元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第6話

結局、昨日は眠っているリオノーラを抱えて宿に戻った。そしてそのまま全員で眠ってしまったのだ。


起きてすぐに、リオノーラの服を買いに出かけた。


目を輝かせる彼女に三着の服を買い、帽子を買い、靴を買った。


「ほんとに、いいの?」


そんなことを言う少女の頭に手を乗せたエリック。ぐしゃっと髪の毛を乱した。


「いいんだよ、気にすんな」


一応、魔力変換リアクターからの金銭の供給があったので問題はない。それが小銭でなければよりありがたかった。


リアクターから小銭が出てきてすぐに新しく魔力を供給した。毎日六万ウェンが供給されるという状況を維持したかった。


白いワンピースを身に着けたリオノーラを美容室に連れていった。


「俺はちょっと用事がある。俺が迎えに来るまでここにいるんだぞ?」
「エリック、どこか行くの?」
「大丈夫だ。ちゃんと戻ってくるから。この子をよろしくお願いします」


美容師にリオノーラを預けて店を出た。リオノーラは最後まで不安そうな顔で見送っていた。


「用事って、なにかありましたっけ?」
「クエストだよ、クエスト。毎日六万もらえるつっても、金があるにこしたことはない。簡単なクエストを受けて金を稼ぐぞ」


クエストを斡旋する場所、クエスト紹介所へとやってきた。


事務所の右側にはクエストボードがあり、そこに掲載されているクエストペーパーを受付に持っていくと、そのクエストを受けられるようになる。基本的には冒険者たちが使う場所だが、ごくたまに普通の住民も利用する。


「えっと、百八対の魔獣退治。犬の散歩。クマの大群退治。ベビーシッター。浮気調査。車の修理。金庫の鍵開け。用心棒。もうなんでもありだな。犯罪もクソもねぇ」
「でも金庫開けとかは自分の家のですし」
「うーん、じゃあこれにするか」
「真っ先に犬の散歩を差さないでください。それに三メートルを超える超大型犬ですよ? さすがの魔王さまも無理です」
「三メートルってすでに犬かどうかも怪しいだろうが。じゃあどうするかな。ベビーシッターって柄でもねーし」


一つ一つ見ていくと、一日だけの特別クエストがあった。緊急であり、できるだけ速く来て欲しいと書いてある。


「これだな」と、クエストペーパーを取って受付へ。


「明日の早朝から明日の昼までのお留守番クエストですね」
「お留守番クエスト」
「はい、お留守番クエストです」
「お留守番クエスト……」
「町の隅っこにある孤児院の院長が二日ほど留守にするので、その間だけ孤児院を見ていて欲しいとの依頼です。これでよろしいですか?」
「詳細は本人に訊けばいいか?」
「そうですね。報酬は二万で雑務も込みですが大丈夫ですか?」
「大体なんでもできるから大丈夫だ」
「それでは依頼書を製作いたしますね」


受付嬢が手際よく依頼書を作った。それを受け取り、エリックたちは孤児院に向かった。


寂れた教会をそのまま孤児院にしたのだろう。教会を囲う壁もボロボロ、教会そのものも修繕が必要なレベルである。


子供の数は二十人弱。思った以上の大所帯だった。ひと目でわかるような魔族とのハーフ、見た目はただの人間だが魔族特有の魔力を有しているハーフ。普通の人間の子は一人もいなかった。


「おい、子どもたちが逃げてくぞ」
「魔王さまの人相ですからね。その辺のチンピラでさえ逃げますよ、そりゃ」


右肩のドルキアスを掴み、前足と後ろ足を束にして掴んだ。


「やめっ、やめて! これから食料にされるみたいなのやめてください!」
「しばらくそうしてろ」
「こんなことばっかりしてるから怖がられるんですよ」
「掴む場所を心臓に変えてやろうか」
「死んでしまいます!」


結局、脚を掴んだまま孤児院へと入っていった。


教会の中は閑散としていた。中央には縦長のテーブルがあり、二十を超えるイスが置いてあった。掃除は丁寧にされているので汚れはないが、見すぼらしいという感想は隠せなかった。


「おや、もしかしてクエストを受けてくださった方ですか?」


茶色のローブを羽織った老人が声をかけてきた。頭は禿げ上がり、わずかに残った髪の毛は真っ白だった。優しそうな顔に、メガネがよく似合っていた。


「ああ、アンタが依頼人か。それにしても、俺の身なりを見てよくそう思えたな」
「見た目は少々厳ついですが、とても高貴で温和な雰囲気が漂っていますよ。子どもたちも怖がっていない」
「自分で言うのもなんだが、少々っていうレベルでもねーだろ。それに俺には子どもたちが怖がってるように見える」
「知らない人が来たから警戒しているだけでしょう。こちらへどうぞ」


教会の奥の小部屋へと通された。


言われた通りにソファーに座ると、スッとお茶が差し出された。


「俺の名はエリック、これが依頼書だ」
「ええ、拝借いたしました。私の名はフィーノです、よろしくお願いします」
「明日の朝からでいいんだろ? 何時からだ?」
「四時頃にはここを出たいので、大体それくらいに来て頂きたいのですが。早すぎるのでしたら少し遅くしましょうか?」
「いや、いい。とは言っても四時ってなると起きられるかは難しいな。遅くなったら報酬を減らしてくれ」
「なかなか面白いことをおっしゃる。ではそのようにいたしましょう」
「依頼人が四時つったんだ、遅れたら報酬減らされて当然だろ。で、なにか注意事項なんかはあるかい?」
「特にはありませんよ。そうですね、明後日の昼に私の知人が見えます。そうしたら帰っていただいて結構です。ちょうど明日から明後日にかけてだけ、人がいなくなってしまうもので」
「なるほどな。飯はどうしたらいい?」
「買い置きを子どもたちが使って作るでしょう。アナタの分も作ってくれるでしょう」
「教育が行き渡ってんだな」
「ここは大人が私しかいないのでね、中でも大きな子が率先してやってくれるのですよ」
「信頼の賜物だな。じゃあまあ、それだけ聞ければいいだろ。明日また来るよ。と、その前に一つ聞き忘れたことがある」
「なんなりと」
「なんで魔族と人間のハーフばっかなんだ?」
「この世界に産み落とされた者ならば誰でも知っていると思いますが、ハーフとはとても難しいのです。母が人間、父が魔族だった場合、その両方の特性を持ってしまう。母とは食べられる物が違う、父とは触れられる物が違う。それはやがて、家庭を崩壊させる不和にまで発展してしまうことも少なくない」
「そういう子を引き取ってきた、か」
「引き取ったというか、拾ってきたというか。そういうことです」
「おーけー、よくわかったよ。それじゃあまた明日な」
「はい、お待ちしておりますよ」


フィーノはニコリと笑っていた。

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