元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第21話

魔王適正B。それは魔王になるための証。魔王適正Bを所持している魔族は、魔王によって魔王勲章を受け取る。魔王勲章によって、魔王適正はAになり、そこでようやく魔王になる。


十七歳になったエリックは魔王の前に立っていた。魔王適正Bを持っていたからだ。


前魔王はすでに三百歳を超えていた。本来、魔族の命は人間とそこまで変わらない。しかし前魔王は強大な魔力で延命を続けていたのだ。次の魔王が誕生するまでは生き続けてしまう。魔王勲章をもらった者の宿命だった。


謁見の間はたくさんの魔族兵で埋め尽くされていた。新しい魔王の誕生を祝うためだった。


「それではエリック=バーネット。これを受け取れば、お前は魔王バルタザールの名前を継ぐことになる。次の魔王が現れるまで、お前は魔王として君臨し続けることになるだろう。その覚悟はできているな?」
「はい、家を出た時に」
「それでは魔王勲章を授ける」


前魔王から魔王勲章を受け取った。手のひらに乗るほどの、ただのバッヂのようなものだった。


エリックが魔王勲章を受け取ると、魔王勲章はきらびやかに輝いた。


その輝きがエリックの身体へと流れ込み、継承の儀式は終わりを告げた。


「これで肩の荷が下りる」
「前魔王、アナタは死にたいと思ったことがありますか?」
「前魔王ではない、キースだ。何度も思ったさ。妻に先立たれ、子が死に、私だけが残った。辛かったよ」
「今でも死にたいと?」
「ああ、当然だ。早く家族の元へ――」


最後まで言わせなかった。腰に携えていた剣を一気に引き抜き、そのまま魔王の首を落とした。


ゴロンと地面に転がったキースの首を見下ろす。キースは目を大きく見開き「貴様……」と言った。


「お前が言ったんだ。死にたい、と。お前が作った世界は、俺が新しく作り変える」


キースの首を持ち上げ、兵士たちの前に掲げた。


「いいか! 俺は俺がやりたいようにこの魔界、いや、この国を変える! 文句があるヤツがいれば今すぐ出てこい!」


声を張って、そう言った。


けれど誰も出てこなかった。わかっているのだ。魔王バルタザールに敵う者などいないのだと。


魔王適正Aにより、エリックの魔力は他の追随を許さないほどまで上昇していた。元々魔力が高かったのも背中を押した。


キースの首から手を離し、目にも留まらぬ速度で切り刻んだ。


「片付けておけ」


近くにいた兵士たちにそう言った。


玉座に掛けられていたマントを羽織り、玉座を離れてカーペットの上を歩いていく。兵士たちは恐れおののき、言葉を発することなく道を譲った。


謁見の間を出ると、若い侍女と老人の執事が後ろからついてきた。


「侍女は部屋に案内しろ。執事は魔界の詳細な地図を用意してくれ。紙とペンなんかは部屋にあるな?」
「はい、お城に参られた時言われた通り、ちゃんと用意してあります」
「ありがとう」


エリックがにこやかに言うと、執事は驚いたような顔をした。


「なにかおかしいか?」
「さきほどの光景とは印象が違ったようなので」
「ああいうパフォーマンスだよ。ただ、あの魔王は殺してやろうと思ってた」


執事は青い顔をして俯いた。


暗い廊下を歩きながら、エリックは拳を握りしめた。


エリックが生まれた家は、別段裕福というわけではなかった。しかし、エリックが思うに、幸せであることは間違いなかった。


森の中腹にあるログハウス。母の家庭菜園と父の狩りで食事をし、必要があれば野菜や肉を売りに行った。そうやって暮らしていた。


笑顔が絶えない家庭だった。身体が大きく、面倒だと愚痴をこぼしながらも頼み事を断れない頼れる父。その父を尻に敷き、小さい身体ながらいつも父の背中を叩いていた豪快な母。五歳年下で、いつもエリックの後ろをついて歩いてくる可愛い妹。そんな家庭を、子供ながらに素晴らしいものだと思っていた。


そんな日常が崩れたのは、エリックが十三歳の時だった。


三人の魔族と四人の人間の強盗に一家が襲われたのだ。


身体が大きかった父だが、魔力が低かったので相手にならなかった。肩口に斧を振り下ろされ、涙ながらに絶命した。


子供を守ろうとした母は、隠してあった拳銃を強盗に突きつけた。しかし、腕ごと剣で切り落とされた。そのあとで、魔族三人にどこかに連れ去られた。結局返ってきたのは魔族三人だけだった。


妹は人間四人の慰み者にされた。暴行されるエリックの目の前で、何度も何度も犯された。痛い痛いと泣き叫んでいた妹は、三時間ほどたってから男たちによって殺された。喉に剣を突き立てられ、腹を殴られ、四肢を切り刻まれた。


そこでようやく、エリックは魔王適正Bを開花させた。身体の内側から湧き上がる魔力が憤怒の感情と共鳴し、感情のままに強盗七人をなぶり殺しにした。


気がつけば、そこにはエリックしかいなかった。文字通り、いなかったのだ。


強盗は、それが人だったのかと思うほどまでにすり潰されていた。頭は残っている。意識があるうちに、身体だけをすり潰したのだ。


エリックはその場にへたり込み、顔を覆った。


涙は出なかった。


大きく叫び、怒りを外へと向けて放出した。それでも瞳は濡れなかった。悲しさよりも怒りが脳を支配していたのだ。


同時に考える。どうしてこうなってしまったのか。なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか。こんなにも醜いヤツら。こんなにも醜い自分。どうしたらよかったのか。どうすれば家族を救えたのか。


しかし、考えたところで答えなどでるはずもなかった。それは彼にもわかっていたからだ。


「どうすることもできなかった」


なにもかもが手遅れで、なにもかもがどうでもよくなり始めた。


それでも「なんでこんなことが起きるのか」という部分だけは、解決方法が少し見えていた。


何千年と続く魔界という世界は、暴力と殺しで溢れていた。そんな場所だから人間界からの物流もほとんど途絶えている。物資が途絶えているから食べ物も少ない。金品の流通もままならない。なによりも職がないから、他人から奪うことでしか解決できないこともある。魔族が人間を襲い、殺すことも少なくない。なぜならば魔界と人間界は地続きで、関所なども設けられていないからだ。つまり勝手に行き来ができるのだ。


奥歯を強く噛む。拳を強く握りしめる。腕も顎も震えて、更に怒りが湧いてきた


これからも自分のような思いを誰かがするのか。そんな誰かが増えてしまうのか。そうやって憎しみの連鎖を傍観するのか。魔王よ。


父のように無残に殺され、母のようにどこかで殺され、妹のように無残に殺される者をこれ以上増やしてなるものか


この時、自分の中に魔王適正があることはなんとなくわかっていた。だからこそ、自分ならば上り詰めることができるかもしれない。そう、思った。


「待っていろよ。お前らがお前らのやりたいようにしたのなら、俺は俺がやりたいようにしてやる」


母の遺体を探し出し、父と妹と一緒に埋葬した。母は森の奥で細切れにされていた。口には何重にもテープが貼られていた。


しかし、涙は出てこなかった。


それから自分の身体を鍛え、しごいた。父の血を強く受け継ぎ、その身体は十七歳という年ですでに二メートルあった。


四年の間、身体を鍛えるだけでなく、強い魔法使いなどに弟子入りもした。師は合計で十人はいるだろう。全員を敬い、魔王になったあとでも、誕生日には訪問するようにしていた。そんな彼だからこそ、師もまたエリックを敬った。


侍女に案内された部屋の窓から城を見下ろす。自分には力がある。けれど力だけではなにも解決しない。必要なのは策であり、人徳だ。なによりも自制する心が大切だ。困窮によって、激怒によって力を振るうのは愚策である。


エリックは、こうして魔王となった。誰も傷つかない世界など、どうやっても到達できない。それでも被害を最小限に留めることはできるはずだ。そしてその被害が自分であれば、きっと周りは笑っていられる。


窓から見下ろす魔王城を目に焼き付けた。ここから世界を始めよう、と。自分が望む、誰かの世界を。

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