元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第2話

かつて魔界を統べ、君臨し、人々に畏怖を植え付けた。その張本人だからだ。


人々を怖がらせたのは最初だけだったが、それでも「魔王」である以上、なにもしていなくても恐怖する者は多い。


この世界はどこもかしこも人だらけ。魔族も魔獣も存在しているが、人間と通じている者も少なくない。どこかしらに人の手が入り、どこかしらに潜んでいる。


そんな世の中で、本当に安寧できる地があるのかと、そう思ってしまう。


「魔王さま魔王さま」
「なんだ」
「どうして左なんですか? こっちは魔王城の方ですよ?」
「嫌な予感がしたんだ。これでも俺の危機回避能力はAだからな」
「基本的な特殊能力はそのままなんですね。でもそうなると、もしかしたらこの町はもう……」
「それ以上言うな。ああ、あとこれからは人がいるところで喋るな。犬、というか犬型の魔獣ってことで徹しろ。人語は理解するが喋れない。他人に危害を加えるだけの力はない。そう思わせておけ」
「わかりました。そのようにいたします」


ドルキアスの頭に手を乗せて三度ほど撫でた。二人共いい年ではあるが、今でもまだ、上司と部下というよりは親と子に近い関係だった。


「おい止まれ」


後ろからそんな声がした。自分ではないと言い聞かせて歩き続けた。


「長身で肩幅が広い、白髪交じりの頭、緑色のコートを来た男! 止まれと言っている!」
「そんなの今俺しかいねーじゃねーかよ……」


ため息をついて振り向いた。


そこには十数名の帝国兵がいた。白と黄緑の軍服。黄緑が若干多目で、白は右の肩と手袋、軍帽の一部くらいしか見えない。先頭には五つの勲章を身に着けた男が立っている。右の腰には剣、右脇腹には拳銃。他の者と装備は変わらないが、その者が隊長であることは一目瞭然だった。短く切りそろえられた髪の毛の上には白と黄緑色の軍帽。顔立ちは薄く目が小さい。一概に男前とは言い難かった。


「俺になにか用事かな、軍人さん」
「少し訊きたいことがある」
「そう言う前に訊いたらどうだ? どうせ拒否権なんてないんだろうし」
「それもそうだな。じゃあ率直に言うが、お前から魔族の臭いがするんだよ。なんでだろうなぁ」


ジロジロと、値踏みするような視線がエリックを舐め回す。


「男に興味があんのか? って、そんなわけないか」
「ああそうだ。で、説明してくれるんだろうな。この、魔族の臭いの正体」
「そりゃコイツのせいだ」


ドルキアスの頭を二度ほど、ソフトに叩いた。


「コイツは魔獣なんだよ、こんな小さくてもな。魔獣の群れに囲まれてたとこを助けたんだよ。こんな弱っちい魔獣、ほっといたら死んじまうしな。安心しな、戦闘力はねーよ」
「なるほど、な。お前は魔獣に寛容なわけか」
「寛容ってわけじゃないさ。悪さをするやつは当然殺す」
「魔獣と戦えるってことは冒険者か。じゃあ魔王討伐にも参加したんだな?」
「冒険者ってのは正解だが参加はしてない。興味がない。それに、子どもたちに余計な危険に頭突っ込むなって釘刺されてんだ。その日の食い扶持を稼ぐ程度のクエストしか受けてねーよ。もう年だしな」
「子供がいるのか」
「もういい年だよ。四人いる。一番下が十七だ。遠く離れて暮らしてるが、たまに顔を出すと怒られる。いつまでフラフラしてんだよ、ってな」
「じゃあ戻ってやればいいだろう。なぜ戻らない?」
「ひと所に留まるとな、どうしても思い出しちまうんだよ。嫁が死んだときのことをな。っと、そんな話はどうでもいいんだよ。いつまで俺の足を止めてるつもりだ? 軍人さんだって仕事があるだろうがよ」
「それもそうだな。行っていいぞ」
「すまないな。それじゃあ」


軍人に背を向けて歩き出す。が、背後からの「ちょっと待て」という言葉で足を止めた。


「なんだよ、まだなんかあんのか?」
「出身はどこだ?」
「俺のか? エスカラードだよ。これでいいか?」
「ああ、ありがとう。それにしてもエスカラードとは、心中察するところではあるな」
「どうも。まあ二十年以上前になくなっちまった町だが、そうやって覚えてるヤツがいるってのはいいことだ。んじゃあな、軍人さん」


ここでようやく開放された。胸を撫で下ろしながら町を歩き、乾物や水、それを入れるバッグなどを購入してから町を出た。


「アイツ、臭いで魔獣を判別できんのか。面倒な人間もいたもんだ」
「臭いってことは魔獣探知Bとかですかね」
「そうだろうな。Eはほんのりそう感じる程度。Dはなんとなくそうかなーって感じる程度。Cになってようやく具体的に魔獣と人間の空気感がわかる。視覚や嗅覚という五感で理解できるとなると、Bと考えるのが妥当だろうよ」
「魔王さまなら一発でわかりますよね」
「魔力探知、魔獣探知、魔人探知、全部Aだからな」
「持ってない能力がないんじゃないか、ってくらい卑怯ですよね。他には千里眼とか自然治癒とか魔力放出とか魔力譲渡とか全部Aですもんね。他になにかありましたっけ」
「卑怯って言うな。魔王が魔王たる所以だ。まあ、もう魔王じゃないけど。他にはいろいろあるぞ。騎乗操作とか部隊統率とか異種会話とか? 各属性魔法なんかもAだ。魔力が低くなっちまった今じゃ、あまり使いみちはねーけどな」
「その力があればまた返り咲くことも可能なのでは?」
「そういうのはもういいや。疲れてたとこだしな。人の上に立つってのも楽じゃない。受け継いだ魔王という地位や先代たちが守ってきた城をぶっ壊されたのはキツイが、これでよかったんじゃねーかなとも思うよ」
「あの頃の豪胆な魔王さまはどこへ……」
「それが疲れたっつってんの。人間と戦うのも面倒だし、誰かを殺しちまって恨みを買うのも疲れた。魔人や魔獣を束ねるのも疲れたし、魔界を統治するのも疲れた。魔界なんて、魔族を集めただけの小規模な国に過ぎねーしな」
「でもそれを二十年以上やってこられました」
「やってこられたのは一部の部下が優秀だったからだ。それに人間は魔族を嫌うが、聞き分けが良くて気性が穏やかなヤツばっかだ。俺が「人間を極力殺すなよ」って言えば、ちょっと痛い目見せただけでちゃんと逃がすしな」
「それがあったら、人間たちも魔族や魔獣をやたらめったら殺さなくなりました。それも全て魔王さまの采配ですよ」
「そうして牙を抜かれた魔族に囲まれた結果がこれだよ。人間ってのは信用ならねーな」
「でも嫌いじゃないでしょう?」
「魔族もそう。人間だって良い奴と嫌な奴がいる。ただそれだけだ。それより、ラマンドとユーフィはどこだ。結構歩いたぞ」
「そろそろ見えて……あ、いましたよ」
「どこだよ」
「あそこの岩陰です」


岩陰には大きめの鳥と蛇が仲良く寄り添って寝ていた。白い身体と青い翼を持った鳥は美しく、黒と紫色のまだら模様の蛇は非常に毒々しかった。


「寝てんじゃん。なにが警護なの?」
「わ、ワタクシのせいではありませんよ!」
「そりゃお前に言ってもしかたねーか。でも次からは連帯責任だからな」
「次から、というところに愛を感じます」
「頬を染めるなよ気持ち悪い」


岩陰へと歩みを進め、ラマンドとユーフィの身体を揺する。


「う、うん……あれ? 魔王さま?」


鳥、もといユーフィが目を開けた。首には青色の首輪をしている。


「そうだよ魔王さまだよ元だけど。で、お前らはなにをしてたわけ?」
「ラマンドの背中に乗って周辺の調査をしていたんですけど、ね。ラマンドが疲れたとか言い出して。私はダメだって言ったんですよ? それなのにラマンドったら。こらっ起きてラマンド」


ユーフィのしっぽでペシペシと攻撃され、ようやくラマンドも目を覚ました。


「なんですか? ひとが気持ちよく眠っていたというのに」
「魔王さまが来ちゃったの」
蛇、もといラマンドが少しずつこちらを向く。首には緑色の首輪をしている。
「お、おおおおおはようございます魔王さま。今日はいい天気ですね」
「曇ってるよ。もうそういう誤魔化しとかいいから。どうせお前らに任せるとこうなるってわかってたんだしな」
「そんな! 私たちはちゃんとやってますわ! 失礼しちゃいます!」
「どの口が言うんだよこのオカマクソ蛇がよぉ。勇者に脅されて森の案内しちまうし、新しい酒が入ったら二人で半分も飲んじまうし、他の七天将から借りた金は踏み倒そうとするし。お前ら二人が揃って良いことがない。でも子どもたちをお前らに任せるくらいなら俺の側の方がいい。これも運命か」


額に手を当ててため息をついた。胃がキリキリと痛むようだ。


「とりあえずユーフィは左肩、ラマンドは左腕にでも巻きついておけ。鳥と犬は大丈夫なヤツの方が多いけど蛇は苦手なヤツ結構多いからな」
「ヒドイわ魔王さま! 私のこと蛇だなんて!」
「どう見ても蛇だよ。怖いことに髪の毛生やしたヤバイ蛇だ。とにかく、俺がいいと言うまで出てくるなよ」
「ヒドイわー!」
「って言いながらもちゃんと腕に巻き付いて見えないようにしてくれるのな。聞き分けの良さだけは褒めてやらんでもない」


こうして、魔王とその一行は荒野を行く。目的地は次の町、ノーデンだった。

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