元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第9話

帰ってきたエリックの手には四つの大きなビニール袋がぶら下がっていた。それだけではない。両手で抱えるようにして二つの紙袋を持っていた。エリックほどの大男でも抱えるほどの紙袋だ。


「おじちゃん、なにそれ?」
「食材だよ。俺がいる間だけは俺が料理を作ってやる」
「おじちゃんが……?」
「そうだ。これから仕込みに入るからその小動物たちのことよろしくな」
「わふっ!?」


もうすでにボロボロであるが、それでもドルキアスたちを庇う仕草は微塵もなかった。心のなかで手を合わせ「物事に犠牲はつきものだ」と思いながらキッチンに向かった。


食材をテーブルに置き、それぞれを仕分けしながら冷蔵庫に入れる。昼食に使おうと思っていた食材はテーブルに残して用意を始めた。昼食まではまだ結構な時間があるのだが、孤児院が大所帯なので少し多目に時間をとった。


「エリック」
「おうリオか。どうした」


まな板の上に野菜を置く。


「私も手伝う」


胸の前で両手で握りこぶしを作っていた。顔にも力が入り、眉尻が僅かに上がっていた。


「手伝うって言われてもな……」


机の上の食材を見て、シンクを見て、包丁を見た。


目を閉じて数秒、いくつかの野菜を洗ってから机の上に置いた。同時に大きめのコッペパンも横に置く。孤児院の子どもたちが使っているだろう踏み台を引き寄せ、リオを手招きした。


「この野菜とこの野菜を一口サイズにちぎってくれ。あとこのパンもだ。パンは中身を全部出して、皮の部分と中身で分ける。できるか?」


「ああそうだ」とエリックがパンを半分に切ってから机の上に戻した。


半分になったパンは、半分であってもリオノーラの腕よりも太く、手首から肘くらいまであった。それがニ十八個ある。孤児院の子どもたち二十三人、それとエリックたち五人の分だ。それを見てリオノーラが大きく頷いた。


「できる!」
「よし、それじゃあ頼むぞ」
「頼まれた!」


リオノーラに仕事を任せた後、再度まな板の前に戻ってきた。


たくさんの蕾を持つ葉茎菜類、長く伸びた葉茎菜類、丸く赤く皮が薄い果菜類を手際よく切って、それぞれを別の皿に仮置き。作りたてのハムを薄く切って、これも別の皿に乗せた。


こうやって、エリックとリオノーラの共同作業によって十ニ時前には全ての料理が完成した。料理、というには少しばかり簡素ではあった。しかしエリックは料理ができないわけではなく、わざと簡素なものにしたのだ。


球状に育つ葉茎菜類をリオノーラに一口サイズにちぎってもらった。パリパリとてでもちぎりやすいこれと切った野菜を盛り合わせて簡単なサラダにした。最後に卵を薄く焼いて細く切り、野菜の上に乗せた。調味料はマヨネーズだけ。


パンの白い部分をフライパンでカラッと焼き上げた。皮は器として使うため、油で軽く揚げた。内側にはバターを塗り、焼いたパンを皮の中に戻す。ただし少しだけパンは残しておいた。残ったパンを揚げてクルトン風にした。


コーンスープを作り、クルトン風のパンを入れた。


これらを作っている間に牛乳、生クリーム、砂糖、バニラエッセンスを混ぜたものを冷凍庫に入れておいた。出来上がりが楽しみだと、エリックは髭を触りながら笑った。


「よし、これを運ぶぞ。そこのカートを使おう。リオはみんなを集めて座らせておいてくれ。あと、身長が高い子供を五人連れてきてくれ。その五人が年長者だ」
「りょうかい!」


そう言って敬礼のようなポーズをし、眉をキリッとさせてキッチンから出ていった。


リオノーラを見送ったエリックは、五つあるカートに料理を乗せた。カートそのものは大きかったが、五つではまったく乗り切らなかった。


カートを三往復させ、料理を全て運び終える。そうしてようやくキッチンを出た。


大広間に戻ると、席に座った子どもたちがこちらを見ていた。


「おいおい、なんだよ」


普通は「いつも出されないような料理」の方を見るんじゃないのかよ、と一歩後ずさった。


「あの」


年長者組の一人、褐色の少女が前に出た。


「お、おう。どうしたよ」
「このようなお食事を作っていただき、どうもありがとうございました」


少女がお辞儀をすると、座っている子どもたちが全員で「ありがとうございました!」と、合唱のように言った。


「いや、まあ、その、なんだ。気にすんなよ。気まぐれってやつだ。俺も俺が食べたい物を食べたかった。それだけだ。お前も座れよ」
「それでもお礼を言うのは必要ですから。フィーノ様にもそう言われておりますし」
「……お前名前は? 何歳からここにいるんだ?」
「エリシャです。五年ほど前からここでお世話になってます」
「何歳だ?」
「今年で十三歳になります」
「そうか、よくできてるな。礼儀ができてる子供は嫌いじゃねーよ」


頭に手を乗せて優しく二度ほど撫でた。


四人分の食事だけは子どもたちとは別の机に置いてもらった。ドルキアスたちと自分の分だ。


リオノーラは子どもたちと同じく、中央の長机に座らせた。エリックは身体が大きいせいで、子どもたちと同じイスには座れなかったのだ。その代わり、ドルキアスたちと同じ机につくことになった。


全員で手を合わせて「いただきます」と、教会の中に木霊した。同時に、フォークやスプーンが皿に触れるカチャカチャという音と、子どもたちの嬉しそうな声がたくさん聞こえてきた。


「嬉しそうですね、魔王さま」
「嬉しそうか?」
「ニヤけてますよ。子供に弱すぎるのも困ったものです」


ペロペロとコーンスープを舐める合間にドルキアスが言う。


「魔王さまが子供に弱いのは昔からだと思うけどねー」


サラダを突きながらユーフィが言う。


「バカね、それがいいところなんじゃない?」


パンの中身に顔を突っ込みながらラマンドが言った。


「否定はしねーよ。でも、好きで好きで甘やかしてるだけじゃガキは育たねぇ。そのガキに合った環境と育て方が必要なんだ」
「四人の子供がいる中年の意見は説得力がありますねー」
「おいてめぇユーフィ。その言い方めちゃくちゃバカにしてる感あるぞ」
「そ、そんなつもりでは!」
「今度首持って移動するぞ」
「お、折れちゃいますよ!」


ひそひそ話に近い声量であったが、子どもたちの声が大きいので問題なく会話できた。


「それにしても魔王さま。あの食材でいくら使ったんですか? 夕食とか、明日の朝食分も買いましたよね?」
「ああ、六万使った」
「ちょっと! リアクター三十万魔力分じゃないですか?」
「だから余計に魔力入れておいたって。ほれ」


ドルキアスに最後の魔力供給分の履歴を見せる。


「ひゃっ、百万追加……」
「昔よりも魔力は落ちたが、これくらいでへばるほどじゃねーよ」
「前はどれくらいあったんでしたっけ?」
「最後の測定だと五百億だか六百億だか。ちなみに魔界では最高の魔力だ」
「いやー、たぶんその下って百億もないですよ。今はどうです?」
「それでも一億くらいはあるんじゃねーかな」
「リアクターには魔力測定機能もあったはずなので、ちょっとやってみたらどうですかね。ここをこうして、こうっと。はい、片手で持って上のボタンを親指で押してみてください。くれぐれも優しくですよ? 全力で押しても結果は変わらないというか壊れそうなので」
「お前俺のことバカにしてるだろ? 強く押したら魔力が変わるとか思ってねーから」


そう言いながらも親指でボタンを押した。


数秒後、ピピッと音がして、ディスプレイに魔力が表示された


「一億五千か。まあ、こんなもんだろうな。魔王時代の百分の一ってのが悲しいが」
「それでも中級から上級魔族くらいはありますね。戦闘の面でも、これくらいあれば問題はないでしょう」
「お前はどうなんだ?」
「やってみますか? ほいっと」


ピピッ。


「千七百……?」
「まあ、こんなもんですよ」
「誇らしげに言ってる場合じゃないが。よく魔導念話で他のやつらとやり取りできたな」
「念話なんて五百もあればできますよ。それに七天将同士は身内割がありますから」
「身内割」
「身内割。家族割みたいなもんですよ」
「家族割とは」
「まあまあ、それは置いておきましょうよ。ユーフィとラマンドも似たようなもんですよ、きっと」


ピピッ。


「私は二万あるけど?」


ピピッ。


「ワタシは三万ね」
「不公平だ……」


ラマンドがトップ、次いでユーフィ。ドルキアスがダントツの最下位という結果で魔力勝負が決着した。

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