魔法少女リンネ ~ The world of RINNE~

絢野悠

第28話

地面が大きくひび割れ、アルバートの身体がそこに埋まった。決着はついた、と言ってもいいだろう。


大きくため息を吐いた。これで全て終わりだ。あとは外皮が剥がれ続けている、あの男に任せればいいだろう。


アルバートに背を向けて、他の魔法少女に向かって歩き出した。


その時だった。


「これで終わりと思うなよ……」


気配がまだ残っていた。


急いで後ろを振り向くも、立ち上がったアルバートが宙に浮き始めるところだった。


剣を薙ぐ。が、もうすでに届かないところまで離れてしまった。


「今度は千影だけじゃない、お前ら全員、ぶっ殺してやる……」


その顔には青筋が浮かんでいた。本気で怒っているのだろう。


「また他の魔法少女を見つけて、今度は私たちを狙うのね」
「ああそうだ。覚悟していろ。絶対、絶対だ。絶対殺す……!」
「さあ、できるかしらね」


右足で地面を踏みしめてみた。二度、三度。大丈夫、まだ動ける。


「アナタは肝心なことを忘れているのね」
「聞き返すと思ったか。時間稼ぎには付き合わん、それではな」


式、いやアルバートか。彼が空気に溶けようとしているのを見て、私は右手を前に出す。


「掌の支配、リンネワールド」


鍵によってもたらされた、最後の魔法。それがこの『リンネワールド』だ。


周囲百メートルを効果範囲とし、無意識世界の中で隔絶された私だけの世界を形成できる。そして、リンネワールドの中では私がルールだ。二つまで条件付けができ、ピンポイントで相手を不利な状況に追い込める。無意識世界のルールにも、多少なら背くことができるようだった。力の使い方は鍵が理解させてくれた。だからわかるのだが、この条件付けは鍵に匹敵する。


「これは……!」
「鍵の所有者は第四の魔法を得る。私の第四魔法、それがこれよ」


あまり長い時間こうしていることはできない。


そろそろかと、先程まで黒かった人物に目を向けた。それはすでに人の顔、人の身体を取り戻していた。


「行きなさい! 式!」


アルバートの霧散を、リンネワールドの条件付けで停止させる。あの顔、なにが起きているのかわからないといった感じね。


「優秀な魔法少女だ!」


先ほどまで黒い人型だったそれは、私が斬ってから徐々に元の姿を取り戻していた。いつ完全に戻るかと思っていたが、ようやく外皮が完全に剥がれた。


今まで私たちが式と呼んでいた人物、アルバートを捉える頃には人間と同一の姿をしていた。いや違う。そのための時間を稼いだのだ。


きっとアルバートを倒すにはこの男が必要だと思ったから。


アルバートは「時間稼ぎに付き合わない」と言ったが、最初から時間稼ぎだったなんて思ってもなかったのだろう。


「もう逃がさん」


式は右手に鍵を生み出し、アルバートに突き刺す。


「式……貴様ああああああああああああ!」


空中に貼り付けられたアルバートが、今まで見たこともないような形相で吼えた。


「アナタが本当の式?」
「ああそうだ。悪かったな、今まで」
「アナタが謝ることじゃないでしょう? 全部アイツがいけないの」


私は親指でアルバートを差した。


「離せ! ボクを解放しろ!」
「黙れ下郎が」


式はそう言いい、アルバートが持っていた三本の鍵を強制的にはぎ取る。これでもう、悪さはできないでしょうね。


「これは本来あるべき場所に返す。もちろんお前にはもうくれてやらんがな」
「返せ! それは俺の物だ!」
「いいや違うな。これは元々俺の、式の物だ」
「おーい! 式ー!」


男子が一人走ってきた。そして式とアルバートの会話に割って入る。あれが霧ヶ谷護か。


「おお少年、遅かったな」


慈しむような瞳を向けた式は、その大きな手で護の頭を撫でた。


「やめてよ、もうそんな子供じゃないんだから」
「具現化はできなかったが、今までずっと見ていた。千影と二人でよく頑張ったと褒めてやろう」


果歩に身体を支えられながら、千影もゆっくりと立ち上がった。


「ホント、管理者が聞いてあきれちゃうわね」
「いや、その通りだ。今後は気を付けよう」


私たち五人に向き直り、式は頭を下げた。


「本当にありがとう。心から礼を言おう。それと――」


私の身体から鍵が抜き取られた。リンネワールドも強制的に解除させられる。


「これも返してもらおう」
「どうするつもり?」
「また別の人間にでも埋め込むとしよう」


彼は七本の鍵を持っている。そのせいか、淡い光が式の身体を包んでいた。


「今までの悪意は全部払拭しておこう。お前たちも含め、今まであった記憶を改ざんすることも多少できる。が、少年と千影はどうする」


鍵の力によって甚大な被害を受けたのは、間違いなく千影と護だ。


二人は長い時間を共有してきただけあって、視線を交わしただけで理解し合ったようだ。


「このままでいいわ。周りの悪意さえなんとかしてもらえればね」
「ふむ、なるほどな」


式は含み笑いを浮かべ、何度か首を縦に振った。


「本当に、大きくなったな」
「浸っているところを申し訳ないけど、アレはどうするの?」
「アルバートか。そうだな、ノブレスオブリージュでノーマルに戻してやってくれ。一度ノーマルに戻せば、死ぬまでにイレギュラーになることはない」
「本当に戻らないの?」
「イレギュラーからノーマルに戻ることで、ストレスの器は何倍にも大きくなる。それに俺がずっと監視しているからな」」
「そう、それならば最後は千影に任せるとしましょう」
「リン姉、なに言ってるの。私はもう動けないの。リン姉がやってよ」
「千影はそれで満足できるの?」
「アルバートがやったことは許せないし、超ムカついてる。式にもムカついてるし、いろんな人が敵に見えてしょうがないのも事実。だけど、それも含めて今の私がいるんだって、そう思えるから」
「そこの男子のおかげで、アナタも大人になったのね」


二人して赤面するものだから面白い。


縁も真摘も果歩も、それでいいという顔付きだ。


私はアルバートの前に立ち、剣を抜いた。


「最後に言いたいことはある?」
「ふざけるなよ……! 俺はこんなところで終わるような、小さい人間じゃないんだよ!」
「うるさい殺人鬼。さっさとやっちゃってよリン姉」
「急かさないで。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「やめろ! やめろおおおおおおおおおお!」
「閃け、ノブレス……!」


目一杯地面を踏みしめ、剣の柄を強く握り込む。ほぼ全ての精神力を注ぎ込んだ剣は、天を貫くほどの長さになった。


私だって腹が立っているし、いろんなモノを敵視した。生まれたことさえ後悔しそうなときもあった。前を向くことでそれを忘れ、己を研鑽に身をやつした。


誰もが振り回されていた。


誰もが胸中を黒くしていた。


誰もが助かる道を探していた。


なにもかも、終わりにしてやる。


「起きて後悔なさい」


上体を傾け、頭上から剣を振り下ろした。


一瞬で頭から脚まで振り抜いた。アルバートは白目を剥き、地面に落ちる。


あっけない最後とはこういうのを言うのだろう。ラスボスにしてはあっけない。


私の場合はこれがラスボスではないのだけれど。


結局のところ、私や千影は現実世界での人間関係を取り戻す必要がある。閉ざされた人間関係の中で何年も生きてきたから、当然難易度が高い。


それこそが、この件にケリを付ける最後の敵だ。


「終わったけど、私たちはこれからどうすればいいの?」
「ここにいたければそうすればいい。ノーマルに戻りたければ戻してやる。もちろん魔法少女に斬られることになるがな」
「そう、ならば私はこのままでいいわ」


肩に掛かった髪の毛を払い、私は式に背を向けた。


「なんだ、お前たち全員か。それもいいだろう」
「ここなら護と二人になれるから、もう少しこの世界にいたい」
「リンちゃんもチカちゃんも残るのなら、私も残らないと」
「ボクは千影を許したわけじゃないからね。千影がこのままなら、監視の意味もこめてボクも残るよ」
「私は果歩さんの護衛として残らせてもらいます」


物好きな人たちだ。


「お前、まだ世界征服とか考えてるのか?」
「ええ、当然だわ。現実世界がどれだけ良くなっても、一度やろうと思ったことはねじ曲げないわ」
「心がけだけはいいな。まあ、俺が手を出したくなるようなことはすんなよ」
「わかっているわ」


これから始まる新しい生活をどう生きていけばいいのか、それはまだわからない。だがそれはきっと、私だけではない。


蔑まれ続けてきたのだから、それは仕方のないこと。


きっと千影もそうだと思うが、彼女には護がいる。私とはまた境遇が違う。


そんなことを考えているうちに、そろそろ時間だ。


私は一度、考えるのをやめた。


「また会いましょう、式」
「すぐ会うことになるかもな」


私たち五人は光に包まれて、現実に帰った。

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