魔法少女リンネ ~ The world of RINNE~

絢野悠

エピローグ

現実世界も少しずつ変わっていく。父は就職し、母の勤務時間が緩和された。


私も千影も、学校生活は順調そのものだ。


果歩も退院して大学に通い始めた。


この生活を取り戻せたのは、私たち全員が全員の意思で、まったく違う戦いをしてきたからだ。それでいて見ている場所は同じだった。


大切な人を守りたい。ただ、それだけだったのだ。


朝起きて制服に身を包む。征服をすることはできなかったが、まあそれはそれでいいだろう。


茶の間には朝食ができていた。トーストと目玉焼きとコーヒー。きっと父がやったに違いない。すでに仕事に行ってしまったが、こういうことができるようになった。まだ慣れないが、いい父になったと思う。


「行ってきまーす」
「行ってきます。リンちゃん、鍵、お願いね」


と、千影と果歩が出ていった。


家に一人取り残された。一応母も家にいるが、いつも夜勤であるため、一番奥の部屋で熟睡していることだろう。


朝食を食べてから、スマフォを確認した。縁と真摘からメッセージが届いていた。私に合いそうなアルバイトを見つけてくれたようだ。


が、彼女たちが紹介するアルバイトは酷いものばかりだった。


レンタル彼女だとか、メイド喫茶だとか、コスプレの被写体だとか、そんなものばかりだ。確かに時給はいいけれど、もっと普通のアルバイトがしたいというのに。


だから、今回もあまり期待はしていない。期待するだけ損だとわかっているからだ。


食器を洗い、カバンを持って玄関へ。


「行ってきます、お母さん」


聞いていないだろうけど、こう言うのがいいことだと、今の私にはよくわかる。


ドアを開けて外に出た。今日も晴天、いい一日になりそうだ。


英単語の暗記帳を出し、歩きながら単語の確認をする。こうやって、使える時間は勉強に当てることにした。そうでなければ私の勉強時間が少なくなる。誰のせい、とは言わないけれど。


これからアルバイトをするとなれば、より一層時間が減るだろう。そうなれば今よりももっと時間を上手く使わなければいけなくなる。


今の日常は楽しいけれど、頭が痛くなるのも事実だった。


「リーンネー!」


ボフッと、背中に体当たりされた。


「ちょっと縁、やめてちょうだい。というか、なんでこんなところにいるの? アナタの家はこのへんじゃないでしょう?」


縁が横に並ぶ。が、なぜかふくれっ面だ。


「なに、どうしたのその顔」
「マモルが」
「護が?」
「チカゲを」
「千影を?」
「迎えに行くって言うからあああああああああああああ!」
「それで一緒についてきたわけね。極度のブラコンも困ったものだわ。千影も護も大変だわ」
「ボクの方が大変だよ! チカゲっていう悪い虫が弟に付いたんだから!」
「人の妹を悪い虫呼ばわりするんじゃないわよ。そろそろ弟離れした方がいいんじゃない?」
「できぬ」
「そうですか」


気にせず、単語帳に目を落とした。


「もうちょっと会話しようよ!」
「毎日毎日、アナタたちのせいで勉強時間がなくなってるのよ。こういう時くらい勉強させて」
「あらあら、そういう言い方はよくないんじゃないですか?」


顔を上げると、真摘が電柱に寄りかかっていた。


「なんで真摘まで……」
「ほら、果歩さんが大学に行くから」
「じゃあ一緒についてけばよかったじゃない」
「遠くから見守るのもまた、愛の形なんですよ」


空を見上げ、恍惚の表情を浮かべている。あまり触りたくないが、このまま放置しておくのも問題だろう。


「重い愛だわ。さっさと学校に行きなさい」


真摘を追い越して、また単語帳に目を落とす。


「こらこら、友人との会話は大事ですよ?」


真摘が左、縁が右、そして私が真ん中。こんな状況は、今までの私は知らない。友人などいなかったし、姉妹とも距離を取ってきたから。


しかし今は違う。隣を見れば友人がいて、家に帰れば姉妹がいる。


縁も真摘も、無意識世界では自分のエゴで行動していた。でも私も同じだ。身勝手で、自分のことしか考えていなかった。どんな意思でどんな行動をしたかなどを問い詰めるものは一人もいない。


それでいいのだ。皆、別々の悩みや痛みを抱えている。問題はそれを理解してやれるか、見守っていてあげられるかどうかだ。


人とはどんなものか、そんなものは私にはわからない。だって人と接してこなかったのだから。


しかし、私はそれでいいのだと思う。きっと、私の周りにいる人間もそう言うはずだ。


不器用な私だから、私にしかできないことがあるのだから。


「リンネ、いい顔するようになったね」
「どういうこと、それ」
「笑顔が似合う、大人の女性に近づいたってことですよ」


二人が私の腕を抱き込んだ。そのせいで単語帳が見えなくなった。が、まあ、こういうのもいいか。


私たちの日常は続いていく。誰がなにを考えているかわからない世の中で、波に飲まれて続いていく。だから考える。誰がなにを考えて、どういうふうになりたいのかを。


皆が皆それを考えられればいいと、今はそう思う。








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