魔法少女リンネ ~ The world of RINNE~

絢野悠

第4話

一通り話し終わり、式は私に手を差し出した。手の中からは溢れんばかりの光。これは握手などではない、おそらく能力の譲渡だ。


「これがイレギュラーをノーマルに戻す魔法……」


私はその手を握った。


「名を『ノブレスオブリージュ』という」


大層な名前を付けたものだと、心の中で笑った。


「ノブレスとでも略そうかしら」
「そうだね、それは好きにしてくれて構わないよ」


剣の形状が少しだけ変わっている。どうやらリンネセイバーに宿ったようだ。


この武器や防具の名前だが、他人が聞けば安直だと揶揄されそうだ。私はわかりやすくていいと思うのだけど。


「そうそう、この世界での魔法力=戦闘力=精神力だから。気持ちや思いが大きければ大きいほど、魔法少女は強くなる。精神力は魔法を使ったり身体を動かすたびに消費され、現実世界でいう疲労という状況になるからね」
「リアルで言うところの体力が精神力なのね」
「うんうん、理解が早くて助かるよ」
「それじゃあ、まだ時間もあることだし、一人くらい屠っておこうかな」
「なんか楽しそうだね、リンネ」
「楽しいわよ? 現実じゃあこんなことはできないしね。それより、リンネセイバーで切ったイレギュラーは全部ノーマルになってしまうの?」
「ノブレスの能力を使わなければ、ノーマルには戻らないよ」
「あと、今すぐイレギュラーを探すことはできないの?」
「イレギュラーがノーマルを殺したりすればわかるけど、そうじゃなきゃボクにはわからない。それにその場合、キミにも感知できるようにしてあるよ。ノブレスはそういう探知機能も備わっているから。あと一つ、魔法少女同士は引き合う運命にある」
「引き合う運命……つまり、なにもしなくともイレギュラーは集まる」
「すべてのイレギュラーが魔法少女なわけじゃないから、ただ意識があるだけの人は集まって来ないよ?」
「DSは寄って来るんでしょう? 逆に、私が引き寄せられる可能性もある」
「だからってサボるのは許さないよ? そのときは――」
「わかってるわよ。まったく、こっちの世界で能力を失うとか、そんなのよりもずっと悪質だわ。可愛い顔してエグイこと考えるわね」
「涼しい顔でこれくらいできなきゃ、管理者なんてやってられないのさ」


私は溜め息を吐いた。肺の中から、目一杯の熱いやつだ。


面倒なことになったと、心底うんざりする。


「じゃあ、魔法少女を捜しますか」
「どこまで行くの?」
「隣町まで」
「歩いて行くにはちょっと遠いんじゃないかな……」
「魔法少女がすごいのはアナタがよくわかってるんじゃない?」


私の脚は、地面を噛む。


体感でしかないが、一歩で最大二十メートルくらい進む。これも魔法少女の能力だろう。しかし魔法少女と言うには、相当に体育会系だ。


この身体能力の向上はとても役に立つ。他の魔法少女もこの身体能力を持っているのだから、対峙した時は面倒だと思う。


隣町に着いてからしばらく歩いていると、一人の青年を見付けた。制服姿を見る限り、どこかの高校生なのだろう。しかも、雰囲気だけでイレギュラーだとわかる。


「ちょっとそこの」
「え、あ、僕ですか?」
「そうよ、アナタよ。こんなところでなにしてるの? 空なんか見ちゃって。せっかく夢の世界で自由になれたっていうのに」


彼は病院の前で空を見上げていた。その場にたたずみ、空だけを見つめていた。


「ここは夢の世界なんですか?」
「詳しくは面倒だから言わないけど、そういうこと」
「やけにリアルですね」
「それがこの世界なの。それで、アナタはなにをしてたの?」


一度は私を見た彼だが、再度空を見上げた。魔法少女の格好についてなにも訊いてこないのは、とても楽でいいわね。


「あの病室に、知り合いがいるんです」
「じゃあ行けば?」
「そう言われてしまうと、そうですね」


今度は地面に視線を落とす。忙しい人だな。


「行きたいんですけど、行く勇気がないんです」
「ケンカでもしたの?」
「ええ、そんなところですかね」
「じゃあ尚更行きなさいよ。ケンカなんてしてもいいことないでしょう」


他者とあまり良い関係ではない私が言うのもなんだけど。私は別に誰ともケンカしているわけじゃないからいいでしょう。


「そう、ですね」


私の言葉に押されたのか、彼は病院の入り口に向かった。と思ったが、急に振り返った。


「とても厚かましいんですが、一緒に来てもらえませんか?」
「は? そんな面倒なこと、なんで私が……」
目に見えて落ち込む青年の目は、雨の中で捨てられた子犬みたいだった。
「あーもうわかったわよ。アナタ名前は?」
「えっと、小出タケシです。武道の武に志しと書きます」
「そういう細かいのはいらないわ。さっさと行くわよ、早く済ませましょう」


なぜ私はノブレスを使わなかったのか。それは自分でもわからない。人間なんて大嫌いだけど、タケシは子犬みたいだったから……なのかもしれない。


「ま、待ってくださいよ! あなたの名前聞いてないですし!」
「リンネよ。それより速く歩きなさい。遅いわ」


武志の尻を叩きながら、目的の病室に向かった。尻を叩いたというのはもちろん比喩だ。


三階までしかない病院だけに、目的地にはものの五分でついた。


「で、入らないの?」
「……この世界の人って、みんななんか虚ろですよね」
「そういう世界だから当然ね。私や武志みたいなのは稀なのよ。ちなみに私の目的は、アナタのような稀な人たちを、元の虚ろな人間に戻すこと」
「じゃあ僕も?」
「そう。だけどまあ、アナタの目的を果たしたらでいいわ」


彼はまだ迷っているようだが、意を決したかのようにドアをノック。その後でドアを開けた。


病室は個室で、窓際のベッドには女性が座っていた。多少大人びては見えるが、女性というには幼く、まだ少女の方が正しい。


「彼女?」
「そうなりたかった人、ですかね。まあ、ちょっと前まではただの幼なじみだったんですけど、ある瞬間から異性として意識し始めちゃって」


先ほどまで子犬みたいだったのに、今は男の顔つきだ。彼にもいろいろあるんだろうが、私には関係ない。自分で言い出しておいて身勝手だなと、自覚はしている。


彼はベッドの脇にあるイスに座った。そして少女の手を取り、愛おしそうに撫でた。


愛していたんだなと、私にもわかる。顔は覗けないが、その撫でる手はとても優しい。


「ごめんね、アサミ。僕はなにもしてあげられなかったよ」


武志の身体が震える。きっと、泣いているんだろう。


彼がどれだけ泣こうとも、彼がどれだけ喚こうとも、そのアサミという少女は反応してくれない。例え殴ったり蹴ったりしても、反応なんてない。


きっとそれが、この世界の理だ。


「キミが反応してくれないってわかってる。この世界で出会った人がそうであったように、意識がないんだよね」


いつの間にか、撫でる手は止まっていた。代わりに、きつく握りしめている。


「最後まで君に伝えられなかったね」


背中を見ていても、彼の悲壮が伺える。きっと彼女は、もういない人なんだろう。現実世界で、若くして生涯を閉じたのだ。


繋がれた二人の手に、悲哀の雫が落ちていく。


これは私の憶測でしかないが、彼は戸惑いながら、迷いながらも少しばかり歓喜していたんだろう。また彼女に会えるのだと。それと同時に葛藤した。彼女に会ってなにをすればいいのか。虚ろな彼女に対して、どうしたらいいのだろうと。


そんなことを考えながらも、私はあることを思い付いた。


式が言っていたことを脳内で反芻する。


『精神に干渉していじめをなくすことができるのなら、その逆もできると思わない?』


やってみる価値はあるか。失敗しても、まあいいでしょう。なにもしないで後悔するより、行動して後悔した方がよっぽど有意義だわ。


「どきなさい」
「え? ちょっとリンネさん! 剣なんか持ってなにを!」
「ノブレスオブリージュ、この子をイレギュラーに変えなさい。これは命令よ」


リンネセイバーには、私の装備魔法『フレイズ』ではなくノブレスを付与した。


そして、アサミを前にして剣を横に振り切った。


「リンネさん……!」
「少し魔が差したのね。私もバカなのかも」


二人に背を向け、ドアの近くに移動した。


「なにを、なにをしたんですか?」


言動とは裏腹に、武志の目には憎悪の炎が燃えていた。

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