魔法少女リンネ ~ The world of RINNE~

絢野悠

第31話

町の中を歩き回った。目的は一つ、式を探すためだ。


この町にいるとは限らないが、あんなことがあったのだからいてもおかしくない。私は勝手に思っていた。


町外れにある河川敷で式の姿を見つけた。河川敷の斜面に座っていたのだ。しかし、式だけではない。側には千影と護もいた。


見つからないようにと、土手を挟んだ反対側の斜面に身を隠した。


「お前たちには感謝しているよ。本当に、よくやってくれた」
「別に、褒められるようなことはしてないわ」
「ははっ、千影は随分とトゲトゲしくなったな。名前をチカゲからチトゲに変えてはどうか」
「名前なんて勝手に変えられるわけないでしょうが!」
「うんうん、元気でいいな。しかし、大変だったのは事実だろう?」
「まあ、そりゃ、ね」
「護もよく耐えたな」
「耐えた、か。そうは思ってないけどね。俺はちーちゃんと一緒にいられたからさ」
「ちょっと、やめてよね」
「はっはっはっ、仲が良くてよろしい。それに不器用なくらい素直だ。鍵を渡す相手を、俺は間違えてなかったみたいだ。ただやはり、礼と謝罪はキチンとせねばいかん」
「だから、別にいいってば。大変なのは間違いなかったよ。お姉ちゃんたちとも上手く分かり合えなくて、どうしたらいいかわからなくて。でも護が助けてくれたから。わ、私も、護と一緒にいられて、嬉しかったし」
「ちーちゃん……」
「おい、俺がいることを忘れるなよ。そういうのは家でヤってくれんか」
「今妙な含みがあるように聞こえたんだけど?」
「気のせいだ。しかしなんだ、男と女が狭い部屋にいればそういうこともあるだろう。いや野暮か。そういうこともたくさんあっただろうしな。なあ、護よ」
「そりゃ、まあ、それなりに?」
「おいそれ以上言うんじゃねー!」


仲が良さそうでなにより。


なんて思っているうちに、千影と護が立ち去った。というか護が千影を引っ張っていったように見えたが。


膝を抱え、目を閉じた。


護がいてくれたこと。いつか彼にもちゃんと、私からも礼と謝罪をしなくてはいけない。そこだけはケジメをつけなければいけないのだ。千影の姉として、それだけは譲れないのだ。


「で、いつまでそこにいるつもりなんだ?」


式が大きめの声で言った。ああ、最初から私の存在に気付いていたか。


立ち上がり、土手の上を歩いて式の元へと向かった。そして、彼の横に腰掛けた。


「いつから気付いてた?」
「最初からに決まっておろうが。俺を誰だと思っている」
「それもそうね。アナタが気付かないはずがない」
「今日は用事があってここに来たんじゃないのか? 俺に言いたいこと、あるんじゃないのか?」
「そこまでわかるの? 怖いわね」
「いや、お前みたいなヤツが俺に接触するのなんて、なにか理由がなきゃありえんだろ」
「その言い方はちょっと棘があるわね」
「間違ってないだろ? お前は物事をなんでも効率的にこなしたがる。なににでも理由をつけたがる。そうでなければ行動を起こせないに、起こそうとも思わない。とても理論的で、とても利己的だ」
「なに? いきなり説教とはまたえらく上から目線なのね」
「そういうわけじゃないさ。ただちょっと、女らしくないなと思っただけだ。この世界では女しか転身できない。護は魔法を扱えるが、転身できるわけではないのだ。それにあれはちょっと特殊な存在だからな。そしてなぜ女しか転身できないのか、という理由はアルバートから聞いてないか?」
「聞いたわ。脳の構造上、男性と女性では差異がある。それが転身の有無を明確に分けているのでしょう?」
「そうだ。男は右側の脳と左側の脳を繋ぐ道が狭い。だから左右の脳で情報を行き来させるのに、少ない情報量でしかやりとりができない。逆に女はその道が広く、一度にたくさんの情報をやりとりできる。それが、男女の差だ。道が狭いゆえに一つ一つの物事を深く考え、理論的に行動するのが男。一度にたくさんの情報を扱い、一度にいろいろな行動ができるのが女だ。まあ、情報が流れ込みすぎて理論的になれない故に女は感情的なのだが」
「つまり、私は男脳ってわけね」
「そういうこと。もう少し、考えを緩めてみたらどうだ。こういう言い方はよくないかもしれないが、女らしく生きることも、女として人生を歩むには必要だ」
「ご忠告とご指導どうもありがとう。でもね、人はそう簡単にはわからないわ。まあ、極力意識はしてみるけどね」
「そういう素直なところは姉妹なんだな」
「まあ、姉妹だからね。と、それはどうでもいいのよ。本題に入りましょう」
「できることなら、力を貸そう」
「今回の事態、元々はアナタのせいよね」
「耳が痛いな」
「そして千影と護、そして私たちがいたから収束した。千影と護は確かに頑張ったかもしれないけれど、私だって相当貢献したと思うのよ」
「ははん、なるほど。つまり褒美を寄越せ、ということか」
「話が早くて助かるわ。他の子たちはそういうことを言わないでしょうが、私はこういう人間だから、少なからず見返りを求めてしまうの。千影や果歩に対しては見返りは求めないけれど、アナタと私はまったくの他人だから」
「正しい判断だと、俺はそう思う。他人は「見返りを求めて行動するな」というかもしれない。しかし、見返りを求めぬ人間などいない。なぜならば人間だからだ。食うために働き、幸せを得るために伴侶を得る。ようなそういうことなのだ。だから俺はお前からの要求を受け入れよう。だが、できる範囲でだ。できないことはできないと言うからな」
「ええ、それで充分」


私は式の瞳を直視した。


「鍵が欲しい」


式は一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐ真顔に戻った。


「なにを言っているか、わかっているんだろうな」
「千影にも護にも鍵はないんでしょう?」
「なぜ、そう思う」
「なんとなく。でも、千影や護が鍵を持っていても関係ない。私は鍵が欲しい」
「その理由を訊いてもいいか?」
「私はね、世界が欲しいの」
「でもそれは「現実世界が望むものでないから」だろう? 今の日常には満足しているんじゃないのか? 少なくとも、俺にはそう見えるがな」
「アナタが言うことは正しい。父から虐げられ、学校ではイジメられ、姉が昏睡し、妹とは上手くいかない。そんな日常が嫌だった。だから世界征服を望んだ」
「それなら、今世界征服をしたいと思うのは違うのではないか?」
「いや、違わないのよ。私はやっぱり世界が欲しいの。自分が望む通りになる世界じゃないわ。今ある日常を守るための世界が欲しいの。またアルバートのような人間が現れるかもしれない。千影のような強力な力を持った魔法少女が自然発生しないとも限らない」
「そうか、無意識世界を征服するという意味ではないんだな。自分の世界を守るために、自分の世界を征服したいのだな」
「端的に言えばそういうこと」
「新しい魔法、リンネワールドと言ったか。本当にお前は、頭がいいのか悪いのかわからない女だな」
「わかりやすいのが一番でしょう? それに実に的を射ている名前だわ」


自分だけの小世界を形成し、自分だけのルールを後付けできる能力。あれがあれば、私はなんでもできるようになる。


「本気、なんだな」
「本気じゃなかったらこんなこと言えないわ。荒唐無稽というに相応しい内容の話だもの。鍵をくれなんて、今までの出来事を振り返ればおいそれと言えるものじゃない」
「ふむ、どうしたものか……」


式が腕を組み、目を閉じた。


それから数秒、式は唸り続けていた。理由はわかる。私に鍵を渡すことが危険だと考えているのだ。もっともな話であるし、当然だとも思う。


自分で言うのもなんだが、私は感情や思考を表に出すのが苦手だ。だから思考が読めなくても仕方ない。本当は何を考えているのか。自分でもわかるくらいの無表情からは察することができないのだろう。


「よし、いいだろう」


おもむろに手を上げると、手のひらから光が出現した。その光が集まって、数秒後には鍵の形を形成していた。


「結構、あっさりなのね。もっと渋るかと思ってた」
「あっさりなもんか。これでも相当悩んだ」
「数秒だったけど」
「お前の感覚と俺の感覚は違う。それで、だ。お前に鍵を渡すことにした」
「見返りはなに?」
「見返り、そうだな。お前が言っていたように、強力な魔法少女が現れたら倒すこと。アルバートのような人間は排除すること。それくらいだな」
「あとはいいの? いいなりになれとか、自分には絶対逆らうなとか。毎日の情報を逐一報告しろとか、自分の前では全裸でいろとか」
「最後のは結構いいな」
「冗談よ」
「ああ、知ってたぞ。本当だ」
「で、なんでその程度でいいの? 鍵って重要なものなんでしょう?」
「俺が鍵と交換するのは信頼だ。俺はお前に鍵を渡す。逆に、お前は俺に信頼を与える。俺はお前が裏切らないと思っている。だから渡すんだ」
「そういうことね。なんとなくわかったわ。でもそれは大丈夫。おかしなマネはしないわ。なぜなら――」


手を出して、鍵を掴んだ。


「私の世界は、ここにあるんだから」


そう、求める必要などどこにもない。求めなくてもそこにあるのだから。


それならば私は世界を守ることに従事する。私が生きる道で、私がやるべきことだと思うから。


魔法少女でいられる時間はあと僅か。数年で私は魔法少女になれなくなるだろう。それまでは、できることをしたいと思った。


「人間らしくてよろしい」


鍵は再び光となり、私の身体に解けて消えた。


「お前は俺が認めたホルダーだ。しっかりと責任を果たせよ」
「言われるまでもないわね。と言っても、私は私がやりたいようにやらせてもらうけど」
「別にいいよ、それで。それじゃあ、俺は眠るとするか」


立ち上がった式は、土手を歩いてどこかに行ってしまった。


「ホルダー、ね」


私は式とは反対側へと歩いていく。彼は彼の世界を守るために、私にこれを託した。だから私は私の世界を守るためにこれを使う。きっと、それ以上の理由はいらないのだ。


結局のところ、世界を征服すれば世界を守護する責務も生まれる。だからこれでいい。


例え短い時間であっても、私は私の世界を守りたい。それで充分だと思うから。

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