傷だらけの限界超越(リミットブレイク)

絢野悠

第11話

今日のコミュニティストラグルは、今まででも指折り数える大きなものになった。たくさんのカメラでモニターされ、ケージの外で見ていなくても、学校や寮にいればテレビで見られる。
ケージ内で、五人対九人で向かい合った。
「逃げずに来たのか、偉いな」
いつものように、レイナは挑発的な態度をとった。
「言っただろ。カリバーンを倒して、お前をスレイプニルに入れる」
「そりゃ楽しみだ」
「いがみ合うのもそこまでだ。これからフィールドとカテゴリーを決める」
姉さんが教師用のトラフィックギフトを操作しようとした。そのとき。
「ちょっと待ってもらってもいいだろうか、鳴神先生」
断真先輩がそれを止めた。
「ここで、六人目のカリバーンを紹介したいんだが、いいかな?」
「ふむ、確かに昨日ニューカマーの情報が入っていたな。いいだろう」
周囲が静まり返る中、断真先輩が指を鳴らした。
ケージの外を見れば、人の群れが割れていくのが見えた。遠くから、マントをかぶった小柄な人物が歩いてくる。
「紹介しよう、彼女がナンバーシックスだ」
横に並んだそいつは、ほのかと同じくらい背が低い。女性なのだろうが、それ以外の情報がない。望未が急いでコンソールを操作しているが、彼女の顔を見る限り情報は得られない可能性が濃厚か。
「さ、マントを取って」
促されるままに、マントを取った。
その顔には見覚えがある。先日、あの病室で見た顔だ。
流れるような髪の毛が重力に従い垂れた。
「おい断真、これはどういうことだ」
怒りに身を震わせるレイナが、断真を問い詰める。問い詰めるというよりは、すでに脅迫に近い。胸ぐらを掴みあげ、今すぐにでも殴らんとする勢いだった。
「マイナが自分で言い出したんだ。私のせいじゃない」
こいつはいつでも飄々と話をする。ときに雄弁に語るその姿は、学校でも信者が生まれるほどだった。
しかし、これがまかり通っていいものか。マイナは治療が必要な病気だったはずだ。病人をこんなところに引っ張りだすなんて、気がおかしくなったとしか思えない。
「離れろレイナ。ヴェルフェルを始める」
憤怒と憎悪に満ちた瞳は、断真から離れることがなかった。彼女のあんな顔は見たことがない。自由奔放で天真爛漫なレイナもこんな顔をするんだなと、不謹慎ながらそう思ってしまう。
「フィールドはアンシエント! カテゴリーはチェック!」
フィールドは中世と言われる時代を舞台とした古代都市。チェックとは、コミュニティの一人を王に見立て、王を討ち取ったコミュニティが勝ちとなる。デストロイとは違って全員を倒さなくてもいい。しかし特殊なルールがあり、王以外はロールチェンジができない。逆に王は何度でもロールチェンジが可能だ。つまりチェックの間は、同じロールが二人いることもある。そしてこのカテゴリーで勝敗を分けるのは、誰を王にし、王だけを倒すのか、はたまた殲滅を狙うのか、そういった部分だ。
ケージが変化を見せ、気付けば古い作りの城にいた。
「んで、誰がキングをやるんだ?」
まず京介が口を開いた。が、それは皆思っていること。こいつはこういうときに空気が読めるクソ野郎だ。
「順当にいけば、一番順位が高いリズ、次点で経験豊富なリュート。チェックのセオリーでいくとディテクターやゲイナーを主として使うのが多いって感じね。だけどそんなことは相手も承知しているだろうし、レイナは私の考えもわかるでしょう。これはレイナと私の読み合いなのよ」
望未は一度腕を組み、その後で左手を口に当てた。
「考えてる時間はないぞ?」
「わかってるわよ。私だって今即興で考えてるわけじゃないの。ずっと考えてた。どのカテゴリーがでてもすぐに指示が出せるようにって。だけど、いくら考えてもレイナに一杯食わされるビジョンしか浮かばない」
ウィルオウィスプの頃から、望未はレイナに勝ったことがない。テーブルゲームでも実践でも、レイナの無茶っぷりに振り回されて負ける。追い詰められれば追い詰められるほど望未の頭は堅くなり、視野は狭くなる。レイナは知っているからこそ、普段よりも無茶をするのだ。
こいつは戦略を考えついてなどいなかった。俺たちに心配をかけまいと気丈に振る舞っていただけ。あの時に気づいてやれればと思ったがもう遅い。
残り一分。ロールは普段通りでいいとして、王が決まらなければ始まらない。
「もういっそのことジャンケンでいいんじゃねーか?」
間抜け面で、腑抜けた声で、いつものように京介が言った。
「お前さすがに――」
「それだ……それだわ!」
急に元気になったかと思えば、さっきとは打って変わって晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「待て待て落ち着け、マジで言ってんのか?」
「どうあがいてもレイナに一歩先を行かれるんだって、そうやって植え付けられてしまった。だからそこ、考えつかなそうなことをするわ」
「もうお前がそう言うならそれでいいけど」
俺はなんだかんだと言うが、いい案だとは思う。レイナに対しての苦手意識を少しでも和らげてくれるのならばそれでいい。いつも通り、普段通りに戦えるはずだ。
「負けた奴が王様。いくわよ、ジャンケン――」
俺を含めた残りの八人は、急いで手を出した。俺がグーを出した瞬間、京介がニヤリと楽しそうに笑うのが見えた。

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