元魔王様(55)が大人しくしてくれない

絢野悠

第1話

「ったく、なんで俺がこんなことに……」


商業の町ケルネアの安宿の一室、大男がベッドの上であぐらをかいていた。身長は二メートル以上ある。腕も脚も太く、肩幅も広く胸板も厚い。それに加えて顔の堀が深く目つきが悪い。角刈りで髭を生やしている。子供と目を合わせ、何度逃げられたかわからない。


名をエリック=バーネットと言う。


「そんなことを言われましても魔王さま、もうアナタは魔王ではないのです」


小型犬の姿をしたドルキアスがそう言った。エリックの手の平に収まりそうなほどに小さい。本来は人の姿をしていたのだが、それができないほどに魔力が落ちてしまったのだ。首には赤色の首輪をしていた。


背中にはリュックサックを背負っており、なんとも言えない愛らしさがある。


「あれは一週間前、あまりにもいきなりだった。勇者たちが攻め込んできて、城は跡形もなくなっちまった。富も名誉もスッカラカン。俺はこれからどうすりゃいいんだよ。五十五歳よ? 着の身着のままで放り出されて、金もなく、働き口もない。生活すら危ういっつーの」


財布の中には十万ウェン。ここ一週間、宿代と食費だけで十万近く消費してしまった。


「魔王だった頃はもう少し固い口調だったと思うのですが……」
「あれは威厳を保たなくちゃいけなかったからだ。今は威厳もクソもないだろ」
「でも、ちゃんと働いてお金を稼ぐっていうことを知っている。それだけでも充分、これからなんとかできる要素だと思いますよ」
「一応魔族の頂点だったし? そういうことも知っておかなきゃいけなかったっていうか?」
「口調が若者すぎます。もう五十五歳だってこと、お忘れなんじゃないですか?」
「うるさい馬鹿者。自分の年くらいわかっとるわ。というか、自分の身よりも子どもたちのことが心配だな」
「一応、他の七天将がついております。サリアさまにはキオル、クラウスさまにはカーミラ、ギュスターヴさまにはオズワルド、エルキナさまにはゼレットが」
「で、ここにいるのがお前か。残りの二人、ラマンドとユーフィはどうしてる?」
「二人は周囲の警戒に務めています。今のところは連絡ありませんね」
「ちょっと抜けてるとこあるからな、あの二人。若干心配だぞ」
「仮にも七天将ですよ? ヘマはいたしません」
「それが心配なんだって。二人して飲んだくれてんじゃねーかって思うと気が気でない」
「確かに二人共飲ん兵衛ですけども。七天将は魔王直属の配下ですよ? 見回りくらいはできますよ」
「だといいがな。さて、そろそろこの町からも離れた方がいいだろう」
「もう行かれるのですか? ラマンドとユーフィが戻ってきてからでいいのでは?」
「アイツらが帰って来てからでは遅い。魔導念話くらいできるだろ? テキトーな場所で落ち合おう」
「そうですかね、一応魔王様の周辺警護という意味合いもあるので、帰ってきて話を聞いてからでもいいと思いますが……」
「あのなあ、周辺警護ちゃんとやってたら今の俺はいないのと一緒なの。わかる? 周辺警護もできてなくて、警戒もしてなくて、兵士たちもちゃんと訓練してないからこうなってるの。軍備の全指揮系統を七天将に任せたはずの俺の気持ちわかる? ねえ、わかってくれるわけ? 七天将のドルキアス殿」
「えっと、あの、その、なんと申しますか、申し訳ないと申しますか」
「ねえ、今どんな気持ち? 元上司から不祥事を突っつかれて正論ぶちまけられるのどんな気持ち?」
「ほんんんんんんとうに申し訳ありませんでした!」
「ちゃんと反省してんの?」
「後悔も反省もしておりますとも!」
「口でならなんとでも言えるわな。口でなら」
「これからも粉骨砕身頑張らせていただく所存であります!」
「俺、もう魔王じゃないけど? それでも? 」
「それでもです。今でも覚えております。ワタクシは惰弱で脆弱な弱い魔族であります。それでも七天将になれたのは、あの日、魔王様に助けていただいたからなのです。貴方様のために頑張ろうと思ったからです。それは魔王様が魔王でなくなっても変わりません。魔王様の代わりなどいないのです」
「お前が弱いのは今も昔も変わらない。だから俺は、お前に前線に赴けと命じたことなど一度もない。俺の身の回りのことや、城の中の秩序を守る努力をしろと言った。お前は三十年以上それをやり続けた」


エリックは眉間を揉みながら「いいだろう」と言った。


「いいだろう、とは?」
「お前の言葉を信じよう。俺に付いてくるという言葉をな。でもラマンドとユーフィの帰りは待たない。アイツらは本当にサボりグセあるからな。帝国の兵士が来たら絶対に逃げる」
「それは、その、否定できません」
「だろ? んじゃ行くか。チェックアウトの時間までは二時間ほどあるが仕方ない。兵士たちが来てからじゃ逃げられないからな」
「見た目が違うのでそうそうバレることもなさそうですけどね」
「バカ言うな。魔力も相当低くなったが、それでもその辺の魔族なんか比にならない魔力を持っている。魔獣探知能力とか魔力探知能力とか魔人探知能力とかを持ってるヤツがいると厄介だ。ランクが高いと、俺が元魔王だってバレちまうかもしれん」
「それもそうですね。ああそうだ、魔王様にはこれを」


ドルキアスが何度も身じろぎをする。背中を見て、前足を動かして、腰を振って、後ろ足を動かして。


「もしかして、そのリュックを下ろしたいのか?」
「そうですそうです。自分では取れなくなってしまいました……」
「しかたねーな」と言いながらドルキアスを持ち上げ、リュックの肩紐から前足を丁寧に出してやった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。で、このリュックの中身を俺に渡したかったと」
「いつ渡そうかと思っていたのですが、小型犬の姿になってからすっかり忘れてました。リュックの中身は全部魔王様への献上品です」
「献上品っていうか、城の中にあったもんテキトーに持ってきただけだろうがよ。中身は……大きめの拳銃と、よくわからない手のひらサイズの装置と、金属があしらわれたゴツい手袋だな」
「拳銃は悪魔発射リボルバーです。魔族や魔獣を封じ込めて弾にして発射できます。普通の銃の弾に魔力を込めるよりも遥かに強力です。しかし魔族や魔獣がいないとなにもできません」
「使えねーもん持ってくんなよ」
「魔王様にはワタクシがいます故!」
「故! じゃねーよアホか。あぶねーだろ」
「大丈夫です。弾にされてもちゃんと生きていますから。逆に発射する時にも魔力を使ってバリアを張るので」
「なんでそんな使い勝手が悪いもの持って来ちゃうの? 普通の銃で良かったんだが?」
「ワタクシとラマンドとユーフィ、最低でも三発は打てる強力は武器ですよ! それに魔力がある限り撃てるので三発以上撃てます! 本体射出機能もあるので三発しか撃てない場合もありますが……」
「まあ、使い方次第だろうな。これから人間たちと敵対するのに魔獣を発射するとか、そもそも魔獣がいなさそう。と、言うのはやめとくか」
「言ってます……まあでもワタクシたちがいますからね!」
「ほら次の説明」
「あ、はい。その装置はですね、魔力変換リアクターと言います。魔力をお金に変える装置なのです。上下にメーターがついていますよね? 両方とも数字が表示されるのですが、上の数値が装置に魔力を注いだ数値。下がその注いだ魔力にどれくらいの価値があるのかという金額表示です」
「なるほど、これさえあれば金には困らなそうだな」
「そういうことです。ちょっとやってみては?」
「もうやったけど?」
「説明聞いてからにしましょうよ……」


上の数値が三十万、下の数値が六万になっていた。


「この装置的には三十万くらいの魔力が入って、三十万魔力だと六万ウェンにしかならないってのか」
「そうですね。それが今の魔王様の魔力の価値です。魔王の状態なら三十万魔力で千万くらいにはなったでしょう」
「レートどうなってんだよ。で、いつ金がもらえるわけ?」
「魔力を注いでからちょうど一日経つと、底にある穴からチャリンチャリンと」
「小銭で出すなよ? 絶対小銭で出すなよ」
「最後の装備は生死選定グローブです。右手で触れた者を殺し、左手で触れた者を生き返らせます」
「いや、もうこれだけで充分じゃない? 絶対拳銃とかいらないでしょ」
「いやいや、本当に殺すか生き返らせるかしかできないんですよ」
「いやいやいや、それができるなら、殺して無力化して、用事が済んだら生き返らせればよくない?」
「じゃあ、もう、いりませんか……?」
「えーい、泣くな泣くな。俺が悪かったよ。とにかくそのグローブは必要な時だけ使う。拳銃と装置はコートの裏だな」


カーキのロングコートの裏ポケットにしまいこんだ。拳銃はさすがに無理だったので、一緒に入っていたホルスターを身に着けた。


胸のあたりの膨らみが気になったので、一度外して腰の位置まで下げた。形状が変えられるタイプだったのが救いである。


ドルキアスを右肩に乗せてから部屋を出た。


周囲に気を遣いながら宿屋を出る。左右を確認し、右へと足を向けた。


これからは逃げることしかできない、完全なる逃亡生活だ。帝国や冒険者たちの目が届かないところまでいけばいいが、そんな場所などどこにもないと、エリックが一番よくわかっていた。

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