元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第13話

「では契約完了ですね」
「ああ、楽しみだよ。あのエリシャという少女。いい体に育ったもんだ」
「綺麗な身体でお渡ししますよ。それでは、失礼いたします」


一人の老人が屋敷を後にした。大きな屋敷、大豪邸だった。屋敷からは灯りが漏れ、日もとっぷりと暮れていた。


屋敷を出て数分、森が鳴いた。ざわざわ、ざわざわと。


「誰かいるんですか?」


老人がそう言った。老人ではあるが、若い頃は戦闘の経験もあったのであろう。


「ああ、いるぜ」


老人から見て左側の森から、小動物と子供を連れた大男が姿を現した。エリックだ。


「アナタは……なぜここに?」
「なぜ、なぜと訊くか。この俺に。いいだろう、話してやるよ」


リオノーラを後ろに下げさせ、従者三匹に守らせた。


「俺の従者に鳥がいるんだが、ソイツにお前の足取りを追わせた。その鳥だけじゃない、他にも知り合いが多いから、アンタの居場所を探るのに時間は掛からなかった。そして知り合いに頼んでお前のこといろいろ調べさせた。三つの孤児院を管理する、子供限定の人身売買を生業とする卸屋。人売りとも言うな。それがお前だ、フィーノ=オーフィス。いや、アドン=ロックスか? それともトーマス=オセットか?」


ユーフィには事前に情報を収集してもらっておいた。そして、アイザックに対してユーフィ本体を打込み、そのままフィーノを探させたのだ。


「すべてお見通し、ということですか」
「そういうことだ。でもその割りには落ち着いてんな」
「こちらも最初から妙だとは思っていたのでね。あんな依頼を受けるのは、狂人か馬鹿かなので。そうでなければ鼻が利くどこぞの魔族か。だからこちらもちゃんと用意しておきましたよ」


フィーノが指を鳴らす。すると、森の中からいくつもの光がこちらへと近づいてきた。魔獣の目が光っているのだ。


「魔族ならば魔獣で対抗するのが普通ですからね。昔ならばともかく、今の私はあまり戦闘が得意ではありませんから」
「やっぱりお前も魔族だったか。反応がかなり薄かったし、子どもたちの方が魔族としては格が上だったからわからなかった。でもこれで確信したよ。お前に流れてる魔族の血は、魔獣を使役して戦うタイプの魔族の血だ。だからこれだけ弱い魔力でも魔獣を使役できる」
「そういうことです。懺悔は済みましたか?」
「いきなりだな。しかも懺悔するようなことはねーよ。ああ、一つあったな」
「それは?」
「もっと妻と子と一緒にいる時間を作るべきだったな、と」
「そうですか。では行きなさい魔獣たち。あの大男を食らうのです」
フィーノがエリックに向かって腕を振った。
しかし、魔獣は一歩たりとも動かなかった。
「どうしたのです。速くあの大男を――」
「無理なんだよ。ソイツらは俺を攻撃できない」


エリックが手を打ち鳴らした。その瞬間、魔獣はビクリと身体を震わせ、一目散に森の中へと戻っていった。


「なにが、起きているんだ……!」
「お前の魔獣操作よりも俺の魔獣操作の方が凄いってことだ。なによりな、自分じゃ絶対勝てないってわかってる相手に、野生の魔獣が向かってくわけねーだろ」
「アナタは、何者なんですか?」
「俺か? 俺はな」


ポケットから手袋を取り出して両手にはめた。ドラゴンの革とオリハルコンで作られた手袋。握り込むと「グギュッ」と、革独特の音がした。


「そのへんの正義のオッサンだよ」


鬼の形相。岩石のような肉体。ゴウっと音をさせて近付き、横っ面を思いっきり殴りつけた。


「あの世で後悔しな。クソ外道が」


空中で何度か横回転を繰り返し、べチャリと地面に落ちた。腕や足が変な方向へと曲がっている。見るからに死んでいた。しかし死んだのはエリックの一撃が原因ではなかった。生死選定グローブの右手は死を司る。殴られた時点でフィーノは死んでいたのだ。


「なんで思い切り殴ったんですか? 殴らなくても触った時点で死ぬのに」


横に並んできたのはドルキアスだった。


「そういう気分だったんだよ。言わせんな。ちゃんとリオの目、塞いどいてくれたんだろうな」
「ラマンドがちゃんとやってましたよ。抜かりはありません」
「ならいい」


既に命がなくなったフィーノに近寄り、今度は左手で肩を叩いた。


「生き返らせるんですね。相変わらず律儀なお方だ」
「俺は別に殺しがしたいわけじゃないからな。起きてから、拳の痛みに苦しむと良い。んじゃ行くぞ。無駄な寄り道しちまった」


立ち上がり、頭を掻きながら踵を返す。リオノーラに向かって手を差し出すと、リオノーラが嬉しそうに手を握ってきた。


「無駄な寄り道って、本当はそう思ってないクセに」
「おい、なんか言ったか駄犬」
「いえ、なんでもございませんとも」
「ふんっ、生意気になりやがって」


そんなことを言いながら、エリックはいつものように笑った。


リオノーラの歩幅に合わせるように歩いていく。その姿はまるで、本当の親子のようだった。

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