でも、してやったりとは思ってるよ。もうこれでレイナもマイナも自由だ。約束は守ってもらうぞ」
「約束って……なんのこと……?」
眉根を寄せたレイナが会話に割り込んできた。が、それを制したのは誰でもない、妹のマイナだった。
「語さん、いいえスレイプニルの皆さんが、私たちを助けてくれたんだよ。お姉ちゃんが勝っても、一生断真さんの奴隷だった。ちなみに言うと、私が参加したのだって断真先輩に言われたから。私が参加しなければ支援を打ち切るって脅迫された。そして語さんは、負ければ姉妹は一生奴隷だと脅されていた」
「そんなの、どちらが勝っても――」
レイナは断真先輩に視線を向けた。
「お前……! お前ってやつは!」
断真先輩のことを多少なりとも理解しているからこそ、自身の思考だけで結論を出したのだろう。
「黙れ黙れ黙れ! 俺のことをなにもわかっていないくせに!」
逆上して大声をあげる断真先輩の頬が叩かれた。甲高い音がケージ内に響き、それと同時に歓声がピタリと止まった。
平手を拳に変えて、自分の胸元へと引き寄せた。そんなレイナの頬に一筋の涙が伝う。
「お前はそんなヤツじゃなかったはずだ。変わったヤツではあったが、根は真面目でいいヤツだった! なにがお前を変えたというんだ!」
涙はとめどなく溢れ、衣服を濡らし、地面に落ちていく。
「三年になって、あんなことをして、おまけに援助をしてやるから強くなれ? いつからそんな風になったんだ! あまつさえ、語やマイナにまで取り引きを持ちかけて!」
「――だったんだよ」
レイナに怒鳴られていた断真先輩が、ようやく口を開いた。
「キミを、私のものにしたかったんだよ」
突然の出来事に、レイナは声を出せずにいる。
「なぜ、なぜウィルオウィスプに私を誘わなかった? なぜ、なぜ鳴神の落ちこぼれなんかに入れ込んだんだ?」
断真先輩はレイナのことが好きだった。ウィルオウィスプに入れなかったことと、俺に入れ込んでいたことがそこまで許せなかったと、そういうことなんだろう。
なにが悪役だよ。ちゃんと理由あんじゃねーかよ。なんて口には出さない。断真先輩にも断真先輩の考えがあった。それが良かれ悪かれ。
二年前の事件はただの憂さ晴らしであり、自分がいかに強く、いかに優秀かをしらしめるためのデモンストレーションだった。レイナを振り向かせるためならなんでもしてやると、そういう気持ちだったんじゃないかと思う。個人的な見解でしかないのでなんとも言えないが。
「語である理由は、中等部で偶然見かけたことがきっかけだ。一人でいるときの寂しそうな顔が、マイナと重なってしまったんだ」
「俺から離れて行った理由はそれだけじゃないんだろう?」
「中等部のときに両親を失って、姉妹揃って苦労したわ。征旺学園中等部から、お前には助けてもらったよ。援助もしてもらって、入院費も出してもらって。高等部一年になってからもよくしてもらった。それはリュートも一緒だ。弱り果てた私にいろいろ教えてくれただろう。だけど、このままではいけないと思った。私は私の力で、この学校でやっていく必要があると考えたんだ。そこに他意はないんだよ」
「なぜそう言ってくれなかったんだ!」
「じゃあなんであのとき聞かなかったんだよ!」
「聞けるわけがないだろう! そんな見苦しい真似、できるわけがない!」
「自分の見苦しさと私を天秤にかけて、前者を選んだ人間が偉そうに言うな!」
そこで会話が途絶した。
なんとも言えない、重苦しい空気がこの場を支配した。誰もかれもが口をつぐみ、身動ぎ一つをするのもためらわれた。
「手に入れたはずなのに、また離れていってしまうのか。私は、またやり方を間違えたというのか」
断真先輩が俺に取り引きを持ちかけたのは、俺に対しての復讐の意味もあったんだろうな。そうやって俺を倒して、優越感と所有権の両方を手にしたかった。負けないという自信があまりにも強すぎて、いろんなものを見失って、やり方まで間違えた。全部自分のせいだけど、それを言うのもなんだか違う気がする。
「あー、なんつーか悪いんだけど、一応全部終わったんだし、話を先に進めたいんだが」
すごく言い出しづらいが、このままだと一進一退を繰り返すだけだ。
全員の視線を集めつつ、俺は更に言葉を続けた。
「断真先輩はとりあえず負けを認めてくれ。レイナはスレイプニルのモノだ」
「わざわざ口に出して、仕返しのつもりか!」
「またキャプチャーバトルで勝てばいいじゃねーか。言っておくが、援助の方はちゃんとしてやってくれよ? レイナとマイナは、アンタなしじゃ今は生きられないんだ。学校を卒業して一人で歩くようになったら、今度はやり方を変えていけばいい。支援する側とされる側じゃなくて、もっと違う形でな」
決まった。今のは一番いい形で決まった。
「似合わない」
と思ったのに、レイナから突っ込まれてしまった。
「似合わなくてもいい。語らしくて、私は好き」
背中に誰かが突っ込んできた。まあ、リズなんだろうな。
「それで、断真先輩はどうするんだ? ここでこうしてても終わらない。だったら、自分のやったこと全部認めて前に進んだ方がいいんじゃねーのか?」
踵を返し、カリバーンの面々に背を向けた。歩き始めによろけてしまうが、そこはリズがカバーしてくれる。
「早く帰って、たくさん子供作ろうね」
「なんでそこにこだわるんだよ。ヤダよ」
ジト目で見るのをやめてほしい。俺は帰って眠りたいんだ、勘弁してくれ。
顔だけを横に向け、目の端で後ろを見た。レイナの驚いた顔とマイナの笑顔が印象的だった。

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